第11話:兵糧攻めと、百枚の受領書
戦争は、静かに始まった。
開戦三日目。黒槌ギルドから文書が届いた。
『是正勧告に基づく装備購入につき、王都全ての武具商から取引を断られたため、履行は不可能である』——。
「装備を買えと勧告したら、装備を売る店が全部消えた、と」
「ヘリオンの仕業ですね……。武具商の組合、ヘリオンが斡旋の元締めですから、逆らえないんです」
ミリィの言う通りだった。是正勧告を出した相手が履行できないよう、市場ごと縛る。賢いやり方だ。勧告が空振りに終われば、監査院は「吠えるだけの犬」に戻る。
「対応します。王都の外に、ヘリオンの息のかかっていない武具商は?」
「えっと……隣町のドルンの工房が、確か独立系です。でも、王都までの搬入路の関所が——」
「関所の通行は商業権の問題で、斡旋網の外です。ドルン工房に発注の仲介を。輸送護衛は、依頼を干されて暇をしている冒険者の方々を、監査院が規定単価で直接雇用します」
干された者同士を組み合わせると、市場の穴は案外埋まる。これを六件、同じ要領で処理した。
開戦七日目。今度は、人が翻った。
赤鷲のガストン・バルガが、連盟に「申立て」を出したのだ。曰く、『監査院の臨検は脅迫的であり、支払いは強要されたものである。返金と謝罪を求める』。
「ひどい! あの場にいた人はみんな見てたのに!」
「ええ。ですからミリィさん、これは好機です」
「……好機、ですか?」
「ガストン氏の申立てには、致命的な欠陥があります。あの日、私は支払い一件ごとに、受領者の署名入り受領書を作成しました。三十六枚。受領書には定型の一文が入っています。『本支払いは、賃金債務の履行として正当に受領したものである』——強要された側ではなく、受け取った側の署名が、三十六枚」
強要を主張するなら、ガストンは三十六人の署名を「全て偽造だ」と言わなければならない。三十六人は王都で生きて働いている。連盟がまともに審理すれば、申立ては一日で崩れる。
そして、まともに審理されなかったら——それはそれで、連盟の審理の歪みが記録に残る。
「どちらに転んでも、紙は当院の味方です」
開戦十日目。攻撃は、より直接的になった。
ロイドたち営繕組が、夜道で柄の悪い男たちに絡まれた。ヴァンが居合わせ、事なきを得た——というより、男たちが三十秒で地面に並んだ。
「手は出してない。転んだだけだ、全員」
「転倒事故、六名。記録しました。ヴァンさん、護衛範囲を職員の通勤路まで拡大してください。超過分の手当は規定通り付けます」
「律儀だな、こんな時でも」
「こんな時こそ、です。当院が時間外の対価を曖昧にしたら、王都の誰が帳簿を信じるのですか」
そして、開戦十四日目の朝。
監査院の前に、行列ができていた。
最初は、黒槌の鉱夫の遺族だった。次が、装備代を天引きされ続けた若いパーティ。その後ろに、報酬を三月待たされている運び屋の一団。さらにその後ろにも、人の列は通りの角まで続いていた。
「……これは」
「監査官さま! あのっ、皆さん、告発に来たそうです! 赤鷲と黒槌の話が、王都中に広まってて……『監査院は、ちゃんと読んでくれる』って」
ヘリオンは監査院への物流を断った。だが、人の流れを断つことは、できなかったらしい。
私たちは机を三つ並べ、受付を開いた。聞き取り、書面化、受理印。一件、また一件。
ミリィの受理票の束が、午後には指の幅を超えた。
「受理番号〇七九、確かに承りました。調査の進捗は、月次で公示します」
カン、と何度目かの受理印を打ったとき、列の整理をしていたヴァンが、戸口から一通の書状を持ってきた。
「行列とは別口だ。王宮の使いが置いてった」
上質な封筒。双頭の鷲に天秤——王宮監査局の封蝋。
中身は、一枚。
『ギルド監査院 監査官 アデル・クロイツェル殿
貴院の活動につき、行政上の検証の必要が生じたため、下記日時に王宮へ出頭されたし。
王宮監査局 局長 オズワルド・グレイン』
「……あんたの、元の職場か」
「ええ。それも、局長直々の召喚です」
オズワルド・グレイン。
私に監査のすべてを教えた人。そしてひと月前、私の解任辞令に署名した人。
私は懐中時計の蓋を、パチン、と閉じた。
「ミリィさん、受付は続けてください。私は明日、王宮で『検証』されてきます。——検証は、双方向に行えるものですから」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
兵糧攻めの結果、監査院の前に行列ができました。
次話、王宮査問。アデルの「元上司」が登場します。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)の受付に、行列はございません。即時受理です。




