304 システム
気付けば金縛りもいつの間にか解けていた。手足が動くのを確かめながら、私はよくわからないワードについて訊ねる。
「恒常化のシステムって?」
「生物が皆、緩やかに死へと向かっていくように。世界もまた滅びゆく定めにあるのです。先ほど申しました特異点とは病原に抗うため肉体が熱を持つようなもの。それを如何に活用するかが管理者の手腕の問われるところ。わたくしは特異点こそを倒されるべき脅威へと仕立てましたが、他の世界、他の管理者であれば、他の使い方をしていたかもしれませんね」
さらに噛み砕いて説明してもらうことしばらく、ようやく私にも女神が何を言っているのかわかってきた。
つまり世界ってのはたくさんあるんだな。私のいた世界とこっちの世界だけじゃなく、他にも無数に、いくらでも。そしてそのそれぞれに女神みたいなそこを管理する神様的な存在がいて、各自担当している世界の滅びを避けるべく(引き延ばすべく?)頑張っていると。そういうことのようだ。
中には管理者のいない世界とか、管理者同士が密接な世界とか、逆に一切他の管理者と関係を持たない孤立した世界とか、その様相は十人十色というか千差万別というか、それもまた無数にあるみたいだけど。酷い管理者だと世界の存続になんて興味を持たずおもちゃ感覚で現地住民を増やしたり減らしたりして遊んでいるようなのもいるとか。
それに比べれば自分は非常に真っ当で優秀な神だ、というのが女神の主張だった。ここまで直接的な物言いではなかったけれど要約すれば間違いなくそういう言い分だ。げんなりさせられるが、でもそんなヤバい例を聞かされてしまっては確かにこの女神はまだしも仕事をしているだけ当たりの部類なんだと納得せざるを得ない。もしも人命を弄ぶのを趣味にしているような神様に呼ばれて世界へ放り出されていたら私たちの旅はもっとずっと過酷なものになっていた。確実に死人が出ていただろうから、そう思うと本当にゾッとする。
「人間を筆頭とする知能が高く社会性を持った生物。それが世界の主成分であるべき『白』。その白を脅かし、一定の間引きと危機感を与えるのが『黒』。とかく崩れがちな二色のバランスをどう取るか、これが世界存続の基本にして永久の課題となります。白を増やすために黒を減らす。あるいは白が増え過ぎているために黒も増やす……これを管理者がその手で行ってしまっては世界の均衡はかえって崩れていく。一時こそどうにかなっても寿命が縮まってしまうのです」
世界とはかくも繊細なものなのだ、と女神は言う。構い過ぎれば弱るし、構い過ぎなくても収拾がつかなくなっていく。種族間闘争時代にも女神は干渉をしていたがそれでは不足だったらしい。だから白同士でいがみ合うことになり、本当の脅威への対策を取れずにいた。いよいよマズいと女神はやり方を変える必要に迫られ、そのタイミングで世界が特異点を生み出したものだから、思い切った改革に踏み切ることにした。
それが魔王と勇者システム。
「白でも黒でもない『灰』。管理者の息がかかった存在をそう呼びます。彼らは直接に手を下せない管理者に代わり世界を動き回りその管理の手助けを行うのです。管理者と灰の距離もまたそれぞれに異なりますが、わたくしの場合は近しくもなく遠くもなくといったところでしょうか。カルメラに対面し、力を与えはしても都度に指示を出したりはせず、戦いの最初から最後まで彼は自分の意思で動いていた。わたくしの手足と言うほど密接ではなく、かと言って手の届かないほど迂遠な関係でもない。そこの塩梅には気を遣わねばなりませんでした。なんと言っても『もう一方の灰』である勇者もいるのですから」
灰同士を先導して人類を巻き込んだ戦いを演じさせる。この手法は均衡を取るやり方としてさほど珍しくもない、そこそこメジャーなものであるらしい。世界が設けた特異点のほうを黒にするという部分だけは女神の独自性が強いようだが──普通はそっちを白の御旗に据えるのがベターなんだとか──そんなことを言われたって私には「はあ」としか言いようがない。
とっくに頭はパンク寸前だ。色々と新情報が多過ぎて、しかもそのどれもがごく一般的な感性と知識しか持たない私からするとあまりにも常識外れの事柄過ぎて、飲み込むだけでも限界ギリギリ。なのでそのひとつひとつにしっかりした感想なんて持っていられないのだ。
本当なら人を数とか駒としか思っていないような神様らしい物言いに不愉快になるところなんだろうけど……不愉快になるべきところなんだろうけど、もはやそんな余裕すらもない。というかむしろ、だ。女神のナチュラルな上から目線、人とは明らかに視点の違う言うなれば「上位者目線」が、いくらか語り口をフラットにしてくれているおかげでまだしも情報として理解のしさすさが増しているまである。ここで女神のほうが感情的だったり露悪的だったりしたらものすごくノイズになっていただろう。そんないらないものまで説明に入り込んでいたらパンク寸前どころかとうにパンクしていたに違いない。
なのでまあ、先ほどそう願った通りにどんどん冷静になれてはいる。私も私で感情を挟み込む余地がまったくないからだ。それに加えて女神の実態……神を名乗る彼女の「役目」が見えてきたことで、もういちいちその言葉尻や態度を捕まえて憤慨するのも馬鹿馬鹿しいと気付けたっていうのもある。
彼女は管理する者なのだ。管理しなくちゃならない立場にいるだけなのだ、良くも悪くも。
人のような見た目をしていたって人とはまったく違う存在なんだから女神と私の間に共感だとか理解なんてものは「ない」のが当然で、おそらく、まるで伝わってはこないけれど、こうして話をするうえで女神もまた苦労しているのだろう。向こうは向こうで私の思考こそ読めても、どうしてそういう思考になるのかはちっとも理解できていないに違いない。人と神、管理される側とする側っていうのはきっとそういうものなんだ。
仮に私が管理者だとすれば……水槽でもなんでもいいから、自分の手で管理しなくちゃならない「世界」があるとすれば。そこに生きる生き物のためを思って色々と、それが負担になろうがなんだろうが、結果的に住みやすくなるんだからと……より良い世界になるんだからと、きっとなんだってやるだろう。気軽にその環境を変えていくだろう。管理のためならそうするし、そうしなくちゃいけないんだ。
人間は水槽越しの魚だ。神様にとっては、そうとしか見えない。
「初代勇者が魔王城を壊さなかった……壊せなかったのはじゃあ、それがマズいことだってあんたが教えたからなの?」
「ええ。あなたにもそうしているように、魔王が斃れたと同時に初代勇者にもシステムに関しての説明を行いましたから。情報の開示。それもまた『褒美』を決める大切な要素となりますでしょう?」
「そうかもね。それで初代さんも魔王城にまで乗り込んでおきながら何もできなかったわけか。女神から壊されたら世界のためにならないなんて言われたらそりゃそうだろうけど。でも、乗り込まれてる時点で相当危ないよね」
勢い込んで魔王ごとに魔王城も壊されていたかもしれない。その段階ではまだ説明がされていないんだから初代勇者の戦い方次第ではそういうことも起きていただろう。そこにも何かフォローがあったのかと思いきや、女神はくすりと笑って。
「それに関してはミスですね」
何せシステムを機能させるための初回、手探りでのことでしたから、と。あっけらかんとそう言い放ったのだった。




