第29話:獅子の帳簿を閉じる
ベルナール・ロックフォードの裁きは、雨の日に行われた。
司法局との合同調査は、二週間で十一件の死亡事案のうち四件について、殺人または傷害致死の嫌疑を固めた。実行の指示系統は補給監ドンネルの周辺——「規律係」と呼ばれる古参騎士の小集団に集約された。鐙の革に刃を入れた男も、その中にいた。
ベルナール自身が個別の殺害を指示した証拠は、出なかった。
彼が作ったのは、指示の要らない仕組みだった。「規律に疑義を呈する者は消える」という空気。空気は、誰の決裁印もなしに、人を殺せる。
判決の日、私は法廷の証人席にいた。
収賄と横領について、ベルナールは一切争わなかった。葡萄園は没収。爵位は剥奪。騎士団長の任を解かれ、北の修道院での終身の謹慎。
退廷の際、彼は私の前で足を止めた。鎧のない老人は、ひと回り小さく見えた。
「……監査官殿。一つだけ、訊かせてくれ。わしは四十年、騎士団に生きた。従士は皆、わしの来た道を歩いておるだけだと思っておった。わしも従士の頃、眠らず、食わず、殴られて、それでも騎士になった。あれを地獄と呼ぶなら、わしの四十年は、何だったのだ」
「お答えします。あなたの四十年は、あなたの誇りです。それは誰にも奪えません。——ですが卿、あなたは一つだけ、帳簿の付け方を間違えました。『自分が耐えた』は、資産ではありません。負債です。耐えた者が次の世代に同じ負債を背負わせるとき、利息がつきます。利息は五年で、十一人の命でした」
老騎士は、長いこと私を見て、それから、何も言わずに頭を下げた。
雨の中を、護送馬車が出ていった。
監査院に戻ると、珍しい客が待っていた。
蒼天ギルド長、ユリウス・ファルケ。彼は応接の椅子で優雅に茶を飲みながら、新聞を振ってみせた。
「騎士団長失脚。王都はその話で持ちきりだ。——で、君の顔を見に来た。勝った人間の顔をしていないのでね、確認に」
「勝敗の記録は司法局の管轄です。当院は是正の確認まで、職務が残っています」
「ふむ。では質問を変えよう。十一件の死亡認定書の確認印——第七号の件、聞いたよ。司法局の友人からね。次は王宮監査局を掘るんだろう? 君の古巣で、君の師匠だ。……降りる気は?」
「ありません。ですが、順序は守ります」
私は壁の地図を見た。騎士団の鋲は、今日、抜いた。残る鋲は、一本。
「オズワルド・グレインは、ヘリオンとも騎士団とも違います。彼は記録の専門家です。証拠は残さず、判だけを残す。あの判すら、彼にとっては『残してもよい』と計算した記録でしょう。今の手札で踏み込めば、負けます。彼を裁ける記録は、王都ではなく——外にあります」
「外?」
「アガレスの坑道。五年前の二十七人。すべての金と判の流れの、起点です。現場は王都の北、鉱山都市レーヴェの管内。事件の一次記録——坑道の作業日誌、検死の控え、生存者の供述原本は、地方に眠っています。中央で改ざんできるのは、中央に上がってきた写しだけですので」
ユリウスは、ひゅう、と口笛を吹いた。
「地方巡回か。君がいない間の王都が心配だな。——ああ、安心したまえ。冗談だ。うちの帳簿は美しい」
「予告なく確認に伺います」
その夜、王宮から書状が届いた。王宮監査局長、オズワルド・グレインの名で。
『親愛なるアデル・クロイツェル殿
騎士団の件、見事であった。教え子の成長ほど、教師を喜ばせるものはない。
ところで、行政会議は本日、貴院に対し「地方ギルドの監査体制確立のため」の長期巡回を命ずる決定を下した。第一の巡回地は、北部鉱山都市レーヴェである。
王都を離れるのは心細かろうが、地方の経験は監査官を育てる。これも教師心と思って、受けてもらいたい。
オズワルド・グレイン』
「……これ、厄介払いですよね!? 監査官さまが怖いから、王都から追い出す気です!」
「ええ、ミリィさん。その通りです。そして同時に、罠でしょう。レーヴェは坑道事件の現場——彼の足元の、いちばん深い場所です。わざわざそこへ送り出すのは、向こうの庭で迎え撃つ自信があるからです」
私は書状を証拠箱に収め、それから、笑った。自分でも珍しいことに。
「ですが局長。あなたは一つだけ、計算を間違えています。私を現場から遠ざけてきた五年間が、あなたの安全でした。その私に、現場への出張命令を、あなた自身の判で出した。——行き先が罠でも、これは五年ぶりに開いた、坑道への正式な入坑許可証です」
パチン、と懐中時計の蓋を閉じる。
「ヴァンさん。荷造りを。あなたの五年前の現場へ、監査に入ります」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
獅子の帳簿を閉じました。残る鋲は、一本——「東の天秤」です。
罠と分かっていて、五年ぶりの坑道へ。次話、第1部最終話です。
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