第23話:城壁は、外から数えられる
「中に入れないなら、入っていくものを数えます」
監査院の黒板に、私は図を描いた。中央に「騎士団練兵場」の四角。そこへ矢印が、外から何本も刺さっている。
「練兵場は閉じた箱ではありません。毎日、物と人が出入りしています。糧食を納める食料商。馬糧を運ぶ飼料商。武具の修繕を請ける鍛冶ギルド。洗濯物を引き取る洗濯ギルド。診療所に薬を卸す薬種商。——これらはすべて『職能組合とその取引』。つまり、当院の管轄です」
「箱は開けられなくても、箱の伝票は外にある、ってわけか」
「ええ。箱に入った物の量は、箱の中の生活を語ります」
臨検は、五件同時に行った。いずれも騎士団の納入業者。軍機の壁の、外側だ。
糧食商の納品台帳から、最初の数字が出た。
「ミリィさん、集計を」
「はい。騎士団第三大隊への糧食納入、一日あたり、正騎士百二十名分・従士分として『四十名分』です。でも……騎士団の従士の数って、公開の式典名簿から数えると、第三大隊だけで九十六人いるんです」
九十六人の従士に、四十人分の食事。
トマス・ベルツの手紙の一文が、台帳の数字と一致した。『食事が、減らされる。罰だと言われる』——罰ではない。最初から、半分しか発注されていない。
「次。洗濯ギルドの記録です」
「従士の寝具の引き取りが、月に一度です。正騎士は週に二度なのに。あと、これ……血液の染み抜きの特別料金が、従士の分だけ、毎月、束で請求されてます」
寝具は月一度。血の染み抜きは毎月、束で。
数字は、雄弁である。私はそれを淡々と集計表に転記した。転記する指先が冷えていくのは、室温のせいだと記録しておく。
三日目、薬種商の納品記録で、決定的なものが出た。
「骨接ぎ用の副木と、打撲の膏薬。騎士団診療所への納品が、五年前から毎年増えてます。今年は五年前の——三・一倍です。でも、騎士団が公示してる『訓練負傷者数』は、五年間ずっと横ばいなんです」
膏薬は三倍。公式の負傷者は横ばい。
差分はどこに行ったのか。簡単だ。「負傷」として記録されなかった負傷が、薬だけ使って、紙の上から消えている。
「数字の輪郭が出ました。整理します。第三大隊、従士九十六名。食事は四割。寝具は四分の一。記録されない負傷、年間推計百四十件超。そして三月前、死亡一件——『夜間訓練中の落馬事故』」
黒板の前で、ヴァンが腕を組んだ。
「……騎士団ってのは、ここまでとはな。冒険者なら、こんなギルドは三日で空になる。逃げ場があるからだ。だが従士は逃げられない。逃げたら『夢』が終わるからな」
「ええ。退路を夢で塞ぐ。ヘリオンが飯で塞いだものを、騎士団は名誉で塞いでいます。手口の科目が違うだけで、仕訳は同じです」
その夜、監査院の裏口が、控えめに叩かれた。
戸口に立っていたのは、外套を目深に被った若い男だった。彼が顔を上げたとき、私は右手首の副木を確認した。練兵場の門の、あの従士だ。
「……従士のカイ・エルマーです。その、自分は……トマスの、同期でした」
彼は震えていた。寒さではない。ここに来ること自体が、彼の世界では反逆なのだ。
「トマスの『事故』の夜、自分は厩当番でした。あの夜、夜間訓練の予定は、ありませんでした。なのに翌朝、トマスは『夜間訓練中の落馬』で死んだと発表されて……自分、おかしいと思って、当番表を、その、書き写して」
彼が差し出した紙片には、不器用な字で当番表が写されていた。三月前のあの夜。「夜間訓練」の予定の欄は——空白。
「あの、これだけじゃ、何の証拠にもならないかもしれません、けど」
「いいえ。これは公式発表と矛盾する一次記録です。十分に証拠です。エルマー従士。当院はあなたの身の安全を最優先します。提供者の名は、決裁文書から秘匿する手続きが取れます」
「……いえ」
若者は、副木の右手を握りしめた。
「名前、書いてください。トマスは……あいつは最後まで、誰かが見ててくれるって信じてました。『監査院って役所が、赤鷲の未払いを取り立てたらしい』って、死ぬ三日前に、嬉しそうに話してたんです。だから、自分の名前で、出します」
受理番号一五八。申立人、カイ・エルマー。
カン、と打った受理印の音が、いつもより重く聞こえたのは、計測誤差ではないと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
食事は四割、寝具は四分の一、膏薬は三倍。箱の中は、伝票から見えました。
そして、名前を出して立った従士が一人。次話、壁の中で「記録」が始まります。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)も、皆様のお名前ごと大切に受理しております。




