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婚約破棄を「労災認定」しました 〜「冷たすぎる」と追放された監査令嬢、左遷先でブラックギルドに是正勧告を叩きつけます〜  作者: 小鳥遊ミント


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第17話:「治安維持」の名のもとに

 押収帳簿の検分、二日目の朝だった。

 ドルン工房の二階——臨時の検分室に、蹄の音が近づいてきた。窓の外を見たミリィが、声を裏返らせる。


「き、騎士団です! 王宮騎士団が、二十騎……!」


 白銀の甲冑。青いマント。隊列の先頭で馬を降りたのは、胸に獅子の徽章を三つ並べた偉丈夫だった。歳は五十半ば。日に焼けた顔に、見事な口髭。

 王宮騎士団長、ベルナール・ロックフォード。式典の壇上以外でその姿を見るのは、私も初めてだった。


「ギルド監査院の責任者は、貴公か」


 声は、戦場用にできていた。室内の空気が震える。


「監査官のアデル・クロイツェルです。ご用件を」

「ヘリオン商会より、『監査院を名乗る集団に商業記録を強奪された』との訴えがあった。係争中の物品は王都の治安に関わる。よって騎士団が、押収品とやらを保全預かりする。引き渡されたい」


 なるほど。正面から潰せないなら、証拠だけ抜く。

 訴え出てから騎士団出動まで、おそらく半日。この王都で、民間の訴えにこの速度で騎士団が動いた前例を、私は知らない。


「お断りします」

「……なに?」

「三点、申し上げます。一点目。当院の押収は勅許に基づく適法な職務執行であり、『強奪』との表現は事実に反します。二点目。商業帳簿は軍事機密でも危険物でもなく、騎士団の所管事項に『商業記録の保全』は存在しません。三点目」


 私は、勅許状の公証写しを掲げた。


「勅許第三条。『何人も——貴族、騎士、聖職者、および朕の血を引く者といえども——監査官の検めを拒むことを得ず』。騎士団は、当院の職務執行を妨げる側ではなく、服する側です」


 ベルナールの眉が、ぴくりと動いた。後ろの騎士たちがざわめく。


「……小娘。紙切れ一枚で、騎士団に楯突くか」

「紙切れ一枚で動くのが法治です。それとも騎士団は、王の署名より剣が上だと、ここで宣言なさいますか? その場合は議事録の形式を変えますので、少々お待ちを」


 沈黙が、長かった。十一秒。

 先に下がったのは、ベルナールだった。彼は馬上に戻り、吐き捨てるように言った。


「……口の回る女だ。よかろう、本日のところは引く。だが覚えておけ。王都の平和は、貴様の帳簿ではなく、我ら騎士の血が守ってきたのだ。事務官風情が、誇りを語る者の領分に踏み込むな」

「ご高説は記録しました。ところで団長殿。最後に一点だけ」


 私は、隊列の後方を指した。


「あちらの若い従士の方。籠手の下、右手首に副木を当てておられますね。落馬ですか」

「……従士の訓練に怪我はつきものだ。それがどうした」

「いえ。『つきもの』という処理方法を、最近どこかの帳簿で読んだもので。失礼しました」


 騎士団が去った後、ヴァンが息を吐いた。


「……ひやひやさせるな。あれが本気で抜いてたら、俺一人じゃ三人までしか止められん」

「抜きません。あの人は、衆人環視で事務官を斬る愚は犯さない。ただ」


 私は手帳を開いた。


「気になる数字があります。出動の速さではなく——あの従士です。右手首の副木。それから、隊列の後ろの三名は、甲冑の下が極端に痩せていました。騎士団の従士の食事は、団の経費で賄われるはずですが」

「……従士、ねえ。騎士サマの世界は、俺たち冒険者より外から見えないぜ。『名誉』って壁があるからな」

「壁の中の労働も、労働です」


 手帳に記録する。【王宮騎士団・従士の労務環境・継続観察】。


 午後、検分室に来客があった。

 臨検以来、毎日届く嫌がらせの手紙とは毛色の違う、上質な封書。差出人は——蒼天ギルド、ギルド長ユリウス・ファルケ。


『拝啓 ギルド監査院 御中

 貴院のヘリオン商会への臨検に敬意を表する。

 ついては一度、お話しする機会をいただきたい。当ギルドは貴院に隠す帳簿を持たない。いつでも臨検に来られたい。むしろ歓迎する。

 当方の帳簿は、王都で最も美しい。それを確認できる目を持つ役所が、ようやくできたことを喜ぶ。』


「……何だこいつは。喧嘩売ってんのか、惚気てんのか」

「帳簿に自信のある経営者です。王都に、ヘリオンに与しない大手が一つあるという情報は、有益です」


 返信を書いた。『公正のため、臨検の日時は予告しません。歓迎は不要です。通常通りに営業していてください』。


 夜。検分作業の最後に、ミリィが裏帳簿の一冊から、付箋だらけの頁を持ってきた。


「監査官さま……上納金の一覧、解読できました。傘下ギルドからヘリオンに集めたお金の、その先です。毎月、決まった日に、決まった額が三方向に出ています。宛名は隠語です。『東の天秤』、『北の獅子』、『庭園』——」


 天秤。獅子。庭園。

 王宮監査局の紋は、双頭の鷲に天秤。

 騎士団の徽章は、獅子。

 そして王宮の最奥にあるのは——王族の、薔薇庭園。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


騎士団長、登場。従士の手首の副木を、監査官は見逃しません。

そして上納金の宛先、「天秤」「獅子」「庭園」。役者が、揃ってきました。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)の宛先に、隠語は不要です。


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