表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄を「労災認定」しました 〜「冷たすぎる」と追放された監査令嬢、左遷先でブラックギルドに是正勧告を叩きつけます〜  作者: 小鳥遊ミント


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/51

第31話:坑道は、閉ざされていた

 鉱山都市レーヴェは、煤の匂いで出迎えてくれた。


 王都から馬車で九日。石畳が途切れ、代わりに黒い砂利が道を覆うようになったあたりから、ヴァンは口をきかなくなった。私は懐中時計の蓋を開ける。九日目、正午過ぎ。予定通りの到着だった。


「懐かしい、とは訊きません。訊いても、あなたは答えないでしょうから」

「……煙突の数が減った」


 ヴァンが呟いた。そのひとことだけで、私は手帳に書き留める。『坑道稼働数、減少の可能性。要確認』。彼の五年間の不在の間に、この町から何かが減っている。それだけで、記録すべき違和感だった。


 代官所は町の中心、教会の隣にあった。応対に出たのは、若い書記官が一人。私が提示したのは二枚——ギルド監査院の勅許状の写し、そして王宮監査局長オズワルド・グレインの署名入り、行政会議による長期巡回命令書。書記官の顔が、見る間に強張った。


「あ、あの……坑道への入坑でしたら、少々お待ちを」


 奥から出てきたのは、恰幅のいい中年の男だった。黒槌ギルドの腕章。名乗って、モリス・ケインと言った。バルドメロ・ヘリオンの失脚後、傘下ギルドの再編で送り込まれた新任の支配人だという。


「監査官殿のご到着は、承知しております。ですが——申し訳ございませんが、アガレスの坑道は現在、臨時閉鎖中でございまして」

「理由を伺います」

「落盤の危険性です。先だっての大雨で坑道内の一部に緩みが見つかりまして、安全点検が終わるまでは、何人たりとも」


 ケインは、そう言って一枚の通達を差し出した。黒槌ギルドの印。それに——王宮監査局の副印。二重の判が押された、立入禁止の通達書だった。


「王宮監査局からも、安全確保のご指導をいただいております。監査官殿のご権限は重々承知しておりますが、これは労務の問題ではなく、坑道の構造上の問題でして」


 私は通達書を受け取り、目を落とした。


 紙質。インクの濃さ。そして、日付。


「ケイン様。一つ、確認させてください。この通達の発行日は、五日前となっています」

「はい、大雨の翌々日に、急ぎ発行いたしました」

「大雨が降ったのは、いつでしょう」

「え……七日前、だったかと」


「奇妙です。この紙の折り目は、まだ真新しい。五日間、代官所の書棚で保管されていた紙にしては、湿気を吸っていません。そして——王宮監査局の副印のインクは、黒槌ギルドの印より明らかに乾きが浅い。二つの判は、同時に押されたものではありません。副印だけが、後から足されています」


 ケインの笑みが、わずかに揺れた。


「……お、恐れながら、監査官殿。紙の乾き具合など、天候にもよるものでして」

「私の見立てでは、この副印が押されたのは、王都で私の巡回命令が発せられた日から、二日以内です。つまり——王宮監査局は、私がレーヴェへ向かうと知った瞬間に、この坑道を閉じる指示を出しています。落盤は、後付けの理由です」


 ヴァンが、初めてこちらを見た。無言のまま、しかし目の色が変わっていた。


「監査官殿、それは、あまりに——」

「言いがかりだと仰るなら、結構です。ですが記録は、嘘をつきません。私はこの通達を証拠として控えます。そのうえで申し上げます。私の巡回命令は、王宮監査局長オズワルド・グレイン自身の署名によるもの。かつ、ギルド監査院の勅許状第一条には、臨検・押収権に対し何人もこれを拒めない、とあります。坑道が『労務の現場』である限り、閉鎖の是非を判断するのは、貴殿ではなく私です」


 ケインは、答えなかった。額に浮いた汗を、拭おうともしなかった。


「本日は、これで結構です。ですが——一つ、申し上げておきます。落盤が本当なら、点検記録があるはずです。点検した職員の名、時刻、所見。それを、明日の朝までにご用意ください。無ければ、それ自体が、閉鎖理由が嘘だという記録になります」


 代官所を出ると、日はもう傾きかけていた。ヴァンが、坑道のある山の方角を見ていた。木々の切れ目に、黒い坑口がかすかに見える。五年前、彼が生きて戻った、たった一つの出口。


「……あんた、気づいてたのか。あの野郎が来る前から」

「気づいていた、というより。オズワルドが私を送り出した以上、彼はここで何かをする準備をしている、と考えるのが自然でした。閉鎖命令の速さは、想定の範囲内です。想定外だったのは——」


 私は手帳を開き、鞄の底からもう一枚の紙を取り出す。エルマ・コッツェから預かった、坑道の古い仲間たちの名簿だった。


「——この閉鎖が、正面から来たことです。もし本当に隠したいなら、書類上だけ点検中にして、こっそり内部を片付ける方が賢い。わざわざ王宮監査局の副印まで押して、私に『これは王都からの指示です』と見せつける必要はありません」

「……見せつけてる、って言いたいのか」

「はい。オズワルドは、隠す気がないのではなく——私が気づくことまで、計算に入れています。彼は私に、通達の矛盾を見つけさせ、正面から抗議させ、そのうえで時間を稼ぐつもりです。点検記録の偽造には、一晩あれば足ります」


 ヴァンが、短く息を吐いた。それは、ため息にも、笑いにも聞こえた。


「食えない師匠だな」

「ええ。ですから、私たちも一晩、無駄にはしません。ケイン氏が明朝までに偽の点検記録を用意するなら——私たちは今夜のうちに、坑道を知る本物の証人を探します」


 私は名簿の一行目を指でなぞった。エルマの夫が所属していた組合の、最年長の名前。


「ヴァンさん。五年前、この坑道から生きて出た人間は、あなたを入れて四人。残る三人のうち、まだレーヴェにいる者は」

「……一人だけだ。ドッグ・モラン。足を悪くして、坑には戻らず、今は町外れの水路番をしてる」

「では、そちらへ。ケイン氏の点検記録が届く前に、私たちには、五年前の記録が要ります」


 懐中時計の蓋を、パチンと閉じる。日はほとんど落ちていたが、時刻を記す手は止めなかった。


 十七時四十分。坑道は閉ざされ、通達は嘘をついていた。

 だが記録は、まだ何一つ、嘘をついていない。


第2部「地方巡回編」、開幕です。

着いて早々、坑道に鍵をかけられました。しかも、鍵をかけた側が「王宮監査局」の印を——それも、こちらの動きを見てから慌てて追加した形跡つきで。


オズワルドの狙いは何なのか。五年前の生き証人ドッグ・モランは、何を語るのか。次話、水路番の家を訪ねます。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、レーヴェ巡回の道中手当として、ありがたく頂戴いたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ