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第68話 ダンジョンのための広告運用とPDCA

――――――――――

*ミリア*

――――――――――




 ——ダメだよ、ミリア……どうしてそんな魔法に手を出そうと——


 平気だよ。


 ——アンタがそんなことをしたら、アンタのお母さんは悲しむよ——


 でもこれで、母ちゃんを探せるかもしれないんだ!


 ——でも危険だってあるじゃないか、アンタが、召喚されてしまうかも——





「————ぶはっ、はっ、はぁっ、はっ、はっ……」


 ベッドに身を起こしたミリアは、全身に冷たい汗をかいていた。

 自分の身体をぎゅうと抱きしめるようにする。

 ガラスをはめ込まれた窓の外は、白々と明るくなり始めている。ミリアは膝に自分の額を埋めた。


「……昔の、夢……? おいら、なんか……焦ってた……それで失敗して…………」


 特級冒険者アルスと対峙しているときの、ユウが身に纏っていた緊張感を思い返す。

 ユウは最大限、アルスに対して警戒している。


「……もう、失敗したくない……」


 ミリアの指が膝に食い込んでいた。




――――――――――

*俺*

――――――――――




 リンダはビジネスについてはまったく興味がないのか、翌朝、新聞社へ向かう俺とは裏腹に、


「私はダンジョンにいる」


 と言っていた。

 俺のことを知りたいんじゃなかったのか……? というそこはかとない疑問はあったものの、リンダが来てもあまり意味がないので俺は素直に新聞社へ向かうことにした。

 新聞社の前、つまりアーケードのある大通り。

 雪のシャットアウトは成功していて、みんな雪道を歩きたくないからだろう、朝の8時だというのに通りはすっかり混み合っていた。


「おはようございます」

「ああ、ロージーおはよう」


 両手に白い息を吐きかけながらロージーが挨拶してくる。

 ここは俺のダンジョン内とはいえ、横風は入ってくる。俺も、一応黒革のコートを羽織ってきて正解だった。


「じゃあ中に入ろ……え?」


 ロージーの後ろにいる人物に気がついて、俺は思わず声を上げた。


「よ、よう」


 ミリアがいたのだ。


「…………」

「……ユウ?」

「…………」

「……ゆ、ユウ? ちょ、どうしたんだよ。なんか反応しろよ」

「…………8時だぞ」

「は?」

「まだ朝8時だぞ? いつもなら寝てる時間だろ?」

「そ、それはそう——って別にいいだろ! ほら、さっさと行こうぜ!」


 なんだ? ミリアが俺の仕事に興味を持っている?

 ……いや、それはないな。新聞社にくれば新作フライドポテトの情報がもらえると思っているとか。うん、そっちのほうが可能性はありそうだ。


「ミリア」

「な、なんだよ。帰れって言われたっておいら帰らねーぞ」

「……くれぐれも邪魔はするなよ」

「っ! わ、わかった」


 よし。

 これくらい強く言っておけば大丈夫だろう。

 フライドポテトの情報くらいは融通してやろう。


「任せておけ、ミリア」

「? な、なにが?」

「ふっ」

「????」


 俺たちは新聞社へと入った。




 ヴィヴィアンとは応接室で会った。ちなみに今日はルーカスは来ていない。ほんとうは来て欲しかったのだが、朝いちばんでヒルズ・レストランに行ったところ、昨晩はレストランに戻って来なかったらしい。

 実家にいるのかもしれないが、気にはなるな。

 とりあえず今日の話し合いはルーカスがいなくても問題ないけど。


「ユウ様、おはようございます」

「おはよう、ヴィヴィアン」

「…………」

「……?」

「も、もう1回いいですか?」

「なにが?」

「もう1回呼んでください、あたしのこと!」

「ヴィヴィアン」

「きゃあーっ! もう、イヤですぅ、そんな、親しげに、呼び捨てなんてっ」


 頬に手を当ててくねりんくねりんしてる。いや、だって、呼び捨てにしろって言ったのお前だよな?


「……座りましょう」

「……座ろうぜ」

「あ、うん」


 冷め切ったロージーとミリアの言葉に従って俺も座った。


「そうだ、ユウ様。昨日『青雲鳩印刷工房』の方がこれを持っていらっしゃいました」


 果物の詰め合わせだった。なかなか高そうな梱包と、品揃えだ。


「昨日急に?」

「はい。なんでもルーカスさんが印刷工房に行ったらしく、ローバッハ男爵の決定事項を伝えたそうです。暫定的に今の副社長を社長代理として業務を継続するとしたと。リューンフォートタイムズへの不正が確定したことになるのでお詫びとして昨日、副社長がやってきたという経緯ですね」

「おお……」


 ルーカス、働いてるなあ。


「それで、今後のことなのですが……どうしましょうか?」

「……ヴィヴィアン、今の社主は君だ。会社の方針は君が立てなきゃいけない」

「はい……」


 しょんぼりする。これは、俺に頼る気満々だったってことか?

 それはよくないんだよ。社主はヴィヴィアンだし、俺はいつまでもずっとここにいるわけじゃない。それに会社1つ背負うとか俺には無理。


「……でも、あたし……他に頼れる人もいなくて……」


 うつむいてぽつりぽつりと話すヴィヴィアン。

 あー……そうなんだよな。

 この子はかなり運が悪い。だから俺みたいに中身のない男を頼ろうとする。


「わかってるよ」


 冷静に考えれば俺に頼るなんて間違いなんだが。

 それでも、


「経営が軌道に乗るまでは手助けするから」


 頼られた以上はなんとかしてやりたい。


「ユウ様……」


 顔を上げた彼女のまぶたに溜まった涙。

「社主」を演じることを止めてから、ドストレートに感情をぶつけてくるようになったよな、ヴィヴィアンは。

 これが演技だったらたいしたもんだよ。騙されたとしても悪い気はしない。


「よし。それじゃ直近の話をしよう。まず前号、アルスが初級第2ダンジョンを突破したことをマルコが書いたんだよな? そのときの売れ行きは?」

「は、はい。えっと、確かこの資料の——」

「——刷り部数5,000部、印刷工房が正常化したために実数が回復していますね。実売4,829部。売上は金貨24枚銀貨14枚銅貨50枚。売店の取り分が15%、ここから引かれます」


 ロージーが資料を先に手にして読み上げる。


「実質的に完売と言っていいでしょう。おそらく品切れになった売店が多かったのではないでしょうか?」

「あ、おいらも街を歩いてて売店に食ってかかってるヤツ見たよ」


 ミリアもそこに言葉を重ねてくる。うん、お前なに売店ふらふらしてんの? その頃俺、ローバッハ対策で死ぬ思いしてたんだぞ?


「い、いや、待ってくれよ、なんだよその目。おいらだって遊んでたわけじゃねーよ? ルーカスに協力できることないかって聞いたら、貴族街関係の情報を探せればいろいろとはかどるって言うから」

「え? ミリアがそんな仕事してたのか?」

「魔族の交流ネットワークはルーカスも探れないからさ」

「へえ……」


 魔族のネットワークか。差別とか偏見があるから、自然と固まるんだろうな。

 奴隷だったミリアでもそれなりにネットワークとか言えるほどには。


「前号についてはわかった。ヴィヴィアン、部数を増やす気はないか?」

「え!? で、でも5,000部から次は7,000部じゃないと刷らないって印刷工房に言われてて……さすがに2,000部は増やしすぎじゃないかと」

「なに言ってる。印刷工房は俺のものだぞ」

「あっ」

「いくらでも細かく調整できる。まずは5,500部、次は6,000部としていこう」

「は、はい!」

「ちょっと待ってください、ユウさん」


 手を挙げたのはロージーだ。


「前号は冒険者アルスの迷宮突破という目玉記事がありましたが、毎号そのような目玉があるとは限りません。いきなり部数を増やすのはリスキーではないかと」

「その意見はもっともなんだが、次号からは俺の広告が入る」

「……? それが、なにか?」

「その広告で資金的な余裕ができるからリスクを背負うことができる。それに、広告のおかげで購買数が増える」

「……ちょっと意味がわかりません。広告とは商品紹介ですよね? それはあくまでもついでに見るものであって購買意欲を煽るものではないのでは……」


 ロージーが不思議がるのも無理はない。

 この世界に広告の概念はまだまだ定着していない。

 だけど日本では、広告はとんでもなく進化していた。


「俺が出す広告はただの広告じゃない。特徴は2つある。1つ目は——ヴィヴィアン、マルコを貸してくれ」

「マルコ……ですか? もちろん構いませんが……」

「1つ目の特徴は、広告の内容をマルコに書いてもらう」

「え?」

「はあっ!?」


 ヴィヴィアンとロージーが驚く。ミリアが驚いていないのはそもそもよくわかっていないからだろう。


「記者が、記者目線で、紹介記事を書く。これを『記事広告』と言う。マルコにはすでにある程度のファンがついていると思うんだ。ダンジョン攻略記事の名手としてね。そのマルコが紹介するお店なら行ってみたいと思う読者が一定数いると思われる。ああ、もちろん『広告である』ことがはっきりわかるよう明記することは必要だけどな?」


 日本の雑誌でも記事広告は多い。

 フォントやページのレイアウトを変えることで「ふつうの記事じゃありませんよ」と表示することが一応ルールとなっている。

 反面、これを極限までわからなくしたのがWeb広告だな。Webの記事は玉石混淆だからどれが中立記事でどれが広告記事なのかわからないことが多い。

 さらには有名人ブログで提灯記事を書かせたステルスマーケティングなんてのもあるが、これは法律違反ではないがモラル違反だ。


「なるほど……」

「でもユウさん。それだけで読者が増えるとは思わないのですが」

「うん。読者を増やす工夫は次の2つ目の特徴だ。広告内に、クーポンを入れる」

「クーポン?」

「?」


 これはまったくピンとこないらしい。


「切り取り式にして、ホークヒルの店舗すべてで利用できる5枚のクーポンをつける。1回1枚の利用で銅貨10枚分割り引きにする」

「え?」

「あっ」

「あー、なるほど。ベインブの飯なら銅貨50枚が40枚で食える。毎日食ってる『ベインブジャンキー』なら週5回は余裕で食うから実質タダで新聞を買えるってことか」

「お、おう、そうだ……ミリア、お前食い物のことになると計算早いな」

「はあ!? 他のこともはえーし!」


 だがミリアのたとえ話はわかりやすかったらしい。

 いまいちわかっていなかったヴィヴィアンも納得する。


「でもですよ、ユウ様のご厚意でそのようなクーポンを入れるとして……もちろん新聞としては売上が上がることはうれしいのですが、割引分はユウ様の持ち出しになってしまいませんか?」

「うん、そこを調整しようか。このクーポンシステムの悪いところは、割引販売することでレストランとかの『売り上げが下がること』だ。一方でいいところもある。本来的に、広告の目的は2種類あって、1つは『休眠ユーザーの覚醒』、もう1つは『新規ユーザーの獲得』。いいところとは、『クーポンがあるなら行ってみよう』と思う客を獲得できるということだ。これは今までにホークヒルに足を運ばなかった客、休眠、新規両方のユーザーを開拓できる」

「へぇぇ……」

「クーポンには1〜5の番号を振っておく。ふつう、こうすると1から順番に使おうという誘因(インセンティブ)が働く。ホークヒルで毎週クーポン使用数を集計する予定だ。1の枚数をカウントすればおよそのユーザー数を確認できるし、2〜5までの使用数を見れば、リピーターも計測できるというわけだ」

「————」

「————」


 ヴィヴィアンとロージーはぽかんとしていた。

 おそらくこのあたりの数値分析はやったことがない——というより考えたことのない分野なのだろう。

 Webの仕事をしていると当たり前なんだけどな。数値数値数値。可視化できるところは全部数字にしちゃいましょう、という文化がある。


「……その集計ってもしかしてリオネルたちにやらせようとしてる?」


 ミリアが鋭いことを言った。その通りである。骨の労力はタダだ。


「そ、そういう考え方はどこで学ばれたのですか?」


 ロージーがぎくりとするようなことを言ってくれる。日本です。異世界です。


「ま……いろいろだよ。さて、クーポンの使用数はそのまま広告効果であると言える。1のクーポン数、つまり『広告がリーチしたと推定できる人数』に応じて『広告料金を支払う』ということでどうだろう?」

「……いいのですか? 広告料金は最初無料で出稿していただこうかと——」

「無料はダメ。ビジネスはビジネスだから」

「は、はい。でも、逆にクーポンの使用数が増えた分だけ広告料金をもらうということは、ユウ様は割り引きを多くした上でさらに広告料金を支払うことになりますよね?」

「そこで重要なのが1のクーポン数ってことなんだ。『全クーポン合計』だとリピーターが多くてこちらの『割り引き額負担が大きくなる』。でも1だけなら、こちらの望んでいるユーザー拡大に資するわけだから、多くても『広告料金を支払う価値がある』」

「……わかりました。では広告料金の設定ですが……えっと、どうしましょう」


 自分で考えるクセもつけましょうね?

 と思いながらも、今回の件はヴィヴィアンもやったことがないことだろうから、考えるヒントをあげよう。


「記事広告に関してはマルコを借りるけど、これは新聞社からのサービスとしたほうがいいと思う。そもそも紙面を埋める仕事を、記者がしているので。マルコが売れっ子の記者になった場合は別だけどね」

「はい」

「使用するページ数は1/2ページ。ホークヒルの広告なのでダンジョン記事の上か下に配置していただきたい」

「それはもちろんです」

「では印刷費から考えて『最低でも欲しい金額』と、およそ5,000人にリーチする媒体として『最大これくらいの価値がある』と思える金額とを計算してみてください」

「うーん……」


 ヴィヴィアンが首をひねる。

 横ではロージーが手元の紙になにかを書きつけている。

 ミリアは……「?」って顔だ。うん、ちょっとミリアには難し過ぎたかな。


「……えっと、『最低でも欲しい金額』銀貨30枚です」


 印刷費である金貨4枚銀貨50枚を大体16等分したところだな。うんうん、それでいい。


「『最大これくらいの価値がある』という金額は……金貨1枚くらいですか?」

「それは少ないね」

「でも印刷費が……」

「印刷費に縛られたらダメだよ。最大値はあくまでも理想だから。リューンフォートタイムズの価値として考えてごらん。その1号分の、16分の1の金額だ」

「リューンフォートタイムズの価値……それなら金貨2枚」

「そのくらいが妥当かな」


 5,000部のメディアで広告費10万円だとしたら、かなり特化したメディアであると思えば妥当な数字だと思う。ちょっと高いけど、高いくらいでいい。理想なんだし。


「じゃあ、1のクーポン使用数1枚につき、銅貨10枚を支払うことで広告料金としようか。ただし最低保証金額ミニマムギャランティーで銀貨50枚に満たない場合は銀貨50枚を支払うこととする」

「銀貨50枚ですか? 30枚ではなく?」

「印刷費ギリギリの金額は広告費とは言えないよ」


 500人へのリーチで銀貨50枚。コンバージョンレートは10%か。しかも完売で5,000人だもんな……ふつうに考えたらムリだな。

 でも俺の中では成算があった。リューンフォートタイムズは今やダンジョン攻略記事に価値がある。であれば10%のコンバージョンはあり得る。

 まあ、クーポンの概念自体が浸透していないから、それが浸透するかどうかが問題だけどな。


「やるだけやってみて、全然ダメなら次号でまた設定し直そう。こうして仮説と検証(PDCA)を回すことで広告運用のノウハウも溜まる。——ロージー」

「はい」

「できればロージーに、この数値管理をお願いしたい」

「私ですか?」

「数値計算は得意分野だろうし、ヴィヴィアンには気心の知れた味方が必要なんだ」

「…………」

「…………」


 あれ? なんでイヤそうな顔で視線を交わし合ってるの?


「えぇっと、ダメ……かな?」

「いえ……やります。仕事ですし」

「わかりました……ユウ様がそうおっしゃるなら……ビジネスですし」

「…………」

「…………」


 イヤそうだよ!?

 俺がおろおろしていると、


「ほんっとユウは女心がわかんねーよな」


 とミリアにまでバカにされた。


ホークヒルの記事広告がいよいよ掲載されます。


一方で実は勇者のパレードまであと3日なんですよね。

広告掲載はその翌日になります。


次回は上級迷宮主を目指します。

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