第48話:輸送組合、正す
輸送組合への是正勧告書は、これまでの案件の中でも、指折りに厚いものになった。ミリィが清書した頁数は、二十枚を超えていた。
等級偽装による二重申告。危険手当の付け替えによる着服。五年前の口止め料の分配経路への関与。加えて、押収資料強奪未遂への荷担。
「ガロド・ヴィンセル様。以上の事実に基づき、輸送組合に対し、営業許可の一時停止、着服分の全額返還、そして司法局への引き渡しを勧告します」
ヴィンセルは、椅子に座ったまま、静かに頷いた。
「……異論はございません。一つだけ、伺ってもよろしいですか」
「どうぞ」
「私を止めたのは、法か、それとも――あなた自身の何かですか」
私は、少し考えてから答えた。
「私は、法と記録の代理人です。ですが、あなたの問いに個人として答えるなら――私は、時間を盗まれた人々の側に立つと、決めています。危険な坑道で働く人々の手当を、綺麗な帳簿の裏で削っていた。それが、私を動かした理由です」
ヴィンセルは、ふ、と息を吐いた。
「……美しい帳簿より、正直な帳簿の方が、結局は長持ちする、ということですかな」
「ええ。記録は、嘘をつきませんので」
港には、坑道から流れてきた船員や荷役の男たちが集まっていた。着服されていた危険手当の返還分――金貨にして二百十枚が、その場で分配される。歓声こそ控えめだったが、何人かの目には、涙が浮かんでいた。
「監査官さま……!」
ミリィが、分配の書類を手早く仕上げながら、声を弾ませた。彼女の働きぶりは、もはや監査院の職員そのものだった。
「ミリィさん。今回のあなたの働き、正式に記録します。押収資料の整理、帳簿の解読、そして――ご自身の過去との向き合い方。全て、立派な仕事でした」
「……はい! これからも、頑張りますっ」
私は、ヴィンセルから提供された最後の手がかり――「左耳に傷のある男」の特徴を、改めて手帳で確認した。
「ヴァンさん。次の行き先ですが」
「ギデオンの旦那を、また追うのか」
「はい。彼が生きて姿を消したのなら、行き先は限られています。猟師の話では、山を越えた先に、坑道事故の遺族が身を寄せ合って暮らす集落があるとのことでした。ギデオン氏も、そこに向かった可能性があります」
私は懐中時計の蓋を開けた。十五時三十分。輸送組合の決着とともに、この土地でのもう一つの調査も、一区切りを迎えた。
「五年前の記録は、山から川へ、川からまた山の向こうへ――逃げるように、姿を変え続けています。ですが、逃げ切れるものではありません。次は、その集落を訪ねます」
ミリィが、書類を鞄に詰めながら、決意の滲む声で言った。
「監査官さま。私も、行きます。祖父の分まで、記録する側でいたいので」
「ええ。一緒に行きましょう」
ヴァンが、山の方角を見ながら、静かに言った。
「……ギデオンの旦那、今度こそ、間に合わせてえな」
「ええ。証拠は、既に十分積み上がっています。あとは、彼を見つけるだけです」
三人は、山の稜線を見上げた。その向こうに、五年前の答えの、最後の断片が眠っている。
輸送組合、決着です。第5章「積出港編」、これにて完結。金貨二百十枚を港の労働者に返還、ヴィンセル氏は司法局送り。
そして、ミリィさんも同行を決意! 次は、山を越えた先の遺族の集落へ。第6章「辺境集落編」、始まります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、次の山越えの装備代として、大切に活用させていただきます。




