第六章 新崎藜 近畿少女愚連隊④
1999年 3月 京都大学
「ちっ……
何でアタシがこんなトコに来ないといけないんだよ……」
愚痴を零しながら竜と共に歩くこの女性は新崎藜十八歳。
隣にいる焦げ茶色の竜はルンルである。
今日は大学受験合格発表。
何故藜はこんな場違いの所に居るのか?
Villain Dは?
屍碧は?
疑問を持たれている読者も多い事だろう。
四話の最初は抗争の顛末を語る所から始めて行こう。
漣は明くる日、逆に御堂筋で大暴走を敢行。
屍碧達ヴィランを誘い出す為だ。
案の定誘いに乗った屍碧達と御堂筋の真ん中でぶつかる事になる。
喧嘩は壮絶を極め、まさに血で血を洗う戦いとなる。
相手はレディースチームである怒羅魂連合の連中を女として見ておらず、顔だろうと腹だろうと構わず殴る。
怒羅魂連合のメンバーも頭に血が昇り、自身が女と言うのを忘れている。
雑言を上げて相手の意識を奪う程殴りつけている。
藜は屍碧の側近である竜河岸とぶつかる。
相手は強敵で危うく倒される寸前まで追い詰められる。
だが、死中に活あり。
ルンルからの雷撃放射が出来る様になり、形勢逆転。
だが、相手の竜河岸も気合の入った男でありなかなか倒れない。
あわや泥仕合になるかと思われたが、さくらの加勢と思いついた電気抵抗と電磁気力の併用により何とか撃退する。
漣と屍碧の争いも苛烈を極める。
お互い一歩も引かず、殴り続ける。
屍碧の様なタイプは前には出て来ず、兵隊などを使って自分は逃げる・隠れると言うのが常道ではある。
だが、屍碧は違う。
率先して前に出て喧嘩をする。
竜河岸の異能で他者を圧倒し、屠る。
てめえは俺より弱い。
だから俺の好きにしていい。
これが屍碧の行動原理。
漣を肥大した拳で殴りつける。
が、漣も魔力注入で対抗する。
殴り合いは五分と五分。
どちらも一歩も引かない膠着状態。
喧嘩はスキル勝負にもつれ込む。
スキル勝負は漣の方が一歩抜きんでていた。
漣のスキルは超局地下降気流だけでは無い。
あくまでもスキルの一端。
漣のスキルの総称は黒風白雨と言う。
漣が操れるのはダウンバーストだけでは無い。
操れるのは降雨セルである。
■降雨セル
雨や雷などの降水現象や、大小さまざまな規模の低気圧を構成する空気の塊の事。
自動的に気流の循環が確立させる一種のシステムとも言われる。
アメリカ等では雷雨を降水セルの規模を元にシングルセル、マルチセル、スーパーセルなどに分類される。
この喧嘩は屍碧の自滅にて幕を下ろす事となる。
漣の強力なスキルに圧倒された屍碧は最後の抵抗として持参した錠剤を全て一気に投与する。
もちろん全て破戒調剤で生成したものである。
結果超絶な力を得る。
姿も変貌し、異形と化した屍碧。
十を超える錠剤を一度に投与した事で変わった姿はもはや人間のそれでは無かった。
強大な力に圧倒され、あわや漣の敗北かと思われた。
が、屍碧は薬物の過剰投与により強いオーバードーズを引き起こす。
結果、精神と身体をボロボロに破壊され廃人となった。
「決着ゥゥーーーーッッッ!」
この勝鬨と共に怒羅魂連合とVillain Dの抗争は漣達怒羅魂連合の勝利で終わる。
その後、ヴィランのメンバーはどうなったかと言うと通報を聞きつけた警察により次々と補導される事となる。
屍碧は警察病院に搬送されるも廃人のまま一生を終える事になる。
ヒロユキともう一人の竜河岸も仲良く少年院行き。
プロポともう一人の竜も即マザーの手によって強制送還される事となる。
かたや怒羅魂連合のメンバーは一人も補導される事無く全員帰還。
これは徹子の部屋のおかげ。
徹子が警察の動きを完璧に予測し、逃走経路を組んでいたからだ。
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時は1999年に戻る。
「お……
あるわ……
はい完了。
とっとと帰るぞルンル」
【ん?
藜さん、もう良いのぉん?】
「もうわかったから良いんだよ。
アタシは京都って土地が嫌いなんだよ」
そういって京都大学を後にする藜とルンル。
続いて何故藜がこんな所にいるのかを話して行こう。
それには1999年の怒羅魂連合がどうなったかから話さないといけない。
1999年に怒羅魂連合と言うチームは存在しない。
解散したからである。
暴走族チームと言うのは世代を交代して存続するものと考えるかも知れないが、怒羅魂連合と言うレディースチームは漣一代で完結した短命のチームなのだ。
何故か?
理由は簡単。
漣が嫁いだのだ。
しかも出来ちゃった結婚。
漣曰く……
「多分海遊館行った日に当てたんとちゃうか?」
だそうだ。
豪快かつ竹を割った様な性格の漣はスパッと結婚を決め、同時に引退も決めた。
そして旦那の仕事の都合から出産後他県へ移り住んだ。
現在は岐阜に住んでいる。
本編で出演する機会は無いが元気に生きている。
1999年2月 大阪某所
車道で段ボールをトラックに積み込んでいる黒髪ストレートの女性。
「あぁっ!?
総長ォッ!
産後なんスから無理しちゃダメッスよぉっ!」
段ボールを運んでいる漣を心配する金髪ストレートの女性。
新崎藜である。
「うっさいのう。
ワレはウチのオカンか。
こんなん平気や」
ドスッ
トラックの荷台に段ボールを積む漣。
これは引っ越し作業。
無事出産を終えた漣は魔力注入で即体調を回復し、退院したのだ。
だが、百%回復では無い。
というのも父親の友人に産後体力の回復は出来れば自然に任せた方が良いと言う助言の為だ。
やはり魔力注入での回復と言うのは異常。
得体が知れないのだ。
魔力が母体にどんな影響を及ぼすか解らない。
「総長は部屋で休んどき休んどき。
荷物運びは最近勉強ばかりでストレス溜まっとるあっちゃんがやるさかいに」
(そっスよ総長)
(荷物運びはアタシらに任せて下さいよッ!
総長ッ!)
次々とマンションから段ボールを持って降りて来る旧怒羅魂連合メンバー。
みんな手伝いに来てくれたのだ。
解散したとしても全員漣を慕っている。
利益だけでしか繋がってなかったVillain Dとはえらい違いである。
「お前ら……
ウチもう総長ちゃうねんから総長って呼ぶんやめろ。
呼び方変えてくれや」
(うーん……
そう言われてもやっぱアタシん中で総長は総長っスしねえ……)
「そうやんねえ……
ほんだら総長は何て呼ばれたいんですのん?」
さくらが問いかける。
「そうやなあ……
まあお前らが超絶に強く美しいウチを敬いたいっちゅうんは解らんでも無い……
ならウチの事はこれから漣様って呼べや」
「漣……
様……
ですか……?
ま……
まあ総長がそう呼べ言うんやったらかまへんけど……
おーいみんなーっ!」
さくらがみんなを呼びつける。
「何だよさくら。
まだ荷物あんだぞ」
「みんなこれから総長の事は漣様と呼ぶ様に」
「何だそりゃ?」
「そうちょ……
いやいや漣様からの希望や。
みんなわかったかー?」
「れ……
漣様……ッスか……?
ま……
まあ……
そうち……
漣様がそう言うなら……」
(何かしっくり来んけど……
そう……
漣様がそう言うなら……)
他のメンバーも急に呼び名を変えられた。
かつそれがしっくり来ないので違和感を隠し切れずにいる。
呼び名を変えた所で作業再開。
(漣様ー
このパンテェーと書いてある段ボールも運ぶんですかーっ?)
(漣様ー
あらかた運び終えたのでアタシらは掃除に移りますー)
「漣様ー
もう作業終わりそうなのでアタシは買い出しに行きますー
タバコ以外で何か欲しいものありますかー?」
藜は買い出しに向かう。
「漣様ー」
(漣様ー)
(漣様ー)
呼び名が変わった途端口々に呼び出すメンバー達。
「…………………………お前ら……
ウチが悪かった……
何かごっつう恥ずかしいからもう……
漣様はやめて……」
「だからゆうたや無いですか。
どうしますん?
呼び名」
「ハイ……
何かもう色々めんどいので総長で良いです……」
ションボリする漣。
(漣様ー
荷物運んだみたいだから俺もう出発してええか?)
一人の男性が話しかけて来る。
この男性は藤堂隕虎。
漣の主人である。
トラックの運転手をしている。
短髪黒髪で顎は四角い。
目は漣の細く切れた眼とは対照的にクリクリとしている。
どことなく犬を想起させる優しい顔。
体格はまあまあ良いのだが、目を見張るのがその肌の白さ。
よもやトラックの運転手とは思えないぐらい肌が白いのだ。
「オラァッ!
このウンコ野郎ォッ!
ワレも漣様とか言うてンなやぁっ!」
(あ……?
今何ちゅうた……?
コラ……)
優しい犬の顔が豹変。
途轍もない凶相へ変わる。
人がキレた顔。
そう断ずるに充分な迫力。
その通り。
隕虎はキレていた。
頭に血が昇った漣が発したからだ。
ウンコ野郎と言う禁句を。
名前の“隕”と言う漢字は“うん”とも読めるのだ。
特に隕虎は不良と言う訳では無かった。
日本拳法は嗜んでいたが特に喧嘩っ早い訳でもない。
割と品行方正な学生生活を送っていた隕虎。
だが、その隕虎が一瞬でキレる言葉。
それがウンコなのだ。
俺をウンコ呼ばわりする奴は許さない。
誰だろうと殴る。
それは自分の妻だろうと変わらない。
ある日、漣も何処から仕入れて来た情報なのか。
隕と言う字が“うん”と読む事を知り、冗談のつもりで言ってしまったのだ。
そこから血みどろの喧嘩になる。
お互い一歩も退かず、顔を真っ赤に腫らしながら殴り合う。
結局その喧嘩は引き分けで終わる。
漣が隕虎を伴侶として選んだのは、この腕っぷしの強さが多分にある。
「あぁ?
ワレの事やろ……
ウンコ野郎……」
(キェァァァァァァァァァッッッ!)
ボコォォォォンッッッ!
突然金切り声を上げたかと思うと思い切り漣の顔面に正拳突きをかました隕虎。
ガシャァァァンッッ!
吹き飛ぶ漣の身体。
鉄柵に強く身体を打ちつける。
(総長ォォッッ!)
周りで見ていたメンバーの声が飛ぶ。
困ったのが周りである。
「ペッ……
ワレ……
相変わらずええパンチ持っとるやないけ……
やったらぁぁぁっっ!」
ボコォォォンッッッ!
漣は起きるなりダッシュをかけ、隕虎の左頬に強烈なフックを見舞う。
(ブフェェェッ!)
ドシャァァァッッ!
地面に投げ飛ばされる様に倒れる隕虎。
「はいっ!
やめっ!
総長もっ!
隕虎兄さんもっ!
やめなはれっ!」
ここでさくらが喧嘩の仲裁に入る。
「あぁっ……!?
あ……
さくらか……」
可愛い後輩の顔を見て、我に返る漣。
「もう……
さくらかやありませんで総長。
激しい痴話喧嘩も大概にせな。
ホラ周り見て下さい」
周りにはただただ心配そうにしてるメンバー達。
「この痴話喧嘩見んの初めてや無いけど、始まったらみんな困るんですわ。
総長と隕虎兄さん。
どっちにも加勢出来へんから。
みんな黙って見てるしかあらへん」
さくらの意見とみんなの顔を見てようやく気付く漣。
「あ………………
スマン……
みんな……」
「あと総長っ!」
じろりと漣を睨むさくら。
「な……
何やねん……」
「今回の話は完全に総長が悪いですっ!
隕虎兄さんがアレで呼ばれんの一番嫌いなん知ってますやろ?」
「う……
だっ……
だってよう……」
図星をつかれた漣。
ちょいちょいと胸元で指遊びを始める。
「だっても抱っこもありゃしまへんっ!
ホラ……
兄さんに謝って下さい。
それでこの話は終わりです」
「わかったわ……
ホラ……
アンタ……
ウチが悪かったわ……
謝る……
立てるか?」
倒れてる隕虎に手を差し伸べる漣。
「おお……
大丈夫や……
めっちゃええ打ちするやんけ……
さすがワイの惚れた女やで……」
グッ
力強く漣の右手を掴み、立ち上がる隕虎。
そこには赤面している漣が居た。
「アッ……
アホウ……
惚れたとか何恥ずかしい事ゆうてんねやぁ……
みんなも見とんのに……
嫌やわ……」
赤面しながら俯き、焦りながら髪を整えている漣
「んふふ~~
まさかこないに可愛い総長を見れるやなんてなあ……
怒羅魂連合で走っとる時は思わんかったわぁ」
さくらが囃し立てる。
「もうええて…………
さくら……
ウチ……
恥ずかしいて死んでしまいそうやわ……」
「漣様ー
買い出し行って来ましたッスー……
ってアレ……?
何かあったんスか?」
「んふふ~
何も無いよあっちゃん。
ただ総長のちょっと可愛いトコが見れただけ~
あ、それとさっき言うた漣様っちゅうん止めな。
今まで通り総長でええわ」
「お……?
おお……
何かよくわかんねーけどわかった……
一体何だったんだ……
総長ー、買い出し買って来ましたからみんなで食いましょーよ」
(藜ちゃん、ワイは一足早く岐阜へ向かうわ。
缶コーヒーだけくれや)
「あ、隕虎兄さん、ウィッス」
缶コーヒーを渡す藜。
ドルンッ
ドルルルル……
受けとった隕虎はトラックに乗り込み、エンジンをかける。
(ほんじゃあ行くわーっ!
漣、向こうで待っとんでーっ
んで絶対バイク乗んなよーっ
竜河岸やゆうてもまだ産後やねんからきちんと電車かタクで来いやー)
運転席から顔を出し、出発の挨拶をする隕虎。
「アンタも気ィつけや。
名神で事故ったりすんなよ」
(おうほんじゃあ行くわ)
ブロロローッッ!
こうして積荷を載せたトラックは岐阜を目指し、走り去って行った。
「さて……
ウチらは藜が買うて来たモンでも食うとするか」
(ウィーッスッッ!)
全員、中に引っ込む。
部屋はスッキリとして、もう荷物は一つも無かった。
四角い部屋に冷たいフローリングの照り返しが物寂しさを醸し出している。
「何やウチの部屋が寂しなったのう」
「そっスね。
でもまあ引っ越しってこーゆーもんじゃないっスか?」
「まぁのう。
ほいじゃ最後にパーッとやろうや。
藜、買い出して来たモン広げぇ」
「ウィッス。
テメーらも手伝え」
「はいはい」
(ウィーッス)
あれよあれよと買って来たものが広げられる。
ポテチやカール、チョコやクッキー。
それとジュースが配られた。
何とも年相応の場になったものだ。
広げられたものだけ見るととてもレディースチームをやっていたとは思えない。
引っ越しの打ち上げ開始。
「しっかし藜よ。
ワレが大学受験するとはのう」
「まあ……
成り行きと言うか……
エモやんが言うから……」
「エモやんて誰や?」
「高校の先公っス。
結構色々世話になってるんで……」
藜が大学受験をする理由。
それは江本との賭けに敗けたからである。
ちなみにその賭けとはブラックジャック。
江本はセカンドディール等のイカサマを多数用意して賭けを提案したのだ。
だが、イカサマはバレる。
そこから喧嘩に発展。
殴り合いに。
社会科準備室で血みどろの殴り合い。
その中で江本が藜に抱いている想いを聞く。
聞いた藜は感銘を受ける。
そして喧嘩の結果は藜の敗け。
(ハァッ……
ハァッ……
どやぁっ!?
藜ァッ!
大人ナメんなやぁっ!)
「…………わかったよ……
アタシの敗けだ……」
(じゃあ大学受験すんねやなぁっ!?)
「うっせーなぁっ!
わかったよっっ!
大学でも何処でも行ったらぁっ!
おいエモやん……
この辺りで一番の大学って何処だよ……?」
(ハァッ……
ハァッ……
あ……?
そら……
まあ京大になるやろけど……)
「京大か……
それじゃあそこにするわ……
ややこしい手続きはエモやんに任せるからよろしく」
(ハァッ……
え……?
ちょっ……!
オマッ……
そない簡単に言うけどな……
京大なんて無茶やで……)
「あ……?
エモやん……
アタシを誰だと思ってんだ……?
怒羅魂連合特攻隊長、新崎藜だぞ……?
二流の大学なんざ行ってられるか……
どうせやるなら天下取るんだよ……
見てろよ京大……
ヒイヒイ言わせてやる……」
藜は京大を喧嘩相手か何かと勘違いしてるのだろうか。
(ま……
まあ何にせよ……
受験してくれんのはええこっちゃ……
頑張ってくれや……)
お互い大の字の仰向けで話をしている。
「エモやん……
何でだよ……」
(ん……?
何の話や?)
「何でアタシに構うんだよ……」
それを聞いた江本はしばし沈黙。
やがて重い口を開く。
(…………前にな…………
別の学校で藜みたいな竜河岸の生徒がおったんや……
そいつは絵が上手くてなあ……
んで絵が好きやった……
書いてる時はホンマに嬉しそうに書いてたんや……
けどなあ……
ある日を境に絵を描かん様になったんや……
どないしたんやって聞いても何でもない言うだけでな……
そん時はワシも生徒の自主性を重んじるみたいな大層な御題目つけて何もせんかったんや……
そしたらな……)
江本は下唇を噛む。
(竜河岸の力使って他のクラスメイト数人殺しよったんや……)
ズキン
藜の胸が痛む。
何故この竜河岸が殺人を犯したのか?
藜はすぐに察した。
おそらく虐めがあったんだろうと。
藜の場合は殺人まで至っていない。
スキルの残弾もあったのかも知れないが、魔力注入発動時でも解る様にまだそこまでの想いは無かったのだ。
話を聞くとこの子は丙種竜河岸。
まだ入学時は竜を連れてなかったのだ。
そして竜河岸の身分を隠して学校に入って来た。
が、人の口に戸板は立てられぬもの。
竜河岸である事が周囲に拡散。
タツナシと陰で囁かれる様になる。
タツナシと言うのは丙種の蔑称。
そしてこの子は類まれなる絵の才能があった。
高校で才能が開花し、将来の日本の芸術を背負って立つとまで将来を有望視されていた。
だが、出る杭は打たれる。
これも世の常。
周囲からの妬み、嫉み、嫉妬の嵐が凄まじかった。
これが虐めに拍車をかける。
そして……
在学中に竜儀の式を終えたその子は…………
行動を起こしてしまう。
美術部の同学年部員を全員惨殺。
発見された時は教室全体を夥しい血の海が浸す中、呆然自失と立っている血塗れのその子と竜が居た。
警察に通報。
即確保される。
竜もマザーに連絡され、強制送還。
この子の竜河岸としての人生は短命で終わる。
今となってはどの様なスキルだったかは不明。
「ケッ……
嫌な話だ……」
(スマンな……
その子はまだ塀の中や……
国も竜関連の事件やからどう扱こうていいかわからん言うてな……
ワシはな……
後悔しとんのや……
何であん時もっとその子を見てやらんかったんやってな……
もうあんなんは嫌や……
あの子は才能あったんや……
絵の素人のワシが見ても群抜いて凄い絵を描ける子やったんや……
才能が花開かんかったのが悔しゅうてなあ……
んでもちろん才能は藜……
お前にも感じとるんや……)
江本はちらりと顔を傾けて、微笑む。
「買い被り過ぎだ……
エモやん」
(そんな事無いて。
現に今ほとんど学校来てへんのに定期テストはええ成績残しとるやん。
まだ藜が何の才能があるんか解らんけどな。
将来の道を探す為にも大学に行って欲しいんや……)
「ケッ……
しょーがねーな……
賭けと喧嘩に敗けたのはアタシだ……
スジは通さなきゃいけねえ……」
むくりと身体を起こす藜。
「やってやんよ大学受験。
天上天下唯我独尊……
女、新崎藜ァ……
京大現役合格してやる」
スジを通さないといけない等色々言っているが、内心江本の気持ちは物凄く嬉しかった藜。
こんなにも私の事を考えてくれる人に返したい。
恩を返す。
これも怒羅魂連合に入り、漣から学んだ事。
何やかんやと理由を付けているのは照れ隠しである。
こうして藜は京大現役合格を目指すべく、受験勉強する事になる。
「…………とまあ……
こんな事がありやして……
今は毎日勉強っス」
「ハハッ
そのエモやんって先公、えらい気合入っとんのう。
ワレと殴り合うたんか。
ええのう……
ウチん時もそないな先公がおったらなあ……」
漣は父親の自殺から不登校。
全く学校には行っていない。
その時、学校に江本の様な先生が居たらまた違ってたのではないかと漣は考えていた。
だが、それは竜と竜河岸への差別意識が強い生駒市では無理な話。
「あっちゃんって性格的に言うて机に座ってオベンキョーなんか絶対無理や思うけどなあ……
蓋開けたらこれが勉強出来んねやもんなあ……」
「さくら、お前アタシをナメ過ぎ」
「んでさくらよ。
ワレも何や考えとるらしいのう」
「お父はんがウチを名古屋のなんや言う食べモン屋の社長になれゆうてんのよ~
総長よりもうちょい遅いけど名古屋に行くわ」
これは体のいい厄介払い。
さくらの素行はいわば風早家の恥部。
独り立ちなどの御題目を立てて家から追い出そうとしていた。
だが、さくらはそんな父親を嫌いでは無かった。
器の小ささが子犬みたいで可愛いのだそうな。
そして本編で何故小料理屋の女主人になっているかと言うと名古屋でも紆余曲折があったと言う事だ。
「ほうか……
みんなそれぞれの道を歩んで行くんやのう……」
「なーにババ臭い事言ってんスか総長。
一番ビビったのは総長っスよ。
何せ結婚しちゃうんスから」
「まあのう。
これも縁っちゅうやっちゃな。
隕虎と出会ってもたからのう。
総長やっとった頃は母親なるなんて思うてなかったわ」
「ホントっスよね。
あの最強無敵の怒羅魂連合初代総長が今や一児の母っスよ」
「そやなぁ。
産む時はマジで目に映るモン全員殺すて思うぐらいキツかったけど、産んでみたら可愛いもんやなあ……
ん~~マッ!
竜虎ちゃ~ん!
可愛い~」
そう言いながらおもむろに写真を取り出しキスをする漣。
この写真に写っている新生児は藤堂竜虎。
漣と隕虎の息子である。
「ハハハ……
総長って割と子供好きなんスね……
アタシは苦手っスけど……」
「ヘヘッ
藜、ワレも産んだら解るわ」
「うえっ
アタシは絶対あり得ませんスよ」
「わからんわからん。
ヘヘッ」
そう言いながら笑顔の漣。
こうして引っ越しの打ち上げは笑いの中で終わり、あっさりと漣は岐阜に向かって行った。
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時は1999年 3月に戻る。
携帯を持っている藜。
とりあえず両親に報告する為だ。
母親には報告した。
おめでとうの言葉と一人暮らしには注意する様にとの事。
「ケッ……
あのババァ……
一人暮らしに注意しろって……
ここ数年一人暮らしみたいなもんじゃねぇか……」
両親はほとんど不在。
専攻の学問の為だ。
数年ほぼ一人暮らし状態だった藜。
いや、一人では無い。
ルンルも居るから二人である。
【藜さぁ~ん、パパには連絡しないのぉ~んっ?】
「あ?
ま……
まあクソオヤジにも一応連絡しようとは思ってるが…………
ルンル……
オメー……
それいつまで続けんだ……?」
藜が言っているのはルンルのオカマ口調の事だ。
もう京大現役合格する頃には本編のルンルに成り代わろうとしていた。
【あらん、何言ってるのかしらん。
ずっとに決まってるじゃなぁいん】
「そうか……
トホホ」
もうこの頃はオカマ・オネエという人種に心底惚れ込んでいたルンル。
性別を二つ取り入れようとする気概。
世間の冷たい目に晒されようとも生き抜く力強さに。
とりあえず電話をかける藜。
掛ける先は玲於奈だ。
「もしもしアタシだ。
新崎藜だ」
もう自己紹介のくだりは手慣れたものだ。
「おお我が愛娘、藜さんじゃないですか……
今日はどうしました……?」
「一応テメーはオヤジだ……
報告しとこうと思ってよ……
大学受かったからよ……」
「おお……
それはおめでとうございます……
何処の大学ですか……?」
「京大だ」
「それはおめでとうございます……
所でバイ……」
プツッ
話の途中で電話を切る藜。
この玲於奈と言う男は娘が何処の大学に行こうともどうでも良かった。
話を振ったのはただ電話を長引かせる為だ。
玲於奈の中にはまた魔力提供の打診をする以外無い。
要はまたバイトの話を持ち掛けようとしただけだ。
そして察知した藜は電話を切った。
報告さえ終わればこんなオヤジには用はない。
とりあえず帰途につく藜。
次は住居の準備だ。
家から京大は遠すぎる。
近くに部屋を借りるつもりだった。
藜は帰りに不動産に寄る。
京都 某不動産
(いらっしゃいませ…………
こ……
こちらにどうぞ……)
突然入って来た竜と藜に戸惑う店員。
「京大に行き易い部屋を都合つけて欲しいんだが……」
(ちょ……
ちょっと待って下さいね……)
しばらく色々なファイルを探し始める店員。
時間にして十五分。
ずっと探している。
さすがにイラつき始める藜。
「オイ……
アンタ……
いつまで探してんだよ……」
(すいません……
竜OKの部屋となるとなかなか……
どれも京大から遠くて……
あっ!?
…………でもなあ……)
「何だよ。
何かあったのか?」
(ええ……
一件該当が……
ここは京町屋の平屋で竜もゆったり住めるぐらい敷地は充分です……
住所も左京区なので……
京大は徒歩圏内……
敷金礼金ゼロで家賃も格安の三万五千……
ですが……
大家が……)
「ん?
大家が何だよ」
(いや……
大家さんが変わってる人で……
入居者は強くないと駄目って……)
「強い?
何が?」
(ええ……
まあ……
いわゆるコレです……)
パンパン
そう言いながら右上腕部を叩く店員。
要するに腕っぷしが強くないと駄目らしい。
「何だそりゃ?
何で部屋借りんのに喧嘩しなきゃいけないんだよ」
(何か今の若い者は軟弱な奴が多すぎるって事でそうしてるらしくて……
ハァ……
ウチも斡旋はしてますが合格した人はまだ一人も……)
一人もいない様だ。
「何だそのジジイ。
それで儲けになんのかよ」
(いや、お爺さんでは無くお婆さんです)
「どっちでもいいんだよ。
んでそこ以外は無いんだな?」
(はい……
あるかも知れませんが、多分時間がかかります)
藜は面倒臭がりである。
「まあいい。
こんな事で時間かけるのも面倒だ。
そこでいいや。
要はそのババアをぶっ倒しゃあいいんだろ?」
(ま……
まあ……
掻い摘むとそう言う事ですが……
良いんですか……?
このお婆さん……
三道の達人ですよ?)
■三道
日本における学問や伝統芸能、武道等を三つ合わせた総称。
学問の場合は明経道、明法道、算道。
伝統芸能は茶道・華道・書道。
武術の場合は剣道・居合道・杖道となる。
※諸説あり
この大家の場合は武術の三道である。
「問題ねえよ。
とっとと大家に連絡取りやがれ」
藜は三道が何を指すかは知らない。
だが、こと喧嘩に関しては圧倒的な自信を持っていた。
なんせ元怒羅魂連合特攻隊長なのだから。
(は……
はい……
ちょっと待って下さい…………
あ、もしもし……?
中澤さんですか……?
あの……
入居希望者が来店されてるんですが……
え……?
いや……
まあ……
強い……
んですかね……?
いやいやいやいや私にはそんなのわかりませんよっっ……
ええ……
はい……
じゃあ十二時に……)
電話を置く店員。
約束は取りつけた様だ。
(お待たせしました。
アポは取れましたので、この住所に向かって下さい)
そう言ってメモを渡す店員。
「ちょっと待て。
普通不動産側が案内するもんじゃ無いのかよ」
(まあ……
普通はそうなんですが……
お客様は厳密にはまだお客様で無い訳ですし……)
入った店が悪かった。
直感的にそう思う藜。
要は大家のテストを合格していないのだから厳密には客じゃないと言いたいのだ。
何とも横柄な態度である。
しかも藜が不合格になると決めつけた態度。
これが藜の闘争心に火をつけた。
「決めた……
絶対その部屋に住んでやる……
クソッ……
だから京都ってトコは嫌いなんだよ……」
メモをひったくる様に奪い店を後にする藜。
【ちょっとぉん!
何なのよう!
あの店員の態度ゥ!
ねえ藜さんっ!?】
外へ出るなりルンルが声を荒げる。
ルンルが店員をボーイと言うのは最近見倒しているオカマのドキュメンタリーの取り扱っているのがオカマバーだからだ。
「京都の街ってのは何処もあんなもんだよ……
ってルンル……
テメー今までアタシの事呼び捨ててたのに何で今はさん付けなんだよ」
【えぇ?
だぁってぇん、藜さんってアタシの主人じゃなぁい?
言ったら店長よねえ。
世の先輩オカマさん達も店長の事をさん付けで呼んでたからぁ
アタシもそれに倣ってるのよぉん】
「あ……
そ……
ハァ……
前は結構男らしい竜だと思ってたのに……
何でこんな事になっちゃったんだよ……」
もうルンルは前の様な態度は取らない。
今のルンルはオカマに傾倒している。
オカマという存在がそれ程不可思議で衝撃的な存在だったのだ。
自己を根幹から揺るがす程に。
当の藜からしたら堪ったものでは無い。
まるで今まで一緒に住んでいた兄弟が実はオカマバーで働いていたと言うのを明かされた様な面持ちだった。
「中澤琴……
で良いのか?」
店員がくれたメモには住所とフリガナ無しの名前らしきものが書いてあった。
とりあえず書かれている住所に向かう事に。
十五分ぐらいで到着。
着いた先は和風平屋。
作りからして年代物なのが解る。
「ここ……か?」
表札部分を見ると何もかかってない。
と言う事は空き家だ。
何処だ?
中澤さんは何処だ。
藜が路頭に迷いかけている所に……
バンバンバンッ!
バンバンバンッ!
バンバンバンッ!
何かを叩く大きな音が聞こえる。
やけにリズミカルだ。
「何だこの音……」
音のする方を向く。
発生源は隣からだ。
(引っ越ーしっ!
引っ越ーしっ!
さっさと引っ越ーし!
シバくぞ!)
バンバンバンッ!
この叩いてる音がドラムの様なリズムを刻み、物騒な事を言っている。
バンバンバンッ!
(はーやくっ!!
お引越しっ!!
絶対早くっ!!
お引越しっ!!
ワシの勝ちやーっ!!)
バンバンバンッ!
(引っ越ーしっ!!
引っ越ーしっ!!
引っ越しがさーきーっ!!)
あまりにしつこいので隣家に足を向ける藜。
「うっせーなぁ……
何やってんだよ……
ここの住民はよ……」
ふと表札に眼が行く。
そこにはこう書かれてあった。
中澤
「おいおい……
マジかよ……」
隣家は同じ様な和風平屋。
色々察した藜。
おそらくここが大家の家。
そして隣の空き家が借りる家。
そして…………
叫んでる声の主が……
中澤琴だろう。
バンバンバンッ!
またリズムパートに入った。
今がチャンス。
「スゥ…………
すいやせーーーんっっ!!」
大きく息を吸い込み、叫ぶ藜。
怒羅魂連合で声出しは常にやっていたので大声には自信がある。
バンバ………………
リズムを刻むのが止まる。
しばらく待ってみる藜とルンル。
ガラッ
やがて玄関が開く。
が、誰も居ない。
(あんさん、誰や)
下から声がする。
俯くと小柄な老婆が立っていた。
「ちっさ……」
(何かゆうたか)
「あっいえ……
さっき不動産屋から電話があったと思うんスけど……」
(あーあー……
あんさんが家借りたいゆう物好きなやつか……
ここまで足運んどるって事は条件については聞いとんのかいな?)
「アレっしょ?
強くないと貸さないってやつ」
(ほーかほーか。
聞いとんならええわ。
ほな帰りィ。
こないなもやしみたいな娘が強い訳あるかいな。
時間の無駄や)
それを聞いた藜は瞬時に凶相になる。
スレンダーではあるが決して痩せ過ぎのガリガリと言う訳では無い。
琴は藜を完全にナメていた。
「あ……?
誰が弱いって…………
大家さんは痴呆が進んでるんスかねえ……」
低いドスの効いた声を響かせる藜。
(フヒョッ……
こん小娘が……
一端の覇気を見せよるわ……
ええやろ……
相手したる……
入りィ)
「お邪魔しやす」
家に上がり、奥へ進む。
「あの……
さっきの音……
大家さんスか?」
(ん?
何の話や?)
「いや……
バンバンとか引っ越せとか……」
(あぁ……
あれワシや。
隣の爺さんに嫌がらせしとんねん)
あっけらかんと言う琴。
「あ……
そっスか……」
藜は思った。
この大家はヤバい奴だと。
だが、立地的にもここが最適。
別を探すにしても恐ろしく面倒臭い。
またさっきの様な不動産屋にぶつかるかも知れない。
何せここは京都なのだから。
それも御免被りたい。
とりあえずさっきの嫌がらせに関してはもう触れずにいよう。
そう心に誓う藜なのだった。
奥に進むと通用路みたいな廊下が見える。
学校で言う所の体育館に繋がっている廊下の様。
その通用路の先には道場があった。
立派な道場。
「ここでやるんスか?」
(そや。
入りィ)
「…………ウス」
道場に上がる藜とルンル。
(道着に着替えるからちょお待っとれ)
「ウィッス」
手早く道着に着替える琴。
パリッとした身なりになった琴は音も無く道場中央に正座。
ピンと一本芯の通った姿勢。
脇には木の棒が置いてある。
(さあ待たせたの)
「ケッ……
テメーは獲物アリかよ……」
(これはワシの嗜んどるのが杖道やからや……
別にあんさんも何使こても構わんで……
何やったらそこに居るトカゲのバケモンと二対一でも構わん)
この中澤琴と言う女性。
1999年当時で八十五になる。
世界が竜で溢れる様を傍から見ていた存在。
まさに傍からと言う言葉がしっくり来る程、竜と触れ合って来ていない。
何か世間でトカゲのバケモンが来てるらしい。
琴の認識はその程度。
そのまま八十五まで生きてきたのだ。
これが世間と言うもの。
狭い様で広いのだ。
竜がやってきているとは言え、数は五万にも満たない。
人口が一億を超える日本でこう言う人はザラにいる。
「ケッ……
ナメてんじゃねぇぞ……
テメーみてーなババア、タイマンで充分だ……」
パシッ
勢いよく胸元で拳を合わせる。
(フヒョッ!
杖道八段のワシに素手で挑むんかい……
こないなアホは初めてやわ)
八段。
杖道の最高段位である。
それを聞いた藜はほんの少したじろぐ。
杖道なんて武道は聞いた事無い藜だったが八段と言うのが何を意味するかは解っている。
だが、今までの喧嘩で空手三段とか言ってるシャバいヤンキーなどもぶちのめしてきた藜。
段=強さで無い事も知っていた。
「ハンデだよ……
じゃあそろそろ始めようぜ……」
(フヒョッ!
威勢のええ娘やわぁ……
ほな……)
藜VS琴 立ち合い開始。
対峙する二人。
藜は自己流の喧嘩殺法の構え。
対する琴は木製の杖をまるで剣道の竹刀の様に端で握っている。
構えもまるで剣道だ。
藜は考えていた。
ハンデとは言ったがこの間合いの違い。
不用意に飛び込んだら杖で打たれてしまう。
となるとどうする?
そこで藜は琴の持つ杖そのものに目を付けた。
杖を奪ってしまえば八段の達人とは言えただの老婆。
こちらの勝ちが決定する。
狙いが定まった所でどう言う動きをする?
多分馬鹿正直に飛び込んでも打ち込まれて終わる。
となると……
フェイント。
向こうはヨボヨボの老婆。
かたやこちらは十八歳。
動きはこちらの方が素早い筈。
(何や威勢がええのは口だけか)
ヒュッ
琴が挑発を言い終わるか終わらないか内に藜が強く、そして速く前に踏み込む。
瞬く間に拳が届く距離まで間合いを詰める。
現在藜は魔力注入等の魔力作用を使っていない。
素でもこれぐらいの動きは出来るのだ。
タッ
更に軽く床を蹴り、真っ直ぐ進んだ直後に素早く真横へ飛ぶ。
琴の視界の外へ。
最初から藜の狙いは変わっていない。
琴の杖だ。
ダンッ
更に動きを重ね、強く床を蹴る。
Uターンの動き。
両手を広げ、琴の杖を掴みにかかる。
刃が付いていない。
これが杖のデメリットだと藜は考えた。
だがこの時、藜は気付くべきだった。
琴が立ち合い時から全く姿勢が変わっていない事に。
もう琴の杖は目と鼻の先。
捉えた。
藜は勝利を確信した。
スカッ
「へ……?」
そこにあった杖が消えた。
何処だ。
何処に行った?
思考に疑問が奔った瞬間
ビシィッ!
藜の右手の甲に激痛が奔る。
琴の杖が打ち込まれたのだ。
ドタァンッ
振り下ろされた杖の勢いのままに床に強く身体を打ちつける藜。
「イテェッ!」
ゴロゴロゴロッ!
堪らず転がって間合いを広げる。
緊急回避だ。
そして素早く立ち上がる。
「クソッ……
このババア……」
見ると右手の甲が赤く腫れている。
(フヒョッ!
ワシの杖に目ェ付けたんは悪ないけどな。
動きがバレバレやわ)
「イテ……」
赤く腫れた手首の甲を擦る藜。
(フヒョッ!
今のはなあ……
本手打言うねん。
杖道の基本技や。
本来は顔面ドツく技やねんけど、あんさんは女やし顔は勘弁したったわ)
「基本技だと……
ケッ……
アタシを倒すのには基本技で充分ってかぁっ!?
ナメんなよぉっ!」
ダダッ!
基本技?
しかも自分が女だから勘弁した?
完全にナメられたと受け取った藜は頭に血が昇る。
琴に飛びかかる。
冷静さを欠いた行動。
狙いは変わらず、琴の杖。
スッ
が、冷静な琴。
流れる様な体捌きで体勢を変える。
構えはまるで剣道の逆袈裟の様。
(逆手打ち!)
ボコォッ!
藜の右側面に鋭い一撃。
ズダァッ!
倒れる藜。
素早く立ち上がり再び飛びかかる。
(返し突き!)
ドボォッ!
「ウゴォッ!」
琴の放った突きが藜の腹に深々と突き刺さる。
堪らず嗚咽が漏れる。
だが、余力はある。
まだまだ諦めない藜。
これでも怒羅魂連合特攻隊長。
こんな所で諦めては総長並びに他のメンバーに申し訳が無い。
再び向かって行く。
(逆手突き!)
ズダァンッ!
(巻落!)
ダダァンッ!
(繰付!)
バタァンッ!
(突外打!)
(胴払打!)
(体外打!)
ダダァァァンッッ!
いつしか道場は琴の声と藜の倒れる音しか響かなくなっていた。
一時間後
「ハァッ……
ハァッ……
クソォォォッッ!」
身体の各所を赤く腫らし、汗だくで仰向けに大の字の藜。
ついには琴にただの一発も当てる事が出来なかったのだ。
影も踏ませぬとはまさにこの事。
(フヒョッ!
あんさんタフやのう……
ワシの打ちをこんだけ受けてまだ話せるか)
琴の杖をこれだけ受ければ、並の者なら既に意識を失っている。
「ハァッ……
ハァッ……
何でアタシの攻撃が当たんねえんだよ……
未来予知でも出来んのかババァ……」
だが、満身創痍なのは違いない。
もう藜は憎まれ口を叩くぐらいしか出来ない。
(フヒョッ!
ワシは対の先を極めとるからのう……
結界に入った敵の動きは見逃さんわ)
対の先とは武道の極意の事。
他に先の先、後の先がある。
結界と言うのは琴の間合いの事である。
■先の先
敵が仕掛けない内にこちらから動作を起こして打ち込む動きの事。
後の先は敵が攻撃を仕掛け体勢が整わない内に、攻撃を避け、打ち返す動き。
対の先とは相手の動きをあらかじめ察知し、それに負けぬ様動作を起こし、同時に仕掛けながらも一瞬早く打ち込む動作の事を指す。
共に武道の言葉として知られ剣道だけでは無く相撲、柔道、空手等でも使われる。
藜が未来予知かと錯覚したのは琴が対の先を使用していたからである。
「クソ……
何だよそれ……
知らねぇよ……」
ようやく体力が幾分か戻り、起き上がる事は出来る様になった。
むくりと上身を起こし、ヨロヨロと立ち上がる藜。
(お?
もう起き上がる事出けんのかいな?
感心感心)
「邪魔したな……」
【あらん、帰るのぉん?】
ヨロヨロと外へ向かう藜とルンル。
(待ちぃ……
あんさん何処行くんや?)
「あ……?
アタシは敗けたんだ……
ここにはもう用はねぇよ……」
(荷物もあるやろけど、これから住む家見てったらどや?)
「何言ってんだよババア……
荷物なんてある訳が……
って今何つった……?」
(ん?
ワシ何かおかしな事言うたかいのう。
あんさん、入居しに来たんとちゃうんかい)
「え……?
でもアタシ敗けたぞ……?」
(何やきちんと内容聞いてへんかったんか。
ワシは強ないと入居は認めんて言うたやろ?
あんさんは合格や)
「何だよソレ……」
(フヒョッ!
改めて自己紹介させてもらおか。
ワシは中澤琴や)
「あ……
ウィッス……
し……
新崎藜ッス……
よろしくオナシャス……」
不合格だと思っていた所を合格と言われ、あれよと自己紹介まで進んだ事に少し面食らう藜。
こうして住居の確保を完了させたのであった。
借りる家は平屋とはいえ広く、庭もついていた。
これで三万五千円は破格も破格である。
(ん?
ワシは別に儲けたいからやっとるのやありゃせん。
練習相手が欲しかっただけや)
「あ……
そっスか……」
とどのつまり結局はそう言う事である。
琴は三道の達人。
練習相手もままならなく、京都の本部まで出向かないといけない。
物凄くめんどくさいのだ。
そこで一計。
持ち家を誰かに貸そう。
そしてそいつを練習相手にしようと。
藜は格闘技を習っていない為、技術は未熟だがタフさを買われたと言う事だ。
部屋を確認し、引っ越しの段取りを済ませた藜。
気が付いたら時間は午後六時前。
「あ……
エモやんにも連絡しとかねえと……」
携帯を取り出す藜。
プルルルルル……
ガチャ
「もしもしエモやんか?」
(モグモ……
あか……
モグモグ……)
江本は晩御飯中だった。
「エモやん……
喰うか電話かハッキリしてくれ……」
(モグモグモグモグ……
ゴックン……
ふう……
藜、今日やったな。
どやったんや?
散ったか?
散ったんか?)
「テメー……
それが教え子に言う言葉かよ……
受かったよ……
ザマーミロこのボケナス」
(マジでかッッ!?
マジでかッッ!?
お前受かったんかっ!?
京大やぞ京大ッ!
京都大工専門学校ちゃうやろなっ!?)
「馬鹿かテメー……
京都にンな学校ねえだろ……
京都大学に決まってんだろ……」
京大現役合格。
藜の母校でも過去に一人か二人いるかいないかの快挙なのだ。
(マジでかー…………
ええ、タチバナ先生。
新崎がやりました。
見事京大合格です……)
「何だエモやん、学校かよ」
(ん?
あぁスマンスマン。
そうや学校でお残業中や。
先生言うんも色々あんねや)
「ほうほう。
そりゃご苦労なこった。
とりあえずザマアミロの電話だ。
どうせエモやん無理だと思ってただろ?」
(なっ……
ナニヲイウトルンヤァ!
シンザキ君ッッ!
そないな訳あるかいやぁ……
先生っちゅうんは生徒を信じるというキヨイココロを持ってやなあ……)
急にカタコトになる江本。
要するに図星なのだ。
察しの通り江本は受かるとは思って無かった。
また族特有の大言壮語だろうとタカを括っていた。
藜の頭の良さは知っていたが、やはり素行が素行なので合格するとはあまり思って無かった。
割合で七:三で不合格だと。
江本としては二、三浪程して受かるだろうと。
簡単に言うと江本は藜をナメていた。
藜は一度決めた事は決して曲げない。
やるといったらやる。
これは怒羅魂連合で漣や他のメンバーから教わった事。
あの日、江本に京大現役合格してやると告げた日から勉強に真摯に取り組んでいたのだ。
そして努力が実り、本日現役合格を果たす事となる。
「何キョドってんだよ……
気持ち悪りぃなエモやん……
まあそういうこった。
アタシも忙しいから切るな」
プツッ……
ツーツーツー
電話が切れた。
(そうかぁ……
そうかぁ……
あの藜がなぁ…………
フグッ……)
江本は電話を置いた後、藜からの吉報を反芻し涙を流す。
良かった。
本当に良かった。
藜が道を踏み外さないで良かった。
今度は見放さなかった。
見放さなかったぞと過去の後悔を思い出し、今回、教師としての本分を果たした達成感、教え子の達成した事に対する喜び等色々な感情が入り混じり感極まって泣いたのだ。
(えっ……
江本先生……
泣いてるんですか……?)
(あ、タチバナ先生……
ワシャ嬉しくてなあ……
うっ……
うっ……)
(まあ……
ねえ……
あの電撃姫がまさか京大に現役合格するなんてねえ……)
電撃姫というのは怒羅魂連合時代の藜の異名。
割と有名で教師も知っている程である。
ここから更に時は進み、二年後
2001年 某月 京都大学 キャンバス某場所
フラフラと歩く金髪ストレートの女性と焦げ茶色の竜が居る。
「くそ……
琴のババア……
もうちょっと手加減しろってんだ……」
【あらん、藜さんってばそんな事言っちゃってェ。
ホントに手加減されたら怒るくせにぃ】
「うっせっ!
いちち……
触んなよっ
ルンルッ!」
この女性はもちろん新崎藜。
そしてオネエ言葉を使うこの竜はルンルである。
藜は二十歳を迎え、京都の生活にも慣れ始めた所。
とりあえず授業を受けていると言った毎日。
言ってしまえば退屈な日々。
まだ琴との立ち合いがあるからやっていけていると言う状態。
大学三回生が目に見えて来て、そろそろ専修学科を決めないといけない時期に差しかかっていた。
だが、藜の心は憂鬱だった。
「ハア……
専修ったってなあ……
何やりゃいんだよ……」
自分の進路もぼんやりとしている今。
ずらりと専修科目を並べられても何を選んで良いか解らないのだ。
そんな日々を送っていた。
今日も授業が終わり、帰る所。
ちなみに二回生時の系統選びはアミダクジで適当に選び、歴史基礎文化系に進んでいた。
「あ、そうだ。
今日はエモやんと飲みに行くんだった」
二十歳を迎え、酒を飲めるようになった藜。
今日は江本に酒を奢ってもらう約束だった。
ちょくちょく電話はしていたがこうして会うのは卒業式以来である。
携帯を取り出す藜。
「もしもし?
エモやんか?
今大学から出る所だよ。
何処に連れてってくれんだ?」
(おう藜……
ってお前……
奢って貰う気マンマンやのう……
まあエエけど……
どないしよか。
せっかく久々の再会なんやし、ちょお遠いけど梅田でも出張るか?)
「遠いって……
京都からだとどっちも変わんねぇよ……
寝屋川感覚で喋んな」
(おおそやそや。
藜は京大生やったのう。
ほいじゃ梅田で待ち合せよか)
「おうわかった」
電話を切る藜。
待ち合わせは梅田となる。
早速向かう。
大阪 梅田
(おう藜、久しぶりやのう)
「お?
エモやん、ウィッス…………
ってどしたんだよ……
その身体……」
現れた江本は頭に包帯を巻いていた。
(おうこれか。
趣味の発掘行っとったら土砂崩れにおうてのう……)
「まだ続けてたのか、あの趣味……
大丈夫なのかよ」
(おう!
久々に教え子と飲みに行くぐらいは問題ないわ……
成果も上々やしな……
それにしても藜よ……)
江本はジロジロと嘗め回す様にいやらしく藜を眺める。
「な……
何だよ……
エモやん……
気持ち悪ィな……」
(いや……
のう……
しばらくみんうちにエエ身体になったなあ思てなあ……
ゲヘヘ)
「うわ……
キモ……
教え子をヘンな目で見てんじゃねぇよ……
とっとと飲み屋に連れて行きやがれ」
(わかっとるわい。
こっちや)
しばらく歩き、東通り商店街の脇道に入る。
ビルとビルの間に。
(ここや)
和風居酒屋 KONDOHYA
見るとこじんまりした和風の店舗があった。
「ここは……
近藤屋……
で良いのか……?
何で和風なのに店名がローマ字なんだよ……」
ガラガラ
藜のツッコミを無視して店内に入る江本。
(おっちゃーん、毎度ー)
(おっ江本さんやないかい。
いらっしゃい……
っと今日はお客さん連れかい……
……………………ってっっ!?
りりっ!!
竜っ!?)
入って来たルンルを見て驚く店主。
(そや竜や。
太い客やでヘヘヘ)
江本の言う太い客と言うのは体格の事ではない。
金払いが良いと言う意味である。
竜の食事は人間の何倍もあるからだ。
この時、江本は自分が払わないといけないと言うのをすっかり忘れていた。
【あらん……
このシヴイメンズ……
熱ぅい視線送ってくれちゃってぇん……
私に気があるのぉん?】
バチン
ルンルがウインク。
この頃になればルンルのオカマ作法も板についてきている。
(何や……
唸り声あげた思たら、ウインクしよったでぇ……
この竜……
何で化粧しとんねん……)
一般人には竜語はわからない。
「オッサン……
後生だ……
化粧に関しては触れねぇでやってくれ……」
藜が懇願。
(お……
おうわかった……
とりあえず奥へどうぞ……)
店の奥へ通される。
客は藜達のみ。
誰に遠慮する事も無いのだ。
(とりあえず注文しよか)
「おう」
メニューを眺める藜。
(藜、ワレもう酒は飲んどんか?)
「ん?
まあちょくちょく……
ババアにやられた日とかな……
おいルンル、オメー何にするよ」
【どれどれ……
あら?
たこ焼きあるじゃなぁいん。
変わってるわねぇ】
「たこ焼き?
馬鹿な事言ってんじゃねえよ……
ンなもん飲み屋に在る訳が……
あ……
ホントだ……」
(ここ、飲み屋のくせにたこ焼き美味いねん)
「何だそりゃ?
まあいいや。
ルンル、たこ焼きで良いか?」
【別に良いわよぉん】
「ほんじゃあ生とたこ焼き四つ……
刺身盛り合わせと牛串……
あとシーザーサラダでいいや」
(ワレ見た目は完全に肉食やのにシーザーサラダみたいなん食うんか。
OLか)
「やかましい。
野菜ナメてんじゃねぇぞ」
江本も注文を済ませ、しばらく待っている。
(んで藜よ……
さっきの話やけどな。
御婆はんと何かやっとんか?)
「まあな……
詳しい話は酒が来てからだ」
しばらく待っていると続々注文が運ばれてくる。
(ヘイッ!
たこ焼き五つお待ちっ!)
皿に盛られたたこ焼き。
綺麗な円形のたこ焼きに黒いソース。
線状にかけられたマヨネーズ。
青海苔と鰹節がまかれ、焼き立てなのだろう。
ゆらりゆらりと鰹節が揺れている。
飲み屋で作ったとは思えない程きちんとしている。
「へえ……
割ときちんとしてるじゃねぇか……」
(だから言うとるやろ?
ここのたこ焼き美味いって)
「ふうん……
まあ乾杯しようぜエモやん」
(おう)
お互い中ジョッキを持つ。
(ほんだら……
どうしよ……?
遅ればせながら京大現役合格おめでとうと言う事で……
カンパイィッッ!)
「いつの話してんだよ……
もう二年以上前の話じゃねぇか……
テンションで誤魔化してんじゃねぇよ……
ん……」
ガチャン
中ジョッキが合わさる。
(んぐっ……
んぐっ……
プハーーーッッ!
この一杯の為に生きとんのうッッ!)
「んっ……
んっ……
んっ……
ふぅーーーっ!
美味ェな……
退屈な日々が洗われる様だぜ……」
互いにビールを飲む。
江本は更に飲み、その口でたこ焼きもほうばる。
(ハホッ……
ハホッ……
ここのたこ焼きな……
ハホッ……
何か知らんけどビールに合うねや……
うまーーっ!)
「ホントかよ……
フカシこいてんじゃねぇだろうな……」
そう言いつつたこ焼きを口に入れ、中ジョッキを構える。
「熱……
ハフッ……
あ……
熱いけど結構美味ェなコレ……
んでビールを……
んっんっんっ…………
んんっっ!!?」
ビールが藜の口内に流し込まれた瞬間、眼の色が変わる。
「何だこりゃ……
どうなってんだ……
エモやんの言う通りじゃねぇか……
馬鹿みてぇに美味い……」
(やろ?
ここのたこ焼き食うとなあ……
ビールが進み過ぎていかんわ……
んっんっんっ……
プハーッ!)
【あらん、藜さんエラク美味しそうじゃなぁいん。
アタシも一つ貰うわん】
ひょいっ
ルンルがその大きな手でニ、三個掴み口に入れる。
【あら?
このたこ焼き美味しいじゃなぁいん。
困っちゃうわん。
こんな美味しいの食べちゃったらダイエットにならないじゃなぁいん】
たこ焼きの味にルンルはご満悦の様子。
ちなみにダイエットしてる訳では無い。
これもオカマの模倣である。
(藜、この竜は何ちゅうとんや?)
「美味いってよ」
(ほーかほーか。
竜や言うても美味いもんは美味いんやな。
どんどん食えや)
「エモやん……
払い大丈夫なのかよ……
アタシ金そんなに持って来てねぇぞ……」
(ウフッ……
ウフフのフ……)
江本はいやらしく笑いながら、懐に手を入れる。
取り出したのは財布。
開けると中には札束が入っている。
目算でも十枚以上。
「エモやん……
テメーやりやがったな……
結構気合入った奴だと思ってたのによ……
まさか犯罪に手を染めるとはな……
空き巣か……?
強盗か……?」
完全に勘違いしている藜。
怒羅魂連合の暴走行為も立派な犯罪なのだがそれは棚に置いている。
(アホな事言うな。
競馬や競馬。
万券取ったんやがな。
何に使おかなって考えてたんやけどワレとの飲み代に使お思てな。
あぁ……
何てワシって教え子想いの教師なんやろ……)
自身の気前の良さにうっとりしてる江本。
「ん……
まあその顔は気持ち悪いけど気持ちは有難く受け取ってやらあ……
すませーーんっ!
たこ焼き追加で十個ーっ!」
(うお。
遠慮ないのう藜。
十皿も食えんのかいな)
「心配いらねぇよ。
ほとんどルンル用だ」
(ほうか。
なら大丈夫か。
さて……
前置き長なったけど大学生活はどや?)
「退屈だよ……
別に教授の言ってる事が解んねぇとかじゃねぇぞ。
何かよ……
これやって将来何に活かせんのかな?
とか考えるとよ……
何か虚しくってな……
まあ辞めるつもりはねぇけどよ。
エモやんも喜んでくれたし、何より途中で投げ出すのはアタシらしくねぇ……
んっ……
んっ……」
そう言いながらビールを飲む藜。
(ほうか……
藜……
ワレええやっちゃのう……
こんなワシに義理立てしとんのかいな……)
それを聞いた藜は頬を赤らめる。
それは恥ずかしさからか酒の為かわからない。
「テメーの為だけじゃねえよ。
言ってんだろ?
ここで辞めたらアタシがアタシで無くなんだよ……
それに勝ちてえババアもいるしな」
(さっき言うとった御婆はんか。
藜、ワレ不良やっとんたんやからそこそこ喧嘩自慢なんとちゃうんかい)
「何だよ喧嘩自慢て……
相手は三道の達人だぞ……
簡単に勝てるかよ……」
(お?
三道なんて古い言葉よう知っとんのう。
さすが京大生やわ)
「何だエモやん、知ってんのかよ」
(藜……
ワシの専門科目忘れたんかい……
日本史や日本史。
それぐらい知っとるわい)
江本は藜のクラスの担任だったが、受け持ち科目は日本史だった。
「そういや、そうだったな」
(ちなみに三道って言葉は芸術、学問、武道と使われてんのやで。
多分藜の話やと…………
その人は武道やろなあ……)
「あぁ……
杖道八段だってよ……」
(うお……
多分それ最高段位ちゃうんか……?
でも何でその達人の御婆はんと争っとんのや?)
「その人、下宿先の大家なんだよ……
格安で借りる条件が練習相手だってよ」
(何じゃそら……
けったいな御婆はんやのう……
んっんっ……)
ビールを飲み干す江本。
そして飲み会は進み、酒を呑むペースも上がる。
話は藜の将来の話になる。
(んで藜よ……
もう三回生やろ?
そろそろ専修科目決めなあかん時期とちゃうんか?)
「そぉ~なんだよぉ~
もう何して良いかわかんねぇよぉ~~
助けてくれよぉ~~
エモや~~ん……」
若干酔いが回ったのか藜が弱音を吐いている。
(悩んどんなぁ……
なら考古学専修はどや?)
「ずっとそれ言ってんなエモやん……
何でそんなに穴掘りさせたいんだよ……」
(そないゆうたかてワシの趣味やからのう……
んっんっ……
んで考古学は穴掘りだけちゃうで。
例えば映画でインディージョーンズってあったやろ?
あの出とるハリソンフォードかて考古学者なんやで?)
「へえ……
あれってただの物好きなオッサンが遺跡に行く話じゃ無かっただな……」
(お前……
訳わからず映画見るタイプかい……
ほいでも岩に追っかけられたり、軍と大立ち回りしたりしてたやろ?
な?
そう考えたらおもろそうやとは思わんか?)
「どこの世界に軍とコト構えんの薦める教師がいんだよ……」
(それはあくまでも例やがな。
実際にそないせいゆうてる訳無いやろ。
ほいで藜よ。
ワレは竜河岸やろ?
それやったら竜の歴史調べたら大発見するかも知れんで。
考古学の魅力ってのう自分が発見したモンで世間の常識が変わるかも知れへんってトコや。
出土された遺物やら遺跡から発見された書物やらそういうのから日本史や世界史っちゅうのは作られとんねん)
酒も入っているせいか熱く考古学の魅力を語る江本。
「エモやん、酔ってんのか……?
何熱く語ってんだよ」
(そら趣味の話やから熱くもなるわいな。
まあちょい酒も手伝っとんかも知れんけどな。
ほんで竜の歴史なんかたかだか六十年ぐらいのもんやで?
それやのに日本の歴史二千年より解らん事が多すぎるんや。
手付かずの歴史。
そんな竜の歴史をやな……
考古学っちゅうアプローチから紐解くゆうんや。
ワクワクせん訳ないやろ?
ワシやったら考古学以外ありえんで)
江本が言っている竜の歴史と言うのは竜が地球にやって来てからの話である。
竜と言うのは最初の交渉時にマザーが見せつけた強大な力で半ば強引に住み着いたと言える。
一息で島をニ、三個灰燼とするその強大な力を見せつけられた人類。
竜に関しては腫れものを扱うかの如くになっている。
竜の謎を解こうとするとその強大な力が自分に降り注ぐかも知れない。
そう言った理由から調べようとする学者は数える程しかおらず、たかだか六十年程しかないが竜に関しては解らない事だらけなのだ。
竜河岸という竜と人との懸け橋になる存在は居るが、全人類で考えると全然人数が少ない。
その中で考古学者を目指そうとする人間は2001年段階では一人もいなかった。
「そう言われてみれば……
確かに面白そうではあるかも知れねえな……」
江本の熱い話を聞いて、ほんの少し揺らぐ藜。
(ほんでワレの好きな言葉で天上天下唯我独尊ってあるやろ?
唯我独尊ってこの世で自分程偉い人は存在しないって意味なんやで?
な?
竜河岸の考古学者やったら唯我独尊を実践できると思わんか?)
この江本が言っている唯我独尊の意味は間違いである。
そして江本はこの解釈が誤りであることは知っている。
釈迦が生まれる時に言ったとされているが、この意味に関してはまだ定義されておらず時代時代の釈迦観によって変化している。
今回この話を引用したのはあくまで藜を考古学の世界に引っ張り込む為である。
「へえ……
唯我独尊か……
悪くねぇな……
よし決めた……
アタシ考古学専修するわ」
(おおっ!?
藜っっ!?
マジでかっっ!?
考古学の道へ進むんかァッ!?)
「うっせーな……
だからやるって言ってんだろ……?
まあ確かにエモやんの話を聞いてると面白そうではあるしな……
それに唯我独尊の存在になるっていうのも悪くねえ……
ありがとなエモやん。
お蔭で最近のモヤモヤがスッキリしたわ」
こうして藜は考古学の道を志す事になる。
暴君考古学者誕生の瞬間である。
続く




