第7話:死亡率3割の「優良ギルド」
黒槌ギルド。
王都南区に拠点を置く、鉱山系の依頼を専門とする中堅ギルド。所属冒険者百二十名。ヘリオン傘下。連盟の格付けは——「優良」。
私はミリィと二人、書庫から関連文書を全て抜き出し、執務机に時系列で並べた。死亡事案の告発は、五年間で七件。いずれも差出人は遺族。いずれも「処理する者がいない」まま、ここに眠っていた。
「数字を整理します。黒槌ギルドの過去五年の受託依頼、連盟公示記録で千二百件。うち完遂、千百六十四件。完遂率、九割七分。これが『優良』格付けの根拠です」
「すごく優秀……に、見えますね」
「ええ。では遺族の告発文書に記載された死亡者数を数えます。五年間で——三十八名」
ミリィが、息を呑んだ。
「所属百二十名の組織で、五年に三十八名。単純比較はできませんが、王都の冒険者全体の年間死亡率から見て、約六倍。一方で完遂率は九割七分。……ミリィさん、この二つの数字は、両立すると思いますか」
「……しない、と思います。だって、人がそんなに亡くなる依頼って、すごく危ない依頼のはずで。すごく危ない依頼ばっかりなら、失敗だって増えるはずで」
「正解です。死亡率六倍と完遂率九割七分の組み合わせは、統計として歪んでいます。考えられる説明は二つ。一つ、失敗が記録から消されている。二つ——」
私は、言葉を選んだ。だが、正確さを優先した。
「——人が死んでも完遂できる依頼に、死ぬと分かっている数の人間を、最初から投入している」
部屋が、静かになった。
扉の脇で、ヴァンが剣の手入れの手を止めていた。
「告発文書の中身を見ます。五年前の第三次告発。差出人、鉱夫の妻エルマ・コッツェ。『夫は採掘現場の崩落で死んだのに、ギルドは夫の過失だと言って補償金を払わない。夫は出発前、あの坑道は崩れると言っていた。危ないと分かっていたのに、なぜ』……危険性の事前認識を示唆する記述です。第五次告発にも同様の記述。『息子は装備が足りないと訴えていた』」
「全部……『過失』処理、ですか」
「ええ。三十八名のうち、補償金が支払われた形跡があるのは、二名のみ。残り三十六名は『本人の過失による事故』として処理されています。過失認定をしているのは黒槌ギルドと——連盟の安全審査局。つまり、身内です」
私は手帳に判明事項を記録し、次の文書に手を伸ばした。
第七次告発。最も新しく、最も厚い綴り。差出人は、十一名の連名だった。
『五年前のアガレスの坑道の件について、再調査を求める』
その地名を読み上げた瞬間だった。
がたん、と音がした。
ヴァンが、立ち上がっていた。
「ヴァンさん?」
「……今、なんて言った」
「第七次告発の件名です。五年前の、アガレスの坑道の——」
「見せろ」
声が、低かった。普段の気だるげな声ではない。彼は私の手から綴りを——奪うのではなく、両手で、壊れ物のように受け取った。頁をめくる指が、わずかに震えている。
「ヴァンさん。この事案を、ご存じなのですか」
長い沈黙だった。一分四十秒。私は待った。
「……三大ギルド合同の、緊急討伐依頼だった。アガレスの坑道に魔獣の巣が湧いたから、潰すという名目で。集められたのは六パーティ、三十一人。生きて戻ったのは」
ヴァンは、綴りを机に置いた。
「四人だ」
三十一人中、生還四名。死亡二十七名。
黒槌ギルドの五年間の死亡者三十八名のうち、二十七名が、この一件。
「公式記録では、どう処理されていますか」
「『パーティ側の索敵過失による全滅』。魔獣の規模を見誤ったのは現場の責任だとさ。……だがな、監査官さん。あの依頼書に書かれてた危険度は『中』だった。中だぞ。実際に巣くってたのは、A級指定の群体だ。査定が間違ってたんじゃない。あれは——」
彼はそこで言葉を切った。喉の奥で、何かを呑み込む音がした。
「……いや。憶測だ。憶測は、あんたの嫌いなやつだろ」
「ええ。嫌いです。ですから、記録で確かめます」
私は第七次告発の綴りを引き寄せ、受理印を構えた。
「ギルド監査院、本告発を正式受理します。受理番号、〇九三。——ヴァンさん。あなたがその四人のうちの一人かどうかを、私はまだ訊きません。ですが、訊くべき時が来たら、訊きます。その時は、記録に残る形で話していただきます」
ヴァンは私を見て、それから、笑おうとして失敗したような顔をした。
「……あんた、本当に、変な女だ」
カン、と受理印が鳴った。
アガレスの坑道。死者二十七名。危険度査定『中』。
私の手帳の新しい頁に、これまでで最も重い案件番号が記録された。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
統計の歪みの向こうから、五年前の「事故」が顔を出しました。
そしてヴァンの様子が、おかしい。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)を、受理番号付きでお預かりしております。




