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第二十三話

「やあ、初めまして。君がアルマだね。会えて嬉しいよ」


 初めて目にする冬の王はシグナスと何もかもがよく似ていて、何もかもが違っていた。


 艶やかな銀の髪、白磁を思わせる滑らかな肌、瞬きの度に色を変える幽玄な瞳。何一つ欠けた所のない優美な造形は、まさにうり二つとしか言いようがない。


 だが──その玲瓏たる美を前にしながらアルマの胸は驚くほどに凪いでいた。


「お初にお目にかかる。知己を得て光栄だ、コルバス殿」


 かつてシグナスと初めて対面した折に感じた息を忘れるほどの眩しさも、思考を乱す動揺もそこにはなく。あの時己の心を揺さぶったのはシグナスという男が内に抱える優しさであり、温もりであったのだと今になって思い知る。


「堅苦しいことはなしにしよう。僕らはいわば兄妹なのだから」

「…承知した」


 大国を統べる皇帝とは思えぬほどに柔らかな口調だが、その声を耳にするたび名状しがたい悪寒が背筋を走る。人というより、春を知らぬ永久《とこしえ》の冬と語らっているかのような。


 弧を描く瞼の下で仄暗い影に抱かれた双眸がアルマを量るように見つめていた。


「兄様、お久しゅうございます」

「ああ、久しぶり。…お前は思ったよりも元気そうだね、シグナス」

「兄様もお変わりなく」


 安らかな微笑み。あたたかな眼差し。穏やかな声音。常となんら変わらぬ物腰でシグナスは兄を出迎えた。


 ──けれど。


 声を発するその間際、笑みを浮かべた横顔がほんの一瞬僅かに強張るのが見えて。胸の奥が鈍く痛む。


「コルバス殿」


 無意識のうちに足が一歩前に出る。


「積もる話もあることだろう。どうぞ掛けられよ」


 シグナスを背にそう告げれば、男はその目に好奇を湛えゆるりと口角を吊り上げる。思いがけない玩具を見つけた子どものように。


「ではお言葉に甘えるとしよう」


 絡めた視線はそのままにコルバスは悠然と長椅子へ腰掛けた。その仕草一つを取っても底知れぬ余裕が窺える。皇帝という肩書きを誇示するまでもなく、この男は生まれながらの帝王なのだと感服せずにはいられない。


 アルマもまた片時も目を逸らさぬまま卓を挟んだ向かいの長椅子に座す。その隣へシグナスが静かに腰を下ろした。


 程なくして侍女たちが恭しく茶と菓子を運び入れる。細く立ちのぼる湯気がほのかな花の香を連れて卓上を漂う。  


 コルバスは優雅な所作でカップを取り上げた。そのまま一口茶を含む。


「実にいい香りだ。味も申し分ない」


 それは含みのない率直な賛辞であるにも関わらず、どこか温度に欠けていた。


「お気に召したようで何よりだ」

「これは…カモミラかい?」

「はい。ガルド中部ミーレン産のカモミラにございます」


 シグナスは淀みない口調で言葉を紡ぐ。


 …今ならばよく分かる。シグナスという男がなぜこんなにも平静を装うことに長けているのか。その理由が、嫌というほどに。


「以前兄様が輸入品のカモミラをよく召し上がっていたのを思い出し、お口に合えば幸いとご用意いたしました」


 瞬間。男は僅かに目を細め。


「へえ…よく覚えているね。流石だ」


 ──カチャリ。


 カップを戻すその微かな音がやけに大きく耳を打つ。


「シグナス。お前はいつだって完璧で──完全だ」


 男の声はどこまでもやわらかく、どこまでも冷ややかな毒に満ちていた。


 隣に座るシグナスがか細く息を吐く。


 部屋を覆う重圧を耐え忍ぶかのように。


 これまでもずっと、全てを堪え生きてきたのだろう。この男は。


「…仰る通り、シグナスは実によく出来た男だ」


 アルマは静かに息を吸い。


「我はこの通りいまだ至らぬ未熟者ゆえ、助けられることも多い。シグナスは我の知らぬことを与え足りぬことを補ってくれる」


 射貫かんばかりの視線を受け止める。


「人は皆、誰かの支え無くしては生きてゆけぬもの。であれば我もまたシグナスを支え、守るに足る人間でありたいと…そう思う所存だ」


「へえ…随分と弟を買ってくれているようだ。兄として喜ばしい限りだよ」


 男はその目に淡い喜悦を浮かべながら悠然と微笑んだ。もはや皮肉めいた口調を隠そうともしない。


「ああ。このような得難き男を我が夫として与えてくださったこと、心より感謝する…コルバス殿」


 卓上を束の間の沈黙が支配する。


 見交わす視線だけが雄弁に互いの胸中を映し出す。


「...ふふ」


 不意に男は何とも愉しげな吐息を零した。

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