第37話:置き手紙
窓の外の光が、少しずつ橙色に変わっていく。床板を検め始めて、四半刻ほど経った頃、竈の焚き付け束の中に、それは紛れていた。
焦げた跡はあるが、燃え切ってはいない。ギデオン・ラウルは、燃やそうとして、間に合わなかったのだろう。それとも――燃やしきれなかったのかもしれない。私はそう推測した。
「ヴァンさん。ありました」
ヴァンが、灰まみれの手のまま、駆け寄ってきた。私は、紙片を、慎重に広げる。走り書きの続きだった。
『――あの日、俺は、報告書が棚に入れられるのを見た。止めるべきだった。だが、俺は監督として、上からの指示に従うことしかできなかった。上、というのは、ヘリオンのバルドメロではない。当時のヘリオンにも、まだそこまでの力はなかった。指示は、王宮監査局の名で来た。担当者の名は――』
そこで、文字は途切れていた。破られたのではない。焦げて、判読できなくなっていた。
「……くそ、あと少しだったのに」
ヴァンが、悔しげに紙を睨む。私は、しかし、別の部分に目を留めていた。
「ヴァンさん。見てください。文末に、印があります」
燃え残った紙の隅、走り書きとは別筆で、小さな印影があった。判読は難しいが、天秤の意匠――王宮監査局の紋だった。だが、局印そのものではない。もっと簡素な、担当者個人の認め印のようなものだ。
「五年前、報告書の受理を指示した『担当者』が、この印を使っていたということでしょう。局印第七号――オズワルド局長本人の判とは、別のものです」
「別ってことは……局長の下に、もう一人いるってことか」
「その可能性が高いです。オズワルドが全てを自分の手で処理していたとは考えにくい。彼にも、実行部隊がいたはずです。この印の持ち主が分かれば、五年前の指示系統の、末端から手繰れます」
私は焦げた紙片を、証拠箱に丁寧に収めた。完全な自白ではない。だが、状況証拠に、確かな一歩を加えるものだった。モラン氏の証言、ギデオン氏の逃走、そしてこの焦げた紙。三つの点が、少しずつ一本の線に近づいている。
「ギデオン氏は、この手紙を燃やそうとした。ですが、燃やしきれなかった。それは――彼が、本当は語りたかった、ということかもしれません」
「……あの人は、生きてる。あんたはそう思うか」
「思います。連れ去られたなら、こんな中途半端な焼き方はしません。自分の意志で、書きかけを残して姿を消した。誰かに見つけてほしかった、という可能性もあります」
ヴァンは、しばらく黙って紙片を見つめていた。それから、静かに言った。
「……見つけたら、伝えてえ。俺は、あんたを恨んじゃいねえ、って」
「その言葉、あなたが直接、伝える日が来ます。私はそう記録しておきます」
私は、その言葉を手帳には書かなかった。記録すべきものと、記録すべきでないものの区別くらいは、私にもつく。
小屋を出ると、山の空気は、来た時よりも冷たくなっていた。ヴァンが、竈の残り火に、静かに手をかざしている。
「……アデル。今日は、収穫があった日だと思っていいのか」
「はい。証人は逃げましたが、証拠は残りました。それに――ギデオン氏の中に、まだ語りたい気持ちがあると分かったことも、大きな収穫です」
懐中時計の蓋を、パチンと閉じる。十七時十五分。山の日は、もう傾いていた。
「町へ戻りましょう。この印の持ち主を、黒槌ギルドの帳簿から探します」
焦げた置き手紙、完全ではありませんが、五年前の指示系統に迫る一片の証拠を確保しました。局印第七号とは別の「認め印」――オズワルドの下にいた実行者の手がかりです。
次話、いよいよ黒槌ギルドの帳簿に本格的に切り込みます。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、燃え残った紙一枚ぶんの希望として、大切に受け取ります。




