第46話:祖父の遺した目
翌日、ミリィは自ら申し出て、倉庫の帳簿をもう一度検めたいと言った。一晩眠って、多少は落ち着いたのだろう。今度は、震えではなく、確かな目的を持った手つきだった。
「監査官さま。祖父の署名がある発注記録、他にもいくつか見つけました。……見てください。この頃から、査定局から回される新人冒険者の等級に、不自然な偏りが出始めています」
彼女が示した数字は、査定不正の核心と、確かに繋がっていた。低い等級をつけられた新人の出身地は、いずれも王都近郊の平民地区。ロイドの件と、同じ構図だった。
「祖父は、これに気づいて、抗議したんだと思います。総長として、査定局の判断に異議を唱える権限がありましたから」
「そして、その抗議が、彼の死に繋がった」
「……はい。母は、祖父が『査定局のやり方はいずれ組合そのものを腐らせる』と言っていたのを覚えているそうです。事故と発表された日、母はまだ子供でしたが、大人たちが妙に静かだったことを、今でも覚えていると」
私は、ミリィの語る過去を、静かに聞いた。感情語を挟まず、ただ、記録するように。
「ミリィさん。一つ、確認させてください。あなたは今、怖いですか」
「……怖いです。でも」
彼女は、帳簿を胸に抱いた。
「怖いのと、逃げるのは、別なんだと、監査官さまが教えてくれました。ヴァンさんの焼印だって、消えたわけじゃないのに、あの人は逃げずに、証拠を集め続けてます。私も、そうありたいです」
ヴァンが、窓辺で腕を組んだまま、口を挟んだ。
「……逃げてねえわけじゃねえ。逃げ場がなかっただけだ。あんたは、逃げ場があるのに、自分から残る道を選んだ。それは、俺よりよっぽど強えよ」
ミリィは、驚いたように目を丸くし、それから、くしゃりと笑った。
「ヴァンさんが、そんなこと言うなんて」
「調子に乗るな」
私は、その掛け合いを見ながら、一つの決断を固めていた。
「ミリィさん。あなたの正体――先代総長の孫娘であることは、当面、私とヴァンさん、グレゴール院長の三名だけの記録に留めます。あなたが望むまで、公にはしません。ただし、査定不正の調査そのものは、あなたの名で、正式な監査院の記録として進めます」
「……ありがとうございます」
「感謝は不要です。これは、記録の正しい扱い方についての、私の判断です。それと――」
私は、懐中時計を取り出した。
「あなたの祖父の死についても、いずれ必ず、正式な記録として再調査します。今すぐではありません。今は、目の前のヴィンセル氏と、五年前の坑道事件に集中します。ですが、忘れることはありません。記録は、後回しにしても、消えはしませんから」
ミリィは、深く頭を下げた。
「監査官さま。私、もっと台帳が読めるようになります。祖父の分まで」
「期待しています。ですが、無理はしないでください。あなたが倒れては、記録係が一人減るだけです」
「……はいっ。監査官さまも、たまには無理しないでくださいね」
その物言いに、ヴァンが小さく噴き出した。私は、何も言い返せなかった。
懐中時計を確かめる。十時十五分。窓から差し込む光が、埃の舞う倉庫を、静かに照らしていた。
ミリィさんの過去と決意、しっかり受け止めました。A3(査定不正)は第3部での本格回収に向けて、また一つ布石が積まれました。
次話からは、いよいよ五年前の口止め料の行方――核心に迫ります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、ミリィさんの祖父への手向けも兼ねて、大切に頂戴いたします。




