第16話:ヘリオン本部、臨検
権限の使い方には、作法がある。
手に入れた途端に振り回す者は、権限に使われている。私は三日かけて準備を整え、四日目の朝を選んだ。
「現在時刻、九時零分。ギルド監査院、ヘリオン商会本部の臨検を開始します」
黒い太陽の紋章を掲げた大理石の本部棟。その正面玄関に、私は立った。
後ろには臨時雇用の記録員が六名——公証人見習いと、ドルン工房の検品職人だ。帳簿の運搬役には、ロイドたち。護衛に、ヴァン。
「お、お約束のない方は——」
「予告なき立ち入りは勅許第一条で認められています。受付の方、あなたに責任はありません。そのまま記録してください。『九時一分、監査院、立ち入り』と」
受付嬢は、なぜか少し嬉しそうに記録した。
吹き抜けの大広間の階段から、バルドメロ・ヘリオンが降りてきた。慌てた様子はない。羽織った上着の襟を直しながら、芝居がかった笑顔で両手を広げる。
「これはこれは、監査官殿。例の紙切れの件は聞いたよ。三百年前の王様の幽霊を連れてくるとは、たいした考古学者だ」
「考古学ではなく債権管理です。本日の押収対象は、貴商会の総勘定元帳、斡旋手数料台帳、傘下ギルドとの契約書原本、過去五年の金銭出納記録。以上です」
「どうぞどうぞ。うちの帳簿は、いつでも見せられるようにしてあるのでね」
彼は本当に、見せた。
経理室に整然と並んだ帳簿は、美しかった。手数料率は規定内。支払いは期日通り。寄付の記録まである。完璧すぎる帳簿——月末にまとめて書かれた台帳と、同じ匂い。
「ミリィさん。所見を」
「……きれいです。きれいすぎます。五年分の帳簿で、訂正印が三つしかありません。生きてる帳簿は、もっと、こう、汚れてるものです」
「同意見です。つまりこれは『見せるための帳簿』。本物は別にあります」
バルドメロが、にやりと笑った。
「ほう? あるとして、どこにあるのかね。この本部を床板まで剥がすかい? 令状の範囲でね」
「不要です。本物の在処は、すでに特定しています」
彼の笑みが、止まった。
「貴商会の出納記録によれば、王都西の製紙商アルロ商店から、毎月『事務用紙代』として金貨四枚の支出があります。金貨四枚は、当本部の使用量の約二十倍の紙代です。一方、アルロ商店の納品台帳には——昨日、正規の臨検で確認しました——貴商会への納品先住所として、本部ではない倉庫が記載されています。北区波止場、第七倉庫。紙を二十倍消費する倉庫。そこで何かが、大量に書かれている」
二十倍の紙は、二十倍の記録だ。
見せる帳簿の裏で、本物の記録は紙を喰い続ける。経費の側から見れば、隠し帳簿は隠れられない。
「ヴァンさん。第七倉庫へ。臨検班の半数と同行を。倉庫の鍵が開かない場合は、勅許第一条に基づき開錠してください。——錠前師を連れてきています」
バルドメロの顔から、芝居が剥がれ落ちた。
「……小娘が」
「ただいまの発言、記録しました」
第七倉庫からは、荷馬車三台分の帳簿が出た。
二重帳簿の、裏側。斡旋手数料の実際の率は規定の三倍。傘下ギルドからの「上納金」の一覧。死亡補償の「未払いによる節約額」を年度ごとに集計した、信じがたい頁もあった。人の命の不払いを、利益として計上する帳簿を、私は初めて見た。
そして、押収品の検分中、ミリィが声を上げた。
「監査官さま、これ……! 紙の納入記録の控えです。アルロ商店からヘリオンへの納品の中に、変なものが混ざってます。『王宮購買部規格・第二種事務用紙』——王宮規格の紙が、毎月、ヘリオンに納品されてます」
王宮第二種。
あの中傷ビラと、同じ紙。
「納品の宛先名義は?」
「えっと……ヘリオン商会、外渉室。受取人の署名は——読めません。崩しすぎてて。でも、毎月同じ署名です」
王宮の調達経路にある紙が、毎月、ヘリオンの「外渉室」に流れている。外渉——外と渉る部屋。王宮の、誰と。
私は納入記録の束を、独立した証拠箱に収めた。箱の側面に、荷札を貼る。
【継続調査・王宮ルート】。
夕刻、押収を終えた私たちの荷馬車を、バルドメロは本部の玄関で見送った。もう笑ってはいなかった。
「……監査官殿。あんた、わしを潰す気か」
「いいえ。記録を読む気です。記録があなたを潰すかどうかは、記録が決めます」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
紙の経費から隠し倉庫を特定しました。帳簿は、紙を喰った量だけ正直です。
そして出てきた「王宮ルート」。ビラの紙と、つながりました。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、荷馬車三台分でも全件検分いたします。




