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婚約破棄を「労災認定」しました 〜「冷たすぎる」と追放された監査令嬢、左遷先でブラックギルドに是正勧告を叩きつけます〜  作者: 小鳥遊ミント


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第33話:消えた作業日誌

 黒槌ギルドの資料室は、埃こそ積もっていたが、棚の並びだけは妙に整然としていた。整いすぎている棚は、それだけで一つの証言になる。誰かが、見られる前提で並べ直したという証言だ。


 私が求めたのは、五年前――事故の月の作業日誌と、検死の控えだった。勅許状の権限による資料請求に、支配人モリス・ケインは表向き従い、書記官に鍵を開けさせた。


「どうぞ、ご覧ください。当ギルドは、隠し立てなど一切」

「ありがとうございます。では、拝見します」


 棚を検めて、すぐに気づいた。日付順に並んだ日誌の束のうち、事故当日を挟んだ前後五日分だけ、綴じ紐の色が違う。他の頁より新しい。指で撫でると、糊の匂いすら、まだかすかに残っていた。


「ケイン様。この五日分だけ、綴じ直された跡があります。糊の乾き具合からして、そう古いものではありません」

「……綴じが傷んでいたため、書庫番が最近、綴じ直したと聞いております」

「では、綴じ直す前の原本は、どちらに」

「……処分、したのではないかと」


 処分。私は、その言葉を手帳にそのまま書き留めた。糾弾するより、記録することのほうが、この手の男には効く。案の定、ケインの額に、じわりと汗が浮かんだ。


「モラン氏の証言では、五年前、危険度再評価の報告書が支配人詰所に届いたはずです。この日誌のどこにも、その報告の受理記録がありません。受理記録だけを抜いて、綴じ直した――そう考えるのが、自然です」

「私は五年前、まだこの町に来ておりません。そのような古い話は、私には」

「存じております。ですから伺っているのは、五年前の話ではなく、つい最近――受理記録が抜かれた時期の話です。書庫番の名を、教えていただけますか」

「……本人は先週、暇を出しました。実家の事情で、と」


 都合よく消える人間が、この町には多い。私はそう思ったが、口には出さなかった。代わりに、その一言も、正確に手帳へ書き取った。


「先週、というのは。私がレーヴェへの巡回を命じられた時期と、近いように思います」

「……偶然でございましょう」

「偶然の記録も、記録には違いありません。控えます」


 ケインは、それ以上、何も言わなかった。ただ、書記官に目配せをして、資料室の鍵を、あからさまに急いで締め直させた。


 資料室を出ると、ヴァンが窓の外を顎で示した。裏口から、ケインが慌ただしく馬丁に何か言いつけている。ほどなく、一頭の早馬が、王都方面へ向かう街道を駆けていった。土埃が、しばらく尾を引いていた。


「……あれ、誰宛だと思う」

「見立ては一つしかありません。ケイン氏には、私たちが来る前から予定されていた報告先がある。おそらく――王宮監査局です」

「先回りされてる、ってことか」

「はい。ですが、それは同時に、こちらにとっても悪い話ばかりではありません」


 私は懐中時計を確かめた。十四時二分。


「向こうが慌てて手を打つほど、痕跡は増えます。証拠を消そうとする者は、消した跡そのものを、新しい証拠として残していく。ケイン氏がこの五日間で何をどう動かすか――それも含めて、記録します」


 ヴァンは、腕を組んで、坑道の見える山の方を睨んだ。その横顔には、五年前を知る者だけが持つ、独特の緊張があった。


「ギデオンって奴が生きてるなら、あいつらより先に見つけねえと、また消される」

「同感です。明日から、資料の追及と並行して、現地の坑夫たちにも当たります。彼らの中に、ギデオン・ラウルの居所を知る者がいるかもしれません」

「……あんたは、いつも一歩先を見てるな」

「先を見ているのではなく、今ある事実だけを積んでいます。積んだ結果が、たまたま一歩先に見えるだけです」


 私は日誌の綴じ直された頁を、丁寧に鞄へ収めた。抜かれたものは戻らない。だが、抜かれた跡は、消えない。


資料は改ざん済み。しかも「つい最近」の改ざんです。書庫番は雲隠れ、支配人は早馬で報告。


……という証拠固めの回でしたが、次は坑夫たちの「今の」労働問題を先に片付けます。信頼を得ないことには、五年前の真相にも辿り着けませんので。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、綴じ直された日誌の隙間からでも、しっかり記録しております。


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