第18話:裏帳簿は、二度書かれる
裏帳簿の検分は、七日目に核心へ届いた。
届けたのは、ミリィだった。
彼女はこの七日、荷馬車三台分の帳簿のほぼ半分を一人で読んだ。読む速度も異常だが、覚える精度が常軌を逸している。三日前に読んだ頁の数字と、今日読んだ頁の数字の矛盾を、彼女は照合表なしで拾うのだ。
「ここ、です。五年前の、秋の出納帳。『特別支出』っていう項目が、一度だけあります。金貨千二百枚。摘要は『アガレス関連・清算』」
アガレス。
ヴァンが、検分台の向こうから音もなく近寄ってきた。
「金額の内訳が、隣の頁に走り書きで残ってます。『調査委・四〇〇』『審査局・三〇〇』『筆耕・五〇』『口止・残額』——筆耕って、書き直し屋のことですよね。五十枚も払って、何を書き直したんでしょう」
「依頼書です」
ヴァンの声は、低く、平坦だった。
「『危険度:中』を『危険度:高(再評価済)』に。連盟の公示資料の側を、事故の後から書き直した。……そういうことだろう」
「断定はまだです。ですが、符合します。調査委員会への四百枚は、四日で結論を出した『調査』の対価。審査局への三百枚は、過失認定の対価。そして口止め料」
二十七人の死は、事故ではなく、清算項目だった。
金貨千二百枚。一人あたり、四十四枚と少し。赤鷲の臨検でロイドが受け取った未払い金が三枚だったことを、私はなぜか思い出した。
「ヴァンさん。これで、再調査の要件は揃いました。五年前の調査委員会の結論は、買収の疑いにより信用性を失います。受理番号〇九四——あなたの申立てに基づき、当院はアガレス坑道事件の再調査を正式に開始します」
「……ああ」
彼は短くそう言って、窓の外を長いこと見ていた。私はその時間を、邪魔しなかった。
問題は、支出の「先」だった。
調査委・審査局・筆耕——これらは連盟の内側だ。だが、この清算全体を「決裁」した形跡が、裏帳簿のどこにもない。金貨千二百枚は大金だ。バルドメロの独断にしては、項目の整理が事務的すぎる。これは、決裁慣れした人間の費目の切り方だ。
「ミリィさん。例の三方向の上納——『東の天秤』『北の獅子』『庭園』の、五年前の秋の金額を」
「えっと……あ。『東の天秤』だけ、その月、いつもの倍です」
東の天秤。双頭の鷲に、天秤。
五年前の秋。アガレスの清算の月に、王宮監査局方面への上納が倍。
そして、ヴァンの告発を棄却した決裁書の判は、王宮監査局の第七号。
線が、つながっていく。つながるほどに、その先にいる人物の輪郭が、私のよく知る形を取っていく。
「……監査官さま、あの、大丈夫ですか」
「ええ。なぜですか」
「いえ、その……いつもより、頁をめくる音が、強いです」
記録する。当職、感情の漏出により紙片一枚を損耗。以後注意する。
夜、グレゴール院長が、葡萄酒の瓶を提げて検分室に現れた。
「進んでおるかの。……ふむ、その顔は、進みすぎた顔じゃな」
「院長。一つ伺います。五年前の局印管理簿の照会請求、王宮監査局からの回答期限は三日前でした。回答は」
「来ておらん。のらりくらりと『精査中』じゃそうな」
「では、回答拒否の事実を添えて、次の段階に進みます。裏帳簿の解読結果がここまで揃った以上、本丸の前に、外堀を公開で埋めます」
私は、起案書を院長に差し出した。
『公開聴聞会の開催について(案)
議題:ヘリオン商会及び傘下ギルドにおける労務記録の改ざん、報酬不払い、ならびに死亡事案の処理について
証人:被害冒険者、遺族、関係事業者
場所:王都中央広場・公会堂
公開の理由:本件被害者が王都の労働者全般に及ぶため、審理は密室で行わない』
「公開、のう。ほっほ……バルドメロは嫌がるじゃろうな、何よりも」
「ええ。密室は彼の主戦場です。ですから、日なたで行います。記録は、多くの目があるほど、消しにくくなりますので」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
金貨千二百枚の「清算」。二十七人の命の、帳簿上の値段でした。
次話、公開聴聞会。王都中の目の前で、帳簿を開きます。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、日なたで大切に検分しております。




