第26話:紙の出どころ
証拠の山に、最後の一本の糸を通す作業が残っていた。
従士の労務記録は揃った。鐙の革も保全した。だが、これらが立証するのは騎士団の「中」の罪だ。私が立たねばならない場所は、もう一段、奥にある。
ヘリオンと騎士団を結ぶ糸。——あの、紙だ。
「ミリィさん。ヘリオン臨検の押収品から、例の証拠箱を」
「はいっ。【継続調査・王宮ルート】の箱ですね」
机に並べる。
一つ。監査院への中傷ビラ。紙質、王宮購買部規格・第二種事務用紙。
二つ。製紙商アルロ商店の納品台帳。王宮第二種の紙が、毎月、ヘリオン商会「外渉室」へ。受取人の署名は判読不能。
三つ。ヘリオン裏帳簿の上納記録。『北の獅子』宛、毎月金貨六十枚。
「紙は王宮からヘリオンへ。金はヘリオンから『獅子』へ。双方向の取引です。ですが、これだけでは『獅子』がベルナール個人だとは特定できません。騎士団の誰か、としか」
特定の鍵は、意外な場所から来た。
アルロ商店の納品台帳を再臨検した際、店主が思い出したのだ。
「ああ、あの読めない署名の旦那ね。月に一度、決まって月半ばの昼に取りに来なさるよ。官服じゃなく私服でね。けど、商売人は手を見るんでさ。あの旦那の右手の甲、古い刀傷が三本、平行に走ってる。あれは軍人の手だね」
右手の甲に、平行な三本の刀傷。
王都の式典名簿の肖像版画を、ミリィが三時間で洗い出した。該当者、一名。
王宮騎士団第一大隊・補給監、ガレオ・ドンネル卿。——ベルナール・ロックフォードの、三十年来の副官である。
「補給監。つまり騎士団の出入りの金と物を握る職です。点と点が、線になりました」
線の全体像は、こうだ。
ヘリオンは騎士団に毎月、金貨六十枚を上納する。見返りに騎士団は、ヘリオンが「治安維持」の名目で必要とするときに動く——証拠押収の横槍のように。中傷ビラの紙まで王宮経由で都合する念の入れようだ。
そして金の受け皿は、補給監ドンネル。彼の名義で受けて、どこへ行くのか。
「ドンネル卿の私的な金回りを調べます。合法的に、です。貴族の資産は登記と納税記録で外形が分かります」
結果は、三日で出た。
ドンネル卿の給与は年に金貨百四十枚。しかし彼は五年前から、王都南の葡萄園を二つ、別荘を一つ、競売で購入している。総額、概算で金貨四千枚。
そして登記簿の購入名義の隣に、抵当権者として記された名前があった。
——ベルナール・ロックフォード。
「……副官名義で受けて、団長が抵当で実質を握る。古典的な迂回です。ですが登記は公開記録。隠すなら、登記しないことです。彼らは隠す必要すら感じていなかった。三十年間、誰も騎士団の登記など調べなかったから」
ヴァンが、集計表の末尾を見て、低く唸った。
「金貨六十枚が毎月、五年で三千六百枚。葡萄園の買値とだいたい合う、か。……従士の飯を四割に削った組織の上で、葡萄園が二つ買われてたわけだ」
「ええ。糧食の発注台帳によれば、従士の食事を九十六人分に戻すための追加費用は、月に金貨四枚です。——月六十枚の上納の、十五分の一」
ミリィが、ぽつりと言った。
「四枚で、足りたんですね。トマスさんの『罰』も、カイさんの空腹も、ぜんぶ……金貨四枚で」
「数字は、そう言っています」
私は全証拠の目録を綴じ、表紙に件名を書いた。
『王宮騎士団長ベルナール・ロックフォード卿、及び補給監ガレオ・ドンネル卿に係る、収賄、横領、労務記録の隠蔽、ならびに従士死傷事案について』
提出先の欄で、ペンが一度、止まる。
司法局では、潰される。騎士団の刑事訴追には王宮の同意がいる。王宮監査局では、論外だ。「東の天秤」の足元に、獅子の罪状を届けるわけにはいかない。
残る提出先は、一つしかない。
「グレゴール院長。御前聴聞の請求手続きを教えてください。——国王陛下に、直接、ご裁可を仰ぎます」
老院長は、葡萄酒の杯を置いて、にやりと笑った。
「ほっほ。ようやくわしの三十年の人脈の出番じゃの。……アデルや、一つだけ覚悟しておきなさい。御前に出るということは、陛下の前で、殿下とも正面からやり合うということじゃよ」
「存じています。議事録の用意は、二週間前からできています」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
中傷ビラの紙から始まった糸が、騎士団長の葡萄園まで届きました。
金貨四枚で足りたものの話を、次話、国王陛下の御前でいたします。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)の出どころは、調査いたしません。ただ感謝するのみです。




