第69話 上級への道(なかば)
今回の広告掲載は、ホークヒルを知らない人のための記事で構成することにした。ヒルズ・レストランの食事メニューやヒルズ・インの客室紹介といった内容で、囲みコラムでベインブのスペシャルを入れておく。
さらにクーポンも入れるとなると1/2ページだからこれで手一杯……というか紙面が足りない可能性もあるのでそこは実際に構成しつつ確認ということとなる。
紙媒体とWeb媒体はここが違うよな。Webだったら多少分量が多くても「ま、いっか」で済む。ページが縦に長くなるだけだしな。
「では、マルコの都合がついたらホークヒルに来るように伝えておいてくれ。レストラン、ホテル、ベインブには声をかけておくから」
「はい。……まあ、マルコは放っておいても勝手にダンジョンに行くんですけどね」
「そりゃそうだ。あと、ロージー」
「……わかっています。今後の仕事の進め方についてヴィヴィアン社主と話し合っておきます」
「お、おう、頼んだ」
「……はい」
怖い物見たさという言葉はあるが、あいにく俺の辞書にはない。怖い物なんて見ないに限る。なぜかバチバチィッという火花のような音が散る応接室をささっと逃げ出した。もちろんミリアもついてきた。
「なー、ユウ。勝手にクーポンの割り引きとか決めてよかったのか? あの店はルーカスの店なんだろ?」
「ああ。割り引きについてはあらかじめルーカスとも話したことがあってな、とりあえず銅貨10枚あたりでやっておこうという運びになった。好評すぎれば大局的に見て元は取れるし、割り引き負担が大きいところには俺が資金を出して補填する形になる」
割り引きで害を被るのはルーカスの店だけだ。
ダンジョンは銀貨1枚固定だから、入場者数が増える分、売上の一部をルーカスの店にバックするのはまったく痛くない。
ホークヒルというダンジョンを中心にした経済圏ができてきているな。
「それで、これからどうするんだ? もう新聞社の仕事は終わりだろ?」
新聞社を出た、アーケードの下でミリアに聞かれる。
「そうだな。俺はちょっとやることがあるからホークヒルに戻るけど……っていうかお前、なんでついてきたの?」
「え?」
「俺の仕事に興味なんてまったくなかったじゃん。昨日のメイド姿といい、なんか変だぞ」
「べ、別に変じゃねーよ。熱なんてないからおでこ触るなよ!」
「いや、なんか顔とか赤いし……」
「赤くねーよ!」
赤いよ? 魔族の肌の色だからわかりにくいけど、赤いよ?
「おい……こんなところに魔族がいるぜ」
「ほんとだ。クセェと思ったら魔族のニオイかよ」
そんな声が聞こえてきた。
振り返ると、いかにも不衛生なふうの冒険者が3人、こっちを見ている。
なんだよ、典型的なチンピラだな。
「……っ!」
ミリアが俺の陰に隠れる。外套をつかまれる。
「ミリア……」
「…………」
その手が――震えている。
俺は冒険者たちに言ってやった。
「いや、臭くないだろ。大体このアーケードはほとんど無臭になってるはずだ。臭いとしたらお前らの体臭だろ?」
アーケードは俺のダンジョンの一部。臭いワケがない。臭いものは有機物がほとんどだからな、吸収してMPに変換されてるんだ。
「……あぁ? なんだこいつ」
「お前魔族をかばうのか? 人間の敵だ」
「いやいやなに言ってんの? 魔族だろうと亜人として市民権は補償されてるの知らないの? 冒険者ってそこまで学がないの? 文字読める? 読めるわけないか。読めたら冒険者なんてアコギな仕事してないもんなあ。あはははは」
「んの野郎――!」
カッとなった冒険者のひとりがこっちに踏み込んでくる。
だけどヤツの攻撃は空振りする。
なぜなら、俺はミリアを連れて一瞬で転移するからだ。
俺とミリアがいるのはホークヒル、ダンジョンの入口前。
俺が使ったのは何度も使用可能な転移トラップが埋め込まれたスティック。まあ「キ○ラの翼」の使用回数無限バージョンみたいなもんだ。
ミリアに押しつけたあと自分に押しつければ、あら不思議、一瞬で転移。
ここは、街からの転移トラップでやってくる場所と同じ場所だ。
今はもう10時を回っている。人はほとんどいない。来た人たちはもうダンジョンの中だろう。
「え? あれ? ここ、あれ?」
「わははははは。いやー、笑えたなアイツらの顔」
「え、ユウの……仕業か?」
「そうそう。転移トラップ使って、な。一度試しておかなきゃなあとは思ってたからちょうどよかったわ」
「お、おい! おいらだってかなりびっくりしたんだぞ!? ユウって戦闘力皆無とか言ってたくせに自分からあんなふうに冒険者を煽るんだから!」
「逃げ足には自信があるぜ」
「それイイ顔して言うことかよ!?」
「あははは」
「笑い事かって!?」
俺はいまだに興奮しているミリアの腕をぽんぽんと叩いた。
「あんなふうにお前のことけなされて、一言くらい言い返したかっただけだ」
「…………」
それを聞いてちょっとは落ち着いたみたいだ。
いやまあミリアのことだけじゃなくて俺のダンジョンまでバカにされたような気もしたしな。
「一言どころじゃなく言ってた気がするけど……」
「まあな。あっちは3人いたしな。三言以上は必要だったな」
「な、なあ、ユウ。おいらは――魔族だ。魔族だけど」
「?」
魔族だけど、なんだ?
「……魔族だけど、いいのか。ホークヒルにいて」
「え、今さら?」
ぷっ、と笑ってしまう。
「わ、笑うなよ!?」
「いや、だってさ。リオネルなんて骨だぜ? 骨に比べたら魔族のリスクなんてないようなもんだろ」
「それはそうだけど――それでもユウに迷惑をかけることがあるかもしれない」
ああ、これはアレですか。こないだのアルスのこと気にしてるのか。
「だからアルスの件はもういいって。それよりお前にできることを考えてくれよ。そうだな――これから俺がやろうとしてる実験に付き合う、とか」
「? 実験?」
「まあついてこい」
「待って。実験ってなに? 響きが怖えーんだけど!?」
「はっははは」
「だから笑い事じゃないよな!?」
上級迷宮主になるための、実験だ。
ここにはもう来ることもないだろうと思っていた……懐かしのコウモリホールにやってきた。
召喚系の迷宮魔法を覚えて意気揚々とコウモリ召喚したらいきなり噛みつかれた思い出のコウモリホール。
まあ、他に広いスペースもしゃれこうべサッカーグラウンドぐらいしかないからな。新たに作るのも面倒なのでここだ。
「うえっ。なんだよここ、暗いよ」
「ああ、悪い悪い」
明かりのトラップをいくつか配置する。
「さて、それじゃあ今からやる実験だけど――」
俺はミリアに説明した。
迷宮主は進化をすること。進化の条件は不明だが、今は「中級」迷宮主なので、おそらく上級があるだろうこと。
静寂と反響の迷宮主の進化ができるようになったとき、耳に集中したことがあったこと。
……暗黒迷宮主のことは話さないでおいたよ、うん。俺の業が暴走した結果だから、うん。
「はい、質問」
「なんだねミリアくん」
「進化できるようになった、とかさ、どうやってわかるの? 誰かが教えてくれんの?」
「あー……」
カヨちゃんのことか。
説明するのが面倒な上に、俺にもわからないんだよな。
「なんとなくわかる」
「はあ? なんとなく、『静寂と反響の迷宮主になれるぞ!』ってわかんの? 逆にすごくね?」
「そうだよな。俺も不思議だ」
カヨちゃんは不思議。これは真実。
《…………》
ハッ。カヨちゃんの視線を感じる! 久しぶりだ! ゾクゾクする!
「……ま、まあ、それじゃ実験をいろいろやってみようか」
「どういうことやるんだ?」
「聴覚に集中して進化先がわかったんだから、あとは……」
視覚、嗅覚、触覚、味覚だ。
まず視覚の実験……と思ったけどダンジョン内だったらどこにいたって「見え」ちゃうんだよな。
とりあえずミリアの部屋に移動させてもらうことにした。
「ふーん、意外と片付いてんじゃん」
「じ、じろじろ見んじゃねーよ!」
前はゴミがとっちらかっていた記憶があるんだが、そんな気配は一切ない。
ゴミ箱以外ではダンジョンが吸収しないようにしてたからな。
とはいえ、衣装箪笥が2つになっていて、鏡台には可愛らしいアクセサリーケースなんかもある。
全体的に部屋のカラーが暖色に変化している。
「ふーん。女の子らしくなったんですねえ」
「……じろじろ見んなっつったぞ」
「わ、わかったよ。こえーよ、殺気出すな」
すごすごと俺はミリアの部屋の窓へと移動する。
はめ込まれているガラスの精度は低いのでカパッと外した。
「うっ、さぶっ!」
途端に冷たい風が吹き込んでくる。
窓から外は銀世界……というか、なんか灰色の世界だ。山は雪に覆われていて、動くものは降りしきり雪以外にない。黒っぽい場所に目を凝らすと、枯れた木が立っている。
「どうだ、ユウ?」
「うーん……」
目を凝らす。凝らす。凝らす。
ダメだな。俺の本気度が足りないのか。
うおお、見えろ! 見えろよ! もっと熱くなれよ! 枯れ木ィ! お前だよ! 枯れ木ィイ!
《迷宮魔法「進化」の条件を満たしました。|氷と幻影の迷宮主《ダンジョンマスター・オブ・スノーミラージュ》へと進化ができます》
「うわ、来た」
「え?」
「進化先。|氷と幻影の迷宮主《ダンジョンマスター・オブ・スノーミラージュ》だって」
「マジで?」
いやー俺はやっぱやればできる、いやいやこの部屋がいいんだろ、確かにミリアの部屋だからよかった、いやいやユウもがんばったよ、とかなんとか俺たちはお互いの健闘をたたえた。
「……でも微妙だな」
「……そうだな。スノーミラージュってなんだよ?」
「……わからん」
野球のアニメでそういうボール投げてたな。北海道でしか使えない魔球。なのに所属はジ○イアンツ。
次は嗅覚だ。
コウモリホールに戻ってきた俺たちは、5メートルほど離れて向かい合う。
「どうすんの、ここから?」
「俺は目をつぶってるから、徐々に徐々に近づいてこい。ゆっくりだぞ。ほんとにゆっくり」
俺は懐かしの粘土のイスに座ると、目をぎゅっと閉じた。
ミリアの位置は気にしないようにして、と……。
「えーっと……そんじゃ行くけど」
「おう、いつでも来い」
「…………」
「……スー……ハー……スー……ハー……」
「…………」
「……スー……ハー……スー……ハー……」
「……あのさ」
「うわ、近!」
びっくりして目を開くと、1メートルほどすぐそこにミリアがいた。
「なにしてんの?」
「全然ダメだったな。いや、ミリアの体臭がわかるかなと」
「ちょっ!? お前、なにやらせてんだよ!?」
「肉とか油っぽいものばっかり食べてるから、体臭そこそこあるだろ?」
「はあ!? ねーし! 体臭なんてねーし!」
「……ニオイ、も有機物か……もしかしなくてもニオイはダンジョンが吸収してるもんな……。よし、この部屋は一切なにも吸収しない設定にした! もう一度やるぞ!」
「や、やだよ! やんねーよ!」
「はあ? 体臭ないんだろ? だったらいいだろ」
「うっ」
「ほら、早くしろ。時間は有限だ」
「うぅぅぅ……」
なんだか涙目になって離れていくミリア。
なんなんだまったく。おこちゃまが身体のニオイなど気にするな。
「よし、スタート」
目をつぶった俺は鼻に集中する。
空気が流れ込んでくる。鼻腔の奥をくすぐる粘土のニオイ。そうだ、さっきは粘土のニオイだってなかった。やっぱりニオイも吸収されているんだな。
……む、空気が変わった気がする。
柔らかくて、甘くて……。
え? なんだこれ、めっちゃいいニオイが。
「あのさ」
「うおあああ!?」
「うわ、なんだよ!?」
「ちちち近いよ、バカ!」
「バカとか言うほうがバカなんだ! さっきと同じ距離になったから声かけたんだろ!」
ほんとだ。ミリアは俺から1メートルくらいのところにいる。
……ってことは、今のニオイはミリア?
すん。すん。
ミリアだァ!? ミリアからなんかいいニオイがするぅ!
「? どうしたんだよ?」
ちょ、ちょっと待ってよ、お子様だろ? ミリアはお子様だよな? お子様の乳臭いニオイがするんじゃないの? あっ、牛乳飲んでないからそんなことないの?
《迷宮魔法「進化」の条件を満たしました。薫風の迷宮主へと進化ができます》
って来たァ!?




