第20話:営業停止命令
処分の起案に、私は三日を使った。
怒りで書く処分書は、必ず緩い。冷えてから書いたものだけが、隙なく立つ。
四日目の朝、九時零分。
ヘリオン商会本部の大広間に、私は処分書を持って立った。立会いの公証人二名。ヴァンとミリィ。そして、知らせを聞いて集まった群衆が、玄関の外を埋めていた。
「バルドメロ・ヘリオン氏。ギルド監査院の処分を通知します」
大階段の上の男は、もう芝居をやめていた。腕を組み、値踏みする目で私を見下ろしている。
「読み上げます。一。ヘリオン商会の依頼斡旋業について、勅許第二条に基づき、営業停止を命ずる。期間、無期限。解除の条件は後述の是正事項の完全な履行とする。二。裏帳簿に記載された未払い報酬、不当手数料、未払い死亡補償の総額、金貨九千二百枚の支払いを命ずる。三。帳簿改ざん、証拠隠滅教唆、放火教唆の疑いにつき、王都司法局へ刑事告発する。四——」
「——待て」
バルドメロが、階段を降りてきた。一段ずつ、ゆっくりと。
「営業停止だと。わしの斡旋網が止まれば、王都の依頼の七割が止まる。明日から何千人が職にあぶれるか、考えたのか。お前は王都の雇用ごと、わしと心中する気か」
これが、彼の最後にして最強の盾だった。大きすぎて潰せない。三十年、彼を守ってきた理屈。
「考えました。四を読み上げます。——四。営業停止期間中、ヘリオン商会の保有する依頼斡旋契約は、当院の管理下で、連盟登録のある健全経営ギルドへ暫定移管する。移管先の第一候補は蒼天ギルドほか四ギルド。移管の条件は、当院の労務基準の完全遵守。移管手続きは本日午後より開始し、依頼の空白期間は、生じさせません」
バルドメロの足が、止まった。
「……移管、だと」
「あなたの商会が潰れても、王都の仕事は潰れません。仕事はあなたの所有物ではなく、働く者と依頼主の間に、もともとあったものですので。あなたは三十年、その間に立って通行料を取っていただけです。——立つ人間は、替えられます」
大きすぎて潰せないものは、潰さない。
器だけ替えて、中身を生かす。この三日間で、私は蒼天を含む五つのギルドと暫定移管の覚書を交わし終えていた。ユリウス・ファルケは覚書の署名の際、「美しい設計だ」と笑った。彼の褒め言葉は帳簿基準なので、信頼できる。
「事務官風情が……机の上の紙で、わしの三十年を……!」
「ええ。机の上の紙で。——あなたが三十年、机の上の紙で、人の命を『清算』してきたのと、同じ方法です」
私は処分書を、彼の胸元に差し出した。
「受領を。拒否しても効力は発生します。拒否の事実が、記録に一行増えるだけです」
バルドメロ・ヘリオンは、長いこと処分書を睨んでいた。
やがて、彼はそれを引ったくり——ふいに、笑った。疲れ切った、本物の笑いだった。
「……はっ。は、はは。負けたよ、お嬢さん。この王都で、わしに紙で勝った人間は、お前が初めてだ」
そして彼は、声を落とした。私にだけ聞こえる声で。
「だがな、覚えておけ。わしは尻尾だ。しっぽ。アガレスの金の流れ、見たんだろう? あれを設計したのは、わしじゃない。わしは言われた通りに払っただけだ。……『東の天秤』は、お前の古巣だぜ、監査官殿。本体は王宮の中にいる。せいぜい、骨まで食われんことだな」
「ご忠告、記録しました。——司法局の護送馬車が、外で待っています」
その日の夕方、王都の全斡旋所に公示が貼られた。
ヘリオン商会、営業停止。依頼の受付は移管先五ギルドにて通常通り——。
群衆の中で、誰かが言った。「本当に、潰しやがった」。別の誰かが言った。「いや、潰したんじゃねえ。取り替えたんだ。俺たちの明日の仕事は、生きてる」。
監査院に戻ると、ミリィが台帳を抱えて待っていた。
「監査官さま、ご報告です! 是正勧告の履行で、今日までに支払われた未払い金、総額——金貨二千三百枚を超えました! 受け取った人、四百十六人です!」
四百十六人。
私は壁の王都地図を見た。ヘリオンの紋の上に打った鋲を抜き、新しい鋲を二本、打ち直す。
一本は、王宮監査局。一本は、王宮騎士団。
「ヴァンさん。明日から、第二章です」
「……みたいだな。次は、どこのお偉方だ」
「順序として、まず『獅子』から。騎士団には、手首に副木を当てた従士がいます。それに——」
扉が、控えめに叩かれた。
夜の戸口に立っていたのは、粗末な外套を着た老女だった。彼女は深く頭を下げ、絞り出すように言った。
「……夜分に、すみません。息子が、騎士団の従士をしておりました。三月前に『訓練中の事故』で死にました。遺体も、よく見せてもらえませんでした。……ここは、騎士団のことでも、聞いてくださるのですか」
第2章「ヘリオン攻略編」完結です。最後までお読みいただき、ありがとうございます。
王都最大手、営業停止。ただし仕事は止めない——監査院の流儀でした。
そして次章の扉が、もう叩かれています。相手は王宮騎士団。「名誉」の中の労働です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)の履行率は、現在も100%を維持しております。




