第47話:五年前の口止め料
ミリィの読み解く速度は、この頃には私を上回っていた。三日にわたる倉庫通いの末、彼女が古い帳簿の束から抜き出した一枚を、私は受け取った。
「監査官さま。五年前――アガレス坑道事故のあった月の、輸送組合の入金記録です。『特別委託金・清算関連』、金貨四百五十枚。振込元は、王宮監査局の会計名義です」
黒槌ギルドで見た「清算関連諸経費」――口止め料と一致する金額だった。だが、そこで終わりではなかった。
「その先を、追えますか」
「はい。この四百五十枚、組合の帳簿では『輸送関連功労金』として、翌月、三名に分配されています。……名前が書かれていないんです。ただ、認め印だけが」
私は、その印影を見た。焦げた置き手紙に残っていた、あの天秤の意匠――王宮監査局の紋を簡素にした、担当者個人の認め印。同じものだった。
「これで、繋がりました。五年前、坑道の危険度再評価を握り潰した指示は、王宮監査局の『担当者』名義で出され、事故後の口止め料は、同じ認め印を持つ人物を経由して、輸送組合から分配された。ギデオン・ラウル氏の置き手紙にあった印と、この帳簿の印は、同一人物のものです」
「この印の持ち主が誰か、分かれば……」
「オズワルドの下で、実行を担った人物が特定できます。局長本人ではなく、末端の実行者です。ですが、末端から手繰れば、指示系統の全体像が見えます」
私は、ヴィンセルを最後にもう一度呼び出した。
「ヴィンセル様。この認め印について伺います。五年前、この印を持つ人物から、直接指示を受けたことはありますか」
「……」
ヴィンセルは、長い沈黙の後、初めて肩を落とした。慇懃な仮面が、剥がれ落ちる音が聞こえるようだった。
「……監査官殿。一つだけ、申し上げます。私は、この印の持ち主の顔を、一度だけ見たことがあります。五年前、口止め料を届けに来た使者――若い男でした。名は名乗りませんでしたが、王宮監査局の紋の入った書状を持っていました」
「特徴は」
「……左の耳に、小さな傷がありました。それと、妙に丁寧な字を書く男でした。書状の署名も、几帳面すぎるほど整った字でしたよ」
私は、その特徴を手帳に記した。ミリィが、隣で真剣な顔で書き取っている。
「ヴィンセル様。あなたが今日、この情報を提供したことは、あなたの罪を軽くするものではありません。ですが、記録には残します。協力した事実として」
「……結構です。もう、疲れました。五年、綺麗な帳簿を作り続けるのに、疲れておりました」
その言葉には、初めて、演技のない響きがあった。慇懃な物言いを支えていた仮面の下に、ただ疲れ果てた一人の商人がいた。
私は懐中時計の蓋を開ける。十七時五分。窓の外では、川港の灯りが、一つ、また一つと灯り始めていた。
「ヴァンさん、ミリィさん。核心まで、あと一歩です。この認め印の持ち主――『左耳に傷のある男』を特定できれば、オズワルドへの糸が、指示系統ごと繋がります」
五年前の口止め料、輸送組合を経由してオズワルド側の実行者へ――金の流れが確定しました。「左耳に傷のある男」という特徴も判明。
次話、ヴィンセル決着です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、疲れ果てたヴィンセル氏の証言と一緒に、大切に記録いたします。




