陸軍についてはまだ中途半端な状態にならざるを得ないな
さて、海軍を創設し、武家諸法度なども定めたので正式に陸軍も発足させたいところだ。
日本は島国で外国から攻撃されたことはあまりない。
確実に有名なのは文永11年(1274年)の文永の役と弘安4年(1281年)の弘安の役の二回に亘る元寇だな。
あとは寛仁3年(1019年)刀伊の入寇に、8世紀頃に多発した新羅の入寇などもある。
何れにせよ明はすでに末期状態で朝鮮半島や満州も含めて混乱がいつ起こるかわからないが、そういった状況では海賊や難民、亡命希望者なども増える。
ある程度は海軍で臨検したり海上撃破するにせよ日本は海岸線が長すぎる上に、一時的な拠点にするための離島も多いので完全に海上で撃退するのは難しい。
そういった意味もあり防衛のための軍は必要だが新たに設立した海軍とちがって封建社会的な武士による軍役と中央軍が入り混じってる現状ではやはり中途半端な状態にならざるを得ない。
江戸幕府は、将軍直属の兵力として旗本や御家人達がいたしそれは小姓組、書院番、新番、大番、小十人組として一応組織されていた。
そして親藩や譜代大名・外様大名に対しても石高に応じた兵数や馬、鉄砲や槍を揃える軍役を課していたが、それにより将軍直属の兵力としての旗本や御家人以外は大名に対しての指示はできるがその下への指示などはできず、更に長期の平和の中で武士の官僚貴族化が進んだため、実際には十分な兵がいないなどの形骸化が進んでいった。
幕末にはアヘン戦争で清がイギリスなどにこてんぱんに叩きのめされたことで西洋式軍備の研究を行って陸軍が編成されたが、あくまでもそれは幕府直属の旗本御家人などに対してのみ行えたもので、諸藩は独自の兵力を持っていた。
「本来指揮権が確立した軍団を編成したいところではあるのだがな……」
領主に軍役を一任する封建制的な軍編成だと、戦場における明確な指揮権が誰にあるのか分かりづらい、指揮官が戦死したときに残りの兵が逃散してしまうなどの欠点があって、関ヶ原の合戦の西軍がまともな戦闘行動を取れなかったのも同格と思われる大名の間では指示を出せなかった事もあった。
またナポレオン戦争でナポレオンが連戦連勝できた理由はオーストリアなどの諸侯の総指揮権の不明確さなどもあった。
だからといって中央集権的な一括管理の軍隊が必ずしもいいかというとそうでもなく、たとえば秀吉の朝鮮出兵の頃の李氏朝鮮軍は架空の人物を徴兵簿に乗せ、その人物に本来払うべき金を役人が懐に入れていたりして、いざ戦おうとしたら兵士が誰もいなかったなどということもあったりしたらしい。
そういう官僚による資料の改ざんや武器や軍食料の横流しなどもついて回るのも問題ではある。
とはいえ現状では大名は鎌倉以来の御恩と奉公的軍役負担をしてでも兵士を持ちたいというものも多い。
なにせつい最近まで殺し合いをしていたものが兵を持つなら自分もとなるのは仕方ないであろう。
もちろん私的な紛争を武力で解決することは厳禁と武家諸法度で定めたがな。
現状は陸上部隊は諸大名の連合でしかないので、当面は日ノ本連合陸軍と呼称して、徐々に軍役を負担するよりも必要な税を納めたほうが楽だと認識させていき、大名からの軍事権を分離させていこうと思う。
そして天下大将軍の下の陸軍トップにはやはり上杉謙信を据えておくのが良いであろうか。
関東管領として関東の諸将を率いて後北条を一度は追い詰めた彼の下につくならばそれを否やというものも少ないであろう。
現状の彼は隠居の身ではあるが現役復帰を要請すれば断ることもないように思う。
家久に対しての統治者としての教育などが一段落したら、大坂に来て貰うとしようか。




