第10話:一通目の「是正勧告書」
「現在時刻、九時零分。ギルド監査院、臨検を開始します」
黒槌ギルドの受付広間は、赤鷲の三倍の広さがあった。鉱山系ギルドらしく、壁には採掘地図と当番表。そして掲示板には、本日付の依頼書が整然と並んでいる。
整然と。
——表向きは。
「ぎ、ギルド長は不在だ! 帰ってもらおうか!」
応対に出た副長の男が、声を裏返らせた。臨検通知は昨夕に出してある。ギルド長の「不在」は予想の範囲内、というより予定通りである。不在の責任者は、後から記録で追える。
「不在は記録しました。臨検は責任者の在否に関わらず執行できます。本日の検査対象は三点。安全装備の支給記録、依頼の危険度査定の根拠資料、そして過去五年の死亡事案の処理記録です」
「そ、そんなもの、見せる義務は——」
「王国ギルド法第三条。あります。続けますか? あなたの発言は、妨害として一語ずつ記録されていますが」
手帳を構えただけで、副長は道を空けた。言質の重さを知っている人間の反応だ。この組織は、上から下まで「記録に残ること」を恐れている。
三時間の検分で、出てきたものを列挙する。
一つ。安全装備の「支給簿」には全員分の支給印があるが、購買記録に装備の仕入れがない。支給簿だけが存在する装備——つまり、紙の上にしか存在しない命綱。
一つ。危険度査定の根拠資料は、過去五年分が「保管期限切れ」で廃棄済み。規程の保存期間は十年。五年分が、ちょうどアガレスの年から消えている。
一つ。死亡事案三十八件の処理記録。全件に同一の定型文。『本人の過失による事故と認定』。認定者の署名は、全件同一人物。連盟安全審査局・審査官——の判を借りた、黒槌ギルド長の自署。
「ミリィさん、照合の結果は」
「はいっ。過失認定の文面、三十八件中三十八件、句読点の位置まで同じです。あと、これ……認定日付なんですけど、亡くなった日より前のものが、二件あります」
死亡認定が、死亡より先に書かれている。
予知能力者は、ガストン氏だけではなかったらしい。
「結構です。集計します」
私は受付広間の中央に机を借り、是正勧告書を書き上げた。広間には冒険者たちが集まり始めている。鉱夫上がりの大男たち。その幾人かの顔に、私は告発文書の差出人の名を重ねていた。遺族は、この中にもいる。
「黒槌ギルドに対し、ギルド監査院は以下を勧告します。一、架空の装備支給簿の即時廃棄と、実装備の支給。二、死亡事案三十八件の過失認定の全件白紙化と、第三者による再認定。三、危険度査定根拠の復元と提出。期限、十四日。なお本勧告の履行状況は公示します」
「こ、公示だと!? そんなことをしてみろ、うちの依頼の受け手が——」
「いなくなる、でしょうね。安全装備が紙の上にしかないギルドだと知れば。それを避けたいのであれば、方法は一つです。期限内に、本物の装備を買ってください」
カン、と職印が鳴る。
一通目の、是正勧告書。受領を拒めば公示が早まるだけだと理解した副長は、青い顔で受領印を押した。
そのときだった。
広間の入り口で、人垣が割れた。
現れたのは、仕立ての良い外套を着た、白髪交じりの大男だった。歳は五十がらみ。指に嵌めた印章指輪には、黒い太陽の紋。
ギルドの空気が、一瞬で変わった。冒険者たちが目を伏せる。副長が直立する。
「これはこれは。噂の監査官殿だ」
男は鷹揚に笑いながら、私の机の前まで歩いてきた。
「バルドメロ・ヘリオン。しがない斡旋屋の元締めをしておりましてな。いやはや、赤鷲に続いてうちの黒槌まで。ご熱心なことだ」
「ギルド監査院監査官、アデル・クロイツェルです。ヘリオン商会の総帥が、傘下ギルドの臨検に直々のお出まし。本日の訪問目的を伺っても?」
「目的? ……ご挨拶ですよ」
バルドメロは私の書いた是正勧告書をひょいと摘み上げ、眺め、丁寧な手つきで机に戻した。
「よく書けた書類だ。実によく書けている。だがね、お嬢さん。冒険者というのは、消耗品でしてな。危険を金に換えるのが彼らの商売だ。消耗の責任を雇い主に問うていたら、この王都の経済は回らない。あなたのやっていることは、正義ではなく営業妨害という」
「ただいまの『消耗品』という発言、記録してよろしいですか」
「ほう?」
「本日十二時四十一分、バルドメロ・ヘリオン氏、傘下ギルド所属冒険者を指して『消耗品』と発言。証人、当広間に約六十名。——記録しました」
バルドメロの笑みが、初めて、紙一枚ぶんだけ薄くなった。
「……忠告しよう、監査官殿。あんたの前任は三人いた。三人とも、賢い選択をした。あんたはどうかな。この王都で、わしに逆らって商売をした者はいない。あんたの小さな役所ごと、潰すこともできるんだよ」
「ただいまの発言も記録しました。『役所ごと潰す』。脅迫として整理するか、営業方針として整理するかは、今後のあなたの行動を見て判断します」
私は手帳を閉じ、立ち上がり、正面から彼を見た。
「バルドメロ氏。当院の書庫には、あなたの商会に関する告発が五百件あります。私は全件読みます。全件、処理します。お帰りはあちらです」
男はしばらく私を眺め、それから、声を上げて笑った。
「はっはっは! いいねえ。久々だ、こういうのは。——戦争だよ、お嬢さん」
黒い太陽の外套が、広間から去っていく。
ヴァンが私の隣に立ち、小さく言った。
「……宣戦布告、受けちまったな」
「ええ。先方の宣言は確かに受理しました。受理番号〇九五として」
第1章「着任編」、これにて完結です。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
職員二名、居候一名、告発八百件、そして宣戦布告一件。
次章「ヘリオン攻略編」、王都最大手との全面戦争が始まります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、戦時報告として大切に記録いたします。




