第43話:危険手当の行方
ミリィが加わってから、帳簿の解読速度は目に見えて上がった。三人で分担すれば、五年分の帳簿も、思いのほか早く読み解ける。
「監査官さま、見つけました! この『諸雑費』の項目、月ごとの増減が、坑道の事故発生月と綺麗に連動してます」
徹夜明けの目を擦りながらも、ミリィの声には張りがあった。数字を追う手つきは、王都にいた頃より、さらに迷いがなくなっている。
彼女が指し示した頁を、私も検める。確かに、事故や怪我の報告があった月だけ、諸雑費が跳ね上がっている。
「危険手当は、本来、坑道側――黒槌ギルドの帳簿に計上されるべきものです。ですが、この輸送組合側の『諸雑費』が、事故月にだけ膨らむのは不自然です」
「もしかして……危険手当を、坑道側じゃなくて、輸送組合の経費として付け替えてるんじゃ」
「その可能性が高いです。輸送コストとして計上すれば、坑道側の帳簿には残らず、監査の目も届きにくくなります。そして、本来坑夫に支払われるべき手当が、途中で目減りする」
私は、諸雑費の内訳を求める書面を作成し、ヴィンセルの元へ持参した。
「ヴィンセル様。この『諸雑費』の内訳を伺います。事故月にのみ増加する理由は」
「……輸送の遅延に伴う、臨時の人足手配費用でございます」
「では、その人足の氏名と支払い記録を」
「……手配は口約束が多く、記録が」
「記録がない、と」
「……はい」
私は、その返答をそのまま書き留めた。
「ヴィンセル様。記録がない支出を、五年にわたって計上し続けることは、通常の商慣行としても不自然です。加えて、この項目の増減は、坑道側の事故発生時期と完全に一致しています。これは、危険手当の付け替えによる着服の疑いが濃厚です」
ヴィンセルの表情から、初めて余裕が消えた。
「……監査官殿。仮に、仮にですよ。そのような事情があったとして、それは五年前から続く、この土地の商慣行というものです。私一人の裁量で、どうにかできる話ではございません」
「では、誰の裁量ですか」
ヴィンセルは、答えなかった。だが、その沈黙は、これまでの慇懃な受け答えとは違う、重さを持っていた。私は、核心にかなり近づいたことを確信した。
「本日は、これで結構です。ですが、次にお伺いする時は、この『諸雑費』の五年分の内訳、それが不可能であれば、少なくともこの半年分の内訳をご用意ください」
組合の詰所を出ると、埠頭で、ヴィンセルの配下と思われる屈強な男たちが、こちらを見ていた。それまでは、そこまで露骨ではなかった視線だった。
「……監査官さま。あの人たち、ちょっと」
ミリィの声が、わずかに震えていた。
「気づいていました。核心に近づいたということです。ミリィさん、今夜からは、宿の部屋を一つにまとめましょう。ヴァンさん、警戒を」
「ああ。……嫌な感じがする」
「怖がらせて申し訳ありません。ですが、危険を隠して進めるより、正直にお伝えする方が、結局はあなたを守ります」
「……大丈夫です。監査官さまと、ヴァンさんがいますから」
懐中時計の蓋を閉じる。パチン、という音が、いつもより硬く響いた気がした。十六時五十分。
危険手当の付け替え、ほぼ確定です。しかし「誰の裁量か」という問いに、ヴィンセルは答えませんでした。そして、埠頭に不穏な視線。
次話、少し緊張感のある展開になります。ヴァンさんの出番です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、警戒を強めた宿の一室でも、変わらず大切に受け取っております。




