第19話:公開聴聞会
王都中央広場の公会堂に、千百人が入った。
立ち見を含めれば、千四百。受付で数えさせた概数である。庶民、冒険者、商人、物見高い貴族の使用人、そして——目立たない席に、王宮の官服が数名。
「現在時刻、十時零分。ギルド監査院主催、公開聴聞会を開会します」
壇上の長机に、私とグレゴール院長。証人席。そして、対面の席には召喚に応じたバルドメロ・ヘリオンが、五人の代理人を連れて座っていた。彼は来た。来ないという選択は、世論の上で敗北だと知っている男だ。
最初の証人は、ロイドだった。
彼は震える声で、しかし最後まで、装備天引きと未払いの三年間を証言した。
二人目は黒槌の古参鉱夫。架空の支給簿の話。三人目、四人目——。
そして五人目に、エルマ・コッツェが証言台に立ち、夫の手帳の最後の頁を、ゆっくりと読み上げた。
『明日の区画は支保が三本足りない。報告したが、工期優先と言われた。心配だ』
千四百人の会場が、水を打ったようになった。
すすり泣きが、あちこちで聞こえた。
「異議あり」
バルドメロの代理人が立った。
「ただいまの手帳は、故人の私的な記録に過ぎない。労働の現場には常に危険が伴う。鉱夫はそれを承知で坑道に入った。報酬には危険の対価が含まれている。これは契約であり、契約は自己責任である」
「契約について、当院から確認します」
私は、押収帳簿の写しを掲げた。
「コッツェ氏の雇用契約書、第十一条。『ギルドは作業区画の安全を確保する義務を負う』。——契約とおっしゃるなら、契約は双方を縛ります。氏は危険の対価を受け取る契約をしましたが、回避可能な危険を放置される契約は、していません。支保三本の補修費は、当時の相場で金貨二枚。氏の命の補償を不払いにして『節約』された金額は、貴商会の裏帳簿の集計頁によれば——」
私は頁をめくり、読み上げた。
「『死亡補償・未払い分・累計、金貨四千百六十枚』。同じ帳簿に、そう書いてあります。あなた方が書いたのです」
会場が、どよめいた。代理人は着席した。
昼を過ぎて、予定外の証人が現れた。
仕立ての良い藍色の上着。若い男だ。二十代半ば。彼は証人席ではなく、発言許可を求めて挙手をした。
「蒼天ギルド長、ユリウス・ファルケ。業界の人間として、一言申し上げたい」
ざわめき。蒼天——ヘリオンに次ぐ、王都第二のギルド。
「私はヘリオン氏のやり方を、道徳では批判しない。道徳は人によって違うのでね。だから計算で批判する。——冒険者一人を新人から一人前に育てるのにかかる費用は、依頼換算で約金貨六十枚。使い潰せば、その投資が毎回ゼロになる。ヘリオン傘下の人材の平均稼働年数は二・八年。うちは九・四年だ。つまり彼のやり方は、残酷である以前に、計算ができていない。私が申し上げたいのはそれだけだ。……ああ、それと監査官殿」
彼は私に向き直り、にこりと笑った。
「うちの帳簿には、いつでもどうぞ。王都で最も美しい帳簿を、ぜひその目で」
「公正のため、予告なく伺います。着席してください」
会場に、この日初めての笑いが起きた。空気が、変わった。恐怖で縛られていた業界の中から、ヘリオンを公然と突き放す者が出た——その事実は、千四百人の前で記録された。
締めくくりに、バルドメロ本人が発言を求めた。彼は壇を見上げ、余裕の笑みを作り直していた。
「……皆さん、お聞きの通り、うちにも至らぬ点はあったようだ。改善しよう、約束する。だがね、考えてもみてほしい。王都の依頼の七割を回しているのは、誰だ? 明日からあんたたちに仕事を割り振るのは、誰だ? 正義は飯を食わせてくれるかね?」
恫喝を、千四百人の前で、笑顔で言える男。
私は、静かに一枚の紙を取り出した。
「バルドメロ氏。最後に、当院の記録を一点だけ読み上げます。先月十二日、黒槌ギルドにて、あなたは次のように発言しました。証人六十名。——『冒険者というのは、消耗品でしてな』」
会場の温度が、変わるのが分かった。
「あなたが明日から仕事を割り振る相手は、あなたが消耗品と呼んだ人々です。以上で、本聴聞会の証拠調べを終了します。当院は七日以内に、処分を決定します」
閉会後。人波の去った会場の隅で、ヴァンがぽつりと言った。
「……あの『消耗品』、よく取っといたな」
「発言は資産です。発言者にとっては、負債ですが」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
千四百人の前で、帳簿と発言記録が開示されました。
処分決定まで、七日。次話、第2章クライマックスです。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、発言と違って、皆様の資産になります。




