第45話:台帳が読めすぎた理由
昨夜の一件を理由に、私は輸送組合の過去帳簿――五年分に留まらず、保管されている限りの古い記録の開示を求めた。傷害未遂の証拠として、押収範囲を広げることに、ヴィンセルはもはや抵抗しなかった。
組合の古い倉庫には、二十年分以上の帳簿が積まれていた。棚の奥には、蜘蛛の巣が張り、明かりも届きにくい。ヴァンが灯りを掲げ、私とミリィで手分けして、古い頁を目を通していく。
「監査官さま、こっちの束、字が古くて読みにくいです……あ」
ミリィの手が、止まった。
「どうしました」
「これ……二十年前の、荷主一覧です。連盟本部からの発注記録に……」
彼女の指先が、震えていた。
『発注責任者:ロッタ連盟総長』
私は、その名を見て、そして、ミリィの顔を見た。
「……ロッタ、というのは」
「私の……苗字、です。母の旧姓は、違います。でも――祖父の名は、聞いたことがあります。ミゲル・ロッタ。母が一度だけ、涙ぐみながら口にしたことが」
彼女は、震える手で、帳簿の別の頁をめくった。そこには、二十年前の「連盟総長・ミゲル・ロッタ」の署名が、いくつも並んでいた。
「先代の連盟総長は、二十年前、査定局の方針――才能ある平民の査定を意図的に下げて安く使い潰す仕組みに反対し、局内で孤立した末、『事故死』したと記録にあります。……この署名、母から聞いた祖父の筆跡の話と、特徴が一致します」
私は、ミリィの過去を、これまで何度も垣間見てきた。台帳の読み方が、教わったにしては正確すぎること。数字を追う目に、年季が入っていたこと。全てが、今、一本の線に繋がった。
「ミリィさん。あなたは――」
「……はい。私は、失踪したことになっている、先代ギルド連盟総長ミゲル・ロッタの孫です。母は、祖父が『事故』ではなく消されたと信じていて、私にだけ、祖父の教えを――台帳の読み方、数字の裏の意味を、こっそり教え続けてくれました。身分を隠して、平民として、受付嬢として、生きるように」
彼女は、そこまで一息に言って、それから、深く息を吐いた。
「怖かったんです。もし本当の名を名乗れば、祖父と同じ目に遭うんじゃないかって。……でも、監査官さまと出会って、記録は嘘をつかないって、あなたが何度も言うのを聞いて。だったら――私の中にある記録も、いつか話せる日が来ると、思ってました」
私は、彼女の肩に、そっと手を置いた。
「ミリィさん。あなたの祖父の死は、『事故』ではなく『査定不正への抵抗の結果』である可能性が高い。これは、査定不正の全体像に直結する、重大な事実です。ですが今すぐ、全てを暴く必要はありません。あなたの安全を、最優先します」
「監査官さま……」
「そして、もう一つ。あなたはもう、隠れて生きる必要はありません。監査院の職員として、正式に、あなたの名で記録に名を残してください。ミリィ・ロッタとして」
ミリィの目に、涙が浮かんだ。
「……はい。私も、記録する側になります。祖父のように、消される側ではなく」
ヴァンが、静かにその肩を叩いた。
「……いい面構えだ」
「ヴァンさん……ありがとうございます」
ミリィは、涙を拭うと、いつものように、少し照れくさそうに笑った。だが、その笑顔には、今までとは違う、確かな芯があった。
懐中時計の蓋を開ける。十三時三十分。埃の積もった倉庫の中で、五年前と、二十年前と、そして今日という日が、一本の糸で繋がった。
ミリィさんの正体、判明です。失踪した先代ギルド連盟総長の孫娘――A3(査定不正)の核心に、思わぬ形で繋がりました。
彼女の決意とともに、次話は少し静かに、彼女自身の過去と向き合います。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、ミリィさんの新しい一歩を、監査院一同で見守りながら頂戴いたします。




