第27話:御前聴聞
謁見の間は、静かだった。
玉座に、国王アルデリヒ三世。六十二歳。病がちと伝えられるが、その目は淀んでいなかった。
左の列に、宰相と文官たち。オズワルド・グレインの片眼鏡も、その中にある。
右の列に、ベルナール・ロックフォード騎士団長。そして——レオンハルト第二王子。
「ギルド監査院監査官、アデル・クロイツェル。申請の儀、許す。申せ」
「は。本日は三点、ご裁可を仰ぎます」
私は証拠目録を掲げ、淡々と進めた。感情は、この部屋では雑音だ。
第一点、騎士団従士九十六名の労務実態。手帳六十三冊の統計。糧食台帳。膏薬の納品記録。
第二点、トマス・ベルツの死と、カイ・エルマーの「事故」。空白の当番表。半分切られた鐙の革。
第三点、ヘリオンから補給監経由、騎士団長に至る金貨の流れ。納品台帳。裏帳簿。登記簿。
読み上げの間、玉座は一度も私を遮らなかった。
遮ったのは、右の列だった。
「——陛下、お聞きになる価値もありません」
レオンハルトが、一歩前へ出た。
「この女は私の元婚約者です。婚約破棄の意趣返しに、王家の周辺を嗅ぎ回っている。ヘリオンの件で味をしめ、今度は王国の剣たる騎士団を、紙切れで貶めようとしているのです。父上、これは監査ではありません。復讐です」
「殿下のご指摘は、検証可能です」
私は、鞄から一冊の綴りを出した。
「当院の全活動記録です。受理番号一から一七二まで、全件の受理日、申立人、処理結果。この中で、私個人の利害に関わる案件はゼロ件。一方、殿下がただいま『嗅ぎ回り』と表現された騎士団調査の発端は、受理番号一五五、従士トマス・ベルツの母ハンナ・ベルツの申立てです。——復讐かどうかは、私の心ではなく、記録の並びでご判断ください。心は偽れますが、受理番号の連番は偽れません」
「く……だが、その記録とやらも、貴様が書いたものだろう!」
「ええ。ですから全件、公証人の確認印つきです。殿下。記録を疑うのは健全なことです。当院は疑われるたびに、強くなる仕組みでできています」
国王が、初めて小さく笑った気がした。気のせいかもしれない。記録には残さない。
次に立ったのは、ベルナールだった。彼は弁明しなかった。代わりに、膝をついた。
「……陛下。従士の処遇については、すべて、わしの監督不行き届きにございます。いかなる処分も。——ですが、これだけは。騎士団は、王国の剣にございます。剣に泥がついたとして、剣そのものを折ることだけは、なにとぞ」
老騎士の声は、本物だった。この人は、自分の葡萄園のことより、本当に騎士団の存続を案じている。三十年、名誉と腐敗を同じ鞘に納めてきた人の、これが最後の筋の通し方なのだろう。
「監査官。貴公は騎士団を、いかに処せと申すか」
玉座の問いに、私は即答した。
「折りません。剣は、王国に必要です。当院の請求は四点。一、ロックフォード卿及びドンネル卿の収賄・横領についての司法手続き。二、従士制度の軍籍編入と、糧食・休息・負傷記録の基準制定。三、ベルツ家への補償と、死亡事案の再調査。四——」
私は息を一つ整え、続けた。
「四。従士六十三名の手帳の記録を、騎士団の公式記録として収蔵すること。彼らの時間は、王国の記録に存在しなかった。存在させてください。それが、最も安価で、最も効く再発防止策です」
長い沈黙のあと、国王は言った。
「……すべて、許す。司法手続きを進めよ。ロックフォード、剣を置け。——騎士団は折らぬ。だが、研ぎ直す」
ベルナールは深く頭を垂れ、腰の剣を、両手で床に置いた。
退出の際、レオンハルトが私の横で足を止め、低く言った。
「……父上に取り入ったつもりか。いい気になるな。お前が掘っているのは、お前の古巣の足元でもあるんだぞ」
「存じています、殿下。それから、ただいまのお言葉も記録しました。『お前の古巣の足元』。——殿下は、私がまだ口にしていないことを、なぜご存じなのでしょうね」
王子の顔から、血の気が引いた。
彼は答えず、足早に去った。その背中を、文官の列のオズワルド・グレインが、片眼鏡の奥から、静かに見送っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「剣は折らぬ。だが、研ぎ直す」——御前聴聞、ひとまずの決着です。
そして殿下は、訊かれていないことを口にしました。記録済みです。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)も、連番で永久収蔵しております。




