第25話:営倉の鍵は紙でできている
練兵場の門前に、私は三たび立った。
今回は、一人ではない。公証人二名。王都司法局の立会官一名。そして、私の手には一通の文書。
「ギルド監査院監査官、アデル・クロイツェルです。本日は臨検ではありません。——人身保護の請求に参りました」
門衛が、奥へ走った。出てきたのは副官格の騎士だったが、私は構わず読み上げた。
「当院は、平民カイ・エルマー氏が騎士団施設内に拘禁されている事実を確認しています。貴団は先日、当院に対し『従士は軍籍を持たない私的な見習いである』と公式に主張されました。軍籍なき平民の拘禁は、軍規の適用外であり、王国刑法上の監禁に該当します。直ちに釈放されたい。応じない場合、ここにおられる司法局立会官が、騎士団による平民監禁の現認調書を作成します」
「き、貴様……どちらかだぞ、それでは。従士が軍籍外なら監禁、軍籍内なら貴様の管轄外。都合よく使い分けて——」
「使い分けたのは、貴団が先です。当院は一貫して『従士は管轄内』と申し上げています。お選びください。従士は軍人ですか、平民ですか。軍人だと答えるなら、九十六名分の軍籍簿と糧食記録の提出を。平民だと答えるなら、エルマー氏の即時釈放を。——どちらの紙も、当院は受け取る準備があります」
二者択一。どちらを選んでも、壁には穴が開く。
副官は答えられず、奥へ引っ込み——半刻後、カイ・エルマーは門の外に出された。十日の営倉処分は「手続きの不備により撤回」。痩せて、無精髭が伸びていたが、目は死んでいなかった。
「……出られるとは、思いませんでした」
「紙の手続きが正しければ、たいていの鍵は開きます。営倉の鍵も、例外ではありません」
だが、敵も学習する。
その夜のうちに、騎士団は次の手を打ってきた。練兵場の全従士に対する「私物検査」。手帳の一斉摘発だ。さらに、従士全員に署名させる文書が回された。『余は自らの意思により、無給にて修行に励むものであり、何ら不満なきことをここに誓う』——。
「誓約書、ですか。六十三冊の手帳を、一枚の紙で上書きする気です」
「上書きできるのか? あんなもん、書かされた誓約だろ」
「ええ。ですから問題は法ではなく、士気です。書かされた、という事実そのものが従士たちの心を折ります。記録を奪われ、誓約を書かされ、それでも書き続けられる人は、多くありません」
翌朝、対抗手段を講じる前に——事態のほうが、動いた。
夜明け、監査院の扉が乱打された。
洗濯ギルドの青年が、息を切らして立っていた。
「じ、事故です! 今朝の早駆け訓練で、従士が崖下に……! カイです! カイ・エルマーが落ちた!」
ヴァンが、誰よりも先に飛び出した。
現場は王都北の丘陵の訓練路。私たちが着いたとき、カイは崖下の灌木に引っかかって——生きていた。右脚の骨折。だが、生きていた。
引き上げたのは、ヴァンと、駆けつけた従士たちだった。騎士団の救助隊は、まだ「編成中」だった。
「……鐙だ」
カイを抱え上げたヴァンが、転がった鞍を顎で示した。
「鐙の革が切れてる。見ろ、断面の半分が滑らかだ。途中まで刃が入ってた。残りが体重で千切れた。——これは事故じゃねえ」
半分だけ切られた鐙の革。三月前のトマス・ベルツの「夜間訓練中の落馬」。空白の当番表。
司法局立会官が、革の現物を証拠保全する。公証人が現場の調書を作る。今回は——今回だけは、現場に、記録する者たちが間に合った。
担架の上で、カイが私の袖を掴んだ。
「……監査官さん。俺が落ちて、これで終わりになるなら、悔しいけど、納得できた。でも、あんたらが来た。だから……手帳、隠してあります。厩の、飼い葉の三段目。十二冊。あれが、あいつらが一番消したい記録です」
私はその位置を復唱し、手帳に記録した。
「お預かりします。あなたは脚の治療に専念してください。これは命令ではなくお願いですが——もう当面、馬には乗らないように」
「……ははっ。監査官さんの『お願い』、初めて聞きました」
帰路、私は懐中時計を握ったまま、開かなかった。
時刻を確認する必要が、なかったからだ。期限は、もう決めていた。
ベルナール・ロックフォード。あなたの帳簿を閉じます。今週中に。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
二人目は、落とさせませんでした。鐙の革は、証拠保全済みです。
次話、反撃。あの「紙」の出どころを、ようやく回収します。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、飼い葉の三段目より安全な場所に保管します。




