8話 兵隊の部屋
——ズゥゥゥン♬♬♬!!
「……な、なんだこれっ?!」
突如、爆音の行進曲が部屋中に鳴り響いた。
「……た…い……め!」
マルが何か言ってるけど、全く聞こえない。
兵隊達の様子が気になって後ろを振り返ると、彼らは音楽に合わせて行進を始めていた。
何だこの、カオスな状況っ!
——そう思った時だった。
ビュンッ!
俺の頭上スレスレを、何かが猛スピードで通過していった。
「えっ……」
そのまま兵隊達の元へと飛んでいったのは、マルのフラフープだった。
——ガシャーンッ!!
衝撃音と共に、兵隊達が弾け飛ぶ。
「嘘だろおいっ!大丈夫かよ?!」
咄嗟に駆け寄ろうとしたが、兵隊達は何事もなかったかのように立ち上がると、再び[スタート]の看板のところにサッと並んだ。
すると、爆音の行進曲の音が少し小さくなった。
「残り回数〜2回〜!!」
部屋中に響き渡る、謎のカウントダウンのアナウンス。
これは、なんの回数だ……?
考える間もなく、マルはフラフープを放り投げる。
ビュンッ!
あっぶねっ……!
慌ててルービックキューブの面を、上にスライドさせた。
カチャ……
バコンッ!
フラフープは天井へと飛んでいく。その光景に、少し違和感を覚えた。
ゼンマイのおもちゃと戦った時は、一回の衝撃でペシャンコに潰れて覚醒が解かれた。
だけどフラフープは、二次試験の時も俺の攻撃では覚醒は解かれなかった。
さっきは攻撃が出来た嬉しさで、この事に気付けなかったけど、よく考えたらおかしい。同じように攻撃してるのに、どうして……?
考えたいのに、また次の攻撃がやってくる。
カチャ…
バコンッ!
カチャ…
バコンッ!
何度衝撃を与えても、フラフープの覚醒は解かれない。
それにさっきからマルは、何故か俺のスレスレのところを掠めてくる。
一度も直撃してこないのは、何故なんだ?
思い出されるのは、兵隊が弾け飛んだ最初の攻撃。もしかして、狙いは俺じゃなくて……兵隊?
[スタート]と[ゴール]の看板と、兵隊の行進の意味……
「……!!」
バラバラだった情報が、一つの線に繋がった。
この試験は、兵隊が無事にゴールするまで守り切れって事かもしれない。
だったら、あのカウントダウンは、俺が挑戦できる残り回数か?
そんな考えが浮かんだ時だった。
——ビュンッ!!
マルのフラフープが、今までの比じゃない速さで飛んできた。
兵隊を守るためにも、とにかくフラフープの覚醒を解かねぇと!
俺は急いで、適当にルービックキューブの面をずらす。
カチャ……
コンッ。
は……?
さっきまではフラフープを弾くことが出来ていたのに、今度は僅かに軌道が変わっただけだった。そのまま勢いを落とさず、進んでいくフラフープ。
まずいまずいまずい……!このままじゃ、また兵隊にぶつかる!
そう思った時には、もう手遅れだった。
ガシャーンッ!!
目の前で、兵隊達は再び弾き飛ばされてしまった。
「残り回数〜1回〜!!」
兵隊がスタート地点に戻るのと同時に、カウントダウンのアナウンスが流れる。
もう、あとがない……!
頭を悩ませる俺に、マルは時間を与えてくれない。休む暇もなく、フラフープは猛スピードで迫って来る。
……もうこうなったら、小さな衝撃でもいいから連撃するしかねぇ!
カチャ…カチャ…カチャ…
コンッ…コンッ…コンッ…
苦肉の策で連続して適当に面をずらすが、フラフープは少しずつ兵隊に距離を詰めていく。
くそっ、このままじゃ……!
焦りながら面をずらした次の瞬間……
——バコンッ!
聞き覚えのある衝撃音が響いたと共に、フラフープが弾け飛んだ。
「……え?」
パッと手元を見ると、ルービックキューブの一面の色が揃っている事に気がついた。
もしかして、面を揃えれば強い衝撃が出るのか……?
咄嗟にルービックキューブを回しながら、面の並びを確認しようと試みる。
手元に集中しながらフラフープも見るとか、マジできっつい!
カチャカチャ……
コンッコンッ……
もはやフラフープを見る余裕はなく、一瞬だけ自分の手元に9割意識を集中させた。
ここがこうで、次がこう……よしっ、二面が揃った!
指で面を下にスライドさせる。
——バコンッ!!
一面揃えた時よりも大きな衝撃音が鳴り響き、フラフープが勢い良く床に叩きつけられる。
だけど、まだ覚醒は解けない。
……マジかよ。これでも解けねぇのかよ!
再びルービックキューブに視線を向け、面をずらそうとした時だった。
——ババァァァン♬♬♬!!
突然大きなシンバル音が聞こえたと思ったら……
「コウシンカンリョウ!」
そんな言葉が聞こえて来た。
パッと後ろを振り返ると、[ゴール]の看板が盛大に照らされていた。
あいつら、ゴール出来たのか?!
そう思った直後——
「〈輪〉、プレイ解除。」
マルが発した言葉と共に、フラフープが元の大きさに戻っていく。
これは、試験は終わったって事だよな……
結局自分の力で、フラフープの覚醒を解くことはできなかった。
くそっ、これじゃ試験は……
頭の中で悪い考えばかりが膨らんでいく俺の目の前に、突然兵隊達が一列に並び出した。
「セイレツ!」
「……?」
「コウシンノゴキョウリョク、カンシャシマス。」
「ケイレイ!」
「「「アリガトウゴザイマシタ!」」」
そう言って、彼らは敬礼をしてくれた。
「あっ、こちらこそ……?」
あまりにも唐突で、なんて答えればいいか分からなかった結果、いつの間にか自分も彼らにつられて敬礼していた。
背後でマルがくすっと、小さく笑う声が聞こえた。それに反応して、敬礼していた手をパッと戻す。
「ロクさん」
名前を呼ばれて背筋が伸びた。
これでもう、決まっちまうんだよな……
段々と、鼓動が早まっていく。
兵隊の行進を守り切るだけの試験だったら、まだ可能性はある。でも、そうじゃなかったら……?
どんどん不安になっていく気持ちを抑えて、恐る恐るマルに視線を向ける。
「まずは、本当にお疲れ様でした」
「あ、…ありがとうございます」
彼女に軽く会釈をした。
「そ、それで、試験結果は……?」
気になり過ぎて自分から聞かずにはいられない俺に、マルはゆっくりと口を開く。
「試験結果を発表……する前に!」
……何だよ、その前置き!
手に持っていたルービックキューブを、思わず落としそうになった。
「焦らすのかよ……早く知りてぇんだけど?」
結果を急かす俺に、マルは片手で制した。
「まずは、この試験の採点基準についてです」
「あぁ、確かにそれは気になる……」
合格するかどうかも、これで大体分かるしな。自分の心を落ち着けるために、一度小さく息を吐くとマルは説明を始めた。
「ロクさんも気づいていらしたと思いますが、採点基準は、行進する兵隊達をゴールするまで守り切れるかどうか」
「……え、それだけ?」
それならばと、期待を掛けて目を輝かせる。
だけど、現実はそう甘くない。
——「それと」
聞こえてきたその言葉に、嫌な汗が滲んだ。
「差し迫った場面で、どう対処をするのかを見ていました」
差し迫った場面……?
「……どういう事だ?」
「アナウンスのカウントダウンが、試験に挑戦できる残り回数。それにロクさんが気づく頃を見計らって、私は攻撃速度を意図的に上げました」
「あの時のは、意図して攻撃速度を上げてたのか……!」
「はい。攻撃速度を上げると、比例して衝撃を弾く力も強くなります。そのため、途中からロクさんの攻撃は効かなくなりましたよね?」
「あれは、そういう事だったのか」
「そうです。窮地に立たされると、人は本性が出ます。ロクさんはあの場面でも思考を止めず、武器の更なる力を探し当てました。これは本当に素晴らしい事です」
マルの言う通りだ。あの時、窮地に立たされたからこそ、俺は一面を揃える事で衝撃の威力が上がることに気づけた。ってことは……
「……試験の結果は?」
マルをじっと見つめて、次の言葉を待つ。
「最終試験の結果は……」
少しの期待で胸が高鳴る。その反面、不安な気持ちを隠すようにルービックキューブを握りしめた。彼女のその先の言葉は……
——「……合格です!」
「……っ!!」
嬉しいはずなのに、驚きが勝って実感が湧かない。待っていたはずの言葉なのに、どこか信じられない。矛盾だらけの心の中。
目を見開いたまま固まっている俺に、マルは確信をくれる言葉をかけた。
「ロクさん……トイカルマ入隊、おめでとうございます!」
——それは、これ以上ない祝福の言葉だった。




