第4話:助けた人数を、記録します
臨検の翌朝。監査院の扉は、九時を待たずに叩かれた。
「あの……っ、昨日の、お礼を言いに来ました!」
戸口に立っていたのは、昨日金貨三枚を受け取った剣士見習いの少年——ロイドと、その仲間たちだった。手には、街の市場で買ったらしい果物の籠。
「受け取れません。監査官への謝礼は規程で禁止されています」
「え、ええっ。じゃ、じゃあせめて掃除とか! 屋根とか! 俺たち、直せます!」
断る理由を三秒探し、見つからなかった。建物の修繕は院の予算外であり、彼らの申し出は無償の任意労働——いや。
「では、雇用します。臨時の営繕作業員として、日当は王都の標準単価。出勤簿に記入を。働いた時間は、一分単位で記録してください」
「……お金、もらえるんですか? 監査院を手伝って?」
「当然です。ここは、無償労働を取り締まる役所ですので」
少年たちが屋根に上がっていく音を聞きながら、私は本日二件目の懸案に向き合った。
長椅子で目を覚ました、ミリィ・ロッタである。
「あ、あの、わたし……ゆうべは、その」
「十一時間の睡眠です。記録してあります。健康上、適切な数値かと」
「じゅ、じゅういち……!? わたし、こんなに寝たの、三年ぶりで……って、そうだ、ギルド! わたし、無断欠勤……!」
「ご安心を。あなたは昨日付で赤鷲を退職しています。未払い分四百二十時間の清算と、退職手続きの代行は、臨検のついでに済ませました。こちら、受領書」
ミリィは金貨の包みと書類を受け取り、しばらく固まり、それから泣いた。長い泣き方だった。七分二十秒。私は急かさず、お茶を淹れて待った。
「……わたし、おじいちゃんに言われてたんです。働く人の帳面だけは、ちゃんとしなきゃって。でも、わたしがいくらちゃんと書いても、ギルド長が上から書き換えちゃって……誰も、見てくれなくて」
「私が見ました。あの写しは、ここ数年で読んだ帳簿の中で、最も誠実な記録でした」
ミリィが顔を上げた。
「ですので、提案です。ミリィ・ロッタさん。ギルド監査院で働きませんか。職務は記録整理。書庫に八百件の告発文書があります。給与は王宮書記官の初任給準拠、時間外労働は原則禁止。残業を命じた場合、あなたは私を監査院に告発する権利を持ちます」
「か、監査官さまを、監査……?」
「ええ。記録は、誰の上にも平等ですので」
彼女の返事は、椅子を倒す勢いの「働きますっ!」だった。職員名簿、二名目。
午後。私はロイドたちの冒険者カードを検めていて、奇妙な数字に目を留めた。
「ロイドさん。あなたの査定ランク、Fとありますが」
「あ、はい。俺、三年ずっとFで」
「昨日の臨検記録によれば、あなたの討伐実績は中型魔獣を含む四十七件。連盟の査定基準表に照らせば、D上位からC相当です。なぜFのままなのですか」
「え……いや、査定って連盟がやるもんで、俺たちにはよく分かんないっす。『おまえは適性が低い』って言われて。Fだと、受けられる依頼の単価が安いから、数をこなすしかなくて」
適性が低い、と判定された少年の実績が、基準表のC相当。
偶然なら、それでいい。だが私は、説明のつかない数字を放置しない主義だ。手帳に記録する。【査定と実績の乖離・一件目】。
「ヴァンさん。あなたの除名前の査定は、適正でしたか」
扉の脇で剣を磨いていたヴァンが、手を止めた。
「……さあな。ただ、昇格の早い奴と遅い奴の差が、実力じゃ説明できないとは、ずっと思ってた」
夕方、ミリィが書庫の目録作業から戻り、一枚の紙を差し出した。
「監査官さま、これ……告発文書のうち、斡旋料関係のものを抜き出してみたんです。そしたら、その、ぜんぶ同じ名前に行き着いて」
彼女の作った相関図の中心に、一つの紋章が描かれていた。
黒い太陽。王都最大手ギルド——その名は、ヘリオン。
王都の依頼斡旋の七割。装備供給の六割。そして、書庫の告発八百件のうち、直接間接を問わず関係するもの——概算、五百件超。
「ガストン氏の言った『上』は、正確だったようですね」
私は壁に王都の地図を貼り、ヘリオンの紋章の位置に、最初の鋲を打った。
「本日の成果を記録します。職員二名、営繕作業員四名、雇用。救済済み案件、三十七件。——残り、約八百件」
カン、と職印を打つ音が、屋根の修繕の槌音と重なった。
監査院は、今日から音のする職場になった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
職員が増えました。屋根も直り始めました。敵の名前も判明しました。
監査院の再建、順調に進行中です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)が、監査院の運営予算(精神的なもの)になります。




