第42話:再会、監査官さま
埠頭に降り立った小さな人影が、こちらに気づくなり駆け出してきた。
「監査官さまああっ!」
勢いそのまま抱きつかれかけて、私は一歩引き、代わりに両手でミリィの肩を受け止めた。彼女の目には、既に涙が滲んでいた。旅の埃を被った鞄を、それでも決して手放さない。
「お久しぶりです、ミリィさん。道中、お怪我はありませんでしたか」
「ありませんっ! ヴァンさんも、お元気そうで……って、日に焼けましたね!?」
「山歩きが続いてな」
ヴァンが、珍しく口元を緩めていた。私は、その様子を見て、この二人の間にある「兄妹」に近い空気を、改めて確認した。
宿の一室で、ミリィは鞄から書類の束を取り出した。手つきに、迷いがない。王都を発つ前より、明らかに事務仕事の速度が上がっている。
「まず、査定不正の件です。類例、二十三件まで増えました。共通する査定官の名前も、三名まで絞れています。それと――こちらが、王都の連盟事務局から取り寄せた、過去の役職者名簿です」
「ありがとうございます。助かります」
私は名簿を受け取り、目を通した。歴代のギルド連盟総長、査定局長、そして――五年以上前の職員名簿。
「ミリィさん。この名簿を取り寄せた目的は」
「……その、ですね」
ミリィの声が、初めて詰まった。
「査定不正の調査をしていて、気づいたんです。査定官の一人が、昔――ええと、二十年近く前に、当時の連盟総長付きの書記だったって記録があって。それで、その総長のことを調べたら……」
彼女は、言葉を選ぶように、間を置いた。
「先代の連盟総長は、二十年前に『事故死』したことになってます。ですが監査官さま。私の父方の祖父、実は――ギルド連盟に、勤めていたそうなんです。母から、聞いたことがあります。祖父の顔も、名前も、私は知りません。物心つく前に、母は祖父の話をしなくなりましたから」
私は、彼女の言葉を、静かに受け止めた。ここで急かしても、答えは出ない。
「ミリィさん。急ぐ必要はありません。この名簿は、輸送組合の帳簿と合わせて、私も精査します。あなたは、あなたのペースで、確かめたいことを確かめてください」
「……はい。ありがとうございます」
ミリィは、少し目を潤ませてから、いつもの口調に戻った。
「あ、そうだ! お土産、川港名物の燻製、買ってきましたっ。ヴァンさん、お好きですよね!?」
「……よく覚えてるな」
「監査官さまと一緒に働いてから、記録することが得意になったので!」
私は、その明るさに、少しだけ安堵した。彼女が抱えているものの重さは、まだ本人にも見えきっていない。だが、逃げずに向き合おうとしている。それだけは、確かだった。
ヴァンが、燻製の包みを受け取りながら、ぼそりと言った。
「……無理すんな。辛気臭え話は、俺たちが一緒に背負う」
「ヴァンさん……はいっ! ありがとうございますっ」
懐中時計の蓋を開ける。十一時十分。港の喧騒が、窓の外から絶えず響いていた。
「では、三人で。ヴィンセル氏の帳簿の続きを、片付けましょう」
ミリィさん、無事に合流です! そして、彼女自身の出自に関わる小さな手がかりが、早くも顔を出しました。
事務処理の助っ人が増えたところで、次話、ヴィンセル氏の隠していた数字がついに見え始めます。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、川港名物の燻製と一緒に、大切にいただきます。




