第9話:除名剣士の告発状
午前二時十一分。
ミリィの淹れた四杯目のお茶が冷め切った頃、西の三番棚の最下段から、それは出てきた。
他の束より一回り薄い、回送文書の綴り。表書きには連盟の事務局印と、回送日付——五年前の秋。そして件名。
『冒険者ヴァン・ガレットによる申立て(処理済)の件・参考送付』
「ヴァンさん」
仮眠していた彼を起こすのに、その一言で足りた。彼は階段を三段飛ばしで降りてきて、綴りの表書きを見て、止まった。
「……これか」
「開封します。立ち会いを」
紐を解く。中身は三点。
一点目、ヴァンの自筆の告発状。坑道事件の経緯、依頼強要の証言、危険度表記への疑義。几帳面とは言いがたい、だが必死さの伝わる文字で、七枚。
二点目、連盟事務局の処理票。『本申立てを棄却する。事由:証拠不十分及び申立人の信用性欠如』。
そして三点目。棄却の決裁書だった。
私は決裁書の末尾を、燭台の光にかざした。
棄却印。連盟のものではない。それより上位の、見間違えようのない意匠。
双頭の鷲に、天秤。
「……王宮監査局」
私の、二週間前までの職場の判が、そこに押されていた。
「おかしいです、よね? だって、冒険者さんの告発って、連盟の中で処理されるはずで……どうして王宮が」
「ええ、ミリィさん。本来この決裁線は存在しません。連盟の内部申立てに王宮監査局が裁可を下す制度は、ありません。あってはならない判です。つまりこの紙は、二つの事実を記録しています。一つ、ヴァンさんの告発は連盟内部で握り潰されたのではなく、王宮まで上がった上で、潰された。二つ、王宮監査局の誰かが、権限なくこの決裁に判を押した」
越権の判は、押した者の存在証明だ。
決裁書の担当者欄は墨で塗り潰されていた。だが判の番号は塗り潰されていない。局印には管理番号が刻まれる。第七号。局の判は局長と五人の次官にのみ貸与され、番号は貸与順——五年前の時点で第七号を保持していた人物は、照会すれば特定できる。
私はそこまでを手帳に記録し、一度、筆を止めた。
王宮監査局。私を育て、そして二週間前に私を切った組織。古巣の判が、二十七人の死の上に押されている。
「……監査官さん。あんた、まずいんじゃないのか。これは、あんたの古巣だ」
「ええ。ですから、好都合です」
「は?」
「判の管理規程も、決裁線の慣行も、書庫の配置も、私は内側から知っています。王宮監査局を監査できる人間がいるとすれば、王国で私が最適です。人事として、皮肉な配置ですが」
ヴァンは何か言いかけ、やめて、頭を掻いた。
「……五年だ。五年、誰も読まなかった。読ませられなかった。俺の字も、グスタフの名前も、ここで埃を被ってた」
「いいえ、ヴァンさん。それは正確ではありません」
私は告発状の七枚を綴り直し、表紙を付け替えた。
「この文書は『処理済』として死蔵されていたのではなく、『参考送付』として監査院に回送されています。回送した事務官が誰かは分かりません。ですが、本来焼却もできた紙を、わざわざ監査院——当時すでに機能していなかった監査院に送った。これは、いつか誰かに読ませるための送付です。五年前、連盟の中に、せめて記録だけは残そうとした人間が、少なくとも一人いた」
ヴァンが、目を見開いた。
「……そんな奴が、いたってのか」
「記録がそう言っています。私は記録を信じます」
私は新しい受理票を起こし、万年筆を執った。
『受理番号〇九四。申立人:ヴァン・ガレット。件名:アガレス坑道事件に係る依頼強要、危険度表記の改ざん疑い、及び除名処分の不当性について。受理日:本日。担当監査官:アデル・クロイツェル』
「ヴァンさん。五年前の申立てを、ギルド監査院が正式に受理し直します。棄却理由とされた『申立人の信用性欠如』について、当院は採用しません。あなたの記録は、赤鷲の臨検以降、当院において一貫して正確です」
受理印を構える。ヴァンは受理票を見下ろし、それから、絞り出すように言った。
「……頼む」
カン。
乾いた音が、夜明け前の書庫に響いた。
ヴァンは目元を片手で覆って、長いこと、動かなかった。ミリィが静かに、五杯目のお茶を彼の前に置いた。
受理番号〇九四。
死者二十七名。越権の判、第七号。
夜が明けたら、黒槌ギルドに臨検通知を出す。外堀は、ここから埋める。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
五年越しの「受理」でした。受理番号〇九四、当院は棄却いたしません。
次話、第1章クライマックス。ヘリオン傘下・黒槌ギルドへ、一通目の是正勧告です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)も、もれなく正式受理しております。




