第15話:勅許状、開封
開封は、儀式ではなく、手続きである。
だから私は、手続きとして完璧に行うことにした。
立会人、四名。グレゴール・ヴァイスマン院長。ヴァン・ガレット。ミリィ・ロッタ。そして王都公証人組合から招いた、第一級公証人が一名。
検証事項、二点。『院の存続が王命によらずして脅かされていること』——宰相府の廃止決定通知、原本を呈示。『民の訴え、百を数うること』——受理台帳、全頁を公証人が検分。
「……検分の結果を申し上げる。要件二件、いずれも、満ちております」
公証人の宣言が、地下の石室に響いた。
台座の上の勅許状。三百年前の封蝋に、私は文書用の小刀を当てた。
手が、震えなかったと言えば嘘になる。〇・五ミリ程度は震えていたはずだ。記録の正確性のために申し添えておく。
封蝋が、割れた。
羊皮紙が、三百年ぶりに開かれる。インクは褪せていたが、王室書記官の手による文字は、一画も欠けていなかった。
『朕、オーレリウス、ヴェルガンドの王冠において命ず。
一。ギルド監査院の監査官は、王国内すべての職能組合に対し、予告なくして立ち入り、帳簿、名簿、その他一切の記録を検め、また押収する権を有す。
一。監査官は、働く者の対価、安全、および命の記録を偽りし組合に対し、その営業を停止せしめる権を有す。
一。何人も——貴族、騎士、聖職者、および朕の血を引く者といえども——監査官の検めを拒むことを得ず。
一。本権限は、王権の代行にあらず。王権に先立ちて働く者を守るための、独立の権なり。
後の世の監査官へ。
国庫は富み、また尽きる。王朝は興り、また滅ぶ。されど民の労働は、一日たりとも止まったことがない。ゆえに国の真の帳簿とは、金貨の出納にあらず。民が費やしたる時間の記録なり。
汝の職務は、その帳簿を正しく保つことである。それのみである。それが、すべてである』
誰も、しばらく口を開かなかった。
最初に動いたのは、ミリィだった。彼女は両手で口を覆い、それから震える声で言った。
「『朕の血を引く者といえども』って……お、王子さまも、ですか」
「条文上は、そうなります」
「ほっほ……建国王は、よほど身内が信用ならんかったと見えるのう」
ヴァンは、最後の一節を黙って読み返していた。
「……『民が費やしたる時間の記録』、か。あんたの言ってることと、同じだな」
「逆です。私が、三百年遅れて同じことを言っていたのです」
公証人が開封調書を作成し、全員が署名した。法的な手順は、これで完了。
残るは——通告である。
翌朝、九時零分。
私は王宮の行政会議室の扉を、叩いた。宰相府と各局の次官が居並ぶ、月次の行政会議。議題の四番目に『ギルド監査院の廃止について』が載っている、その席である。
「失礼します。議題四番について、当事者として資料を提出に参りました」
ざわめく議場の最奥で、オズワルド・グレインの片眼鏡が、こちらを向いた。
私は議長席まで歩き、書類を三部、置いた。勅許状の公証写し。開封調書。そして、要件充足の証拠一式。
「ご確認ください。建国王オーレリウス一世の勅許により、ギルド監査院の全権限は本日付で復旧しています。勅許は現行法上、王命と同位の効力を持ちます。これを廃止するには行政措置では足りず、現国王陛下の御名による廃止勅令が必要です。——つきましては議題四番は、要件不備により審議不能かと」
宰相府の次官が、写しを引ったくるように取り、読み、顔色を変えた。法務の官僚が回し読みし、誰かが「本物だ」と呟いた。
オズワルドだけが、写しを手に取らなかった。彼は私を見ていた。長く、静かに。やがて、彼は息を一つ吐いて、議長に言った。
「……議題四番の、取り下げを進言します。要件不備です」
議場を出る私と、すれ違いざま、彼は低く言った。
「——三百年前の紙を、掘り起こしたか」
「ええ。教わった通りに。『監査官は、書庫の一番深いところから読め』と」
「……教えすぎたと言ったろう」
その足で、私は連盟本部へ向かい、掲示板に一枚の公示を貼った。
王都中の斡旋所に、同じものが今日中に貼られる。
『公示第一号。
ギルド監査院は、勅許に基づく全権限の復旧を宣言する。
本日より、王都のすべてのギルドは、当院の臨検に服する。
ヘリオン商会及び傘下各ギルドにおかれては、心当たりのある帳簿の「整理」はお控えいただきたい。証拠隠滅は、罪状を一つ増やすだけである。
なお、働く者からの告発は、本日も受け付けている。
——王都のギルドはすべて、私の管轄です。
ギルド監査院 監査官 アデル・クロイツェル』
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
三百年ものの債権、回収手続きを開始しました。
「王都のギルドはすべて、私の管轄です」——次話より、反撃編です。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)に対する当院の感謝も、王命と同位の効力を持ちます。




