35話 決意と願い
◇ユイside◇
暫く2人で泣きじゃくっていると、消防車や救急車、パトカーなどのサイレンの音が聞こえてきた。
消防隊が消火活動を始めると、俺達は念のため病院で検査を受けるよう指示された。ヨロズはその場から離れることを嫌がったが、俺と救急隊で半ば強制的に救急車へと乗せた。
病院に到着し採血や診察をしてもらった結果、二人とも特に問題なかったが、軽い点滴だけ受けることになった。
隣のベッドに横になりながら窓の外をぼんやりと見つめるヨロズは、病院に着いてから一言も言葉を発さなかった。
――トントン
不意に、個室の扉をノックする音が聞こえた。
「……はい」
「失礼します。体調は大丈夫かしら?」
扉の奥から顔を覗かせたのは、点滴を打ってくれた看護師さん。
「まぁ……」
短く返事をした俺に、看護師さんは優しく微笑み言葉を続けた。
「それなら一安心やね……。実は今、あなた達とお話がしたいって警察の人が来とるんやけど、どうする?しんどそうなら……」
「連れてきてください」
看護師さんの言葉を遮るように、ヨロズはここに来て初めて口を開いた。思わず看護師さんと俺は目を合わせた。
「ヨロズ……」
「お願いします」
俺の言葉も聞き入れず、早口に答えたヨロズの声は、聞いた事のない冷たい声をしとった。
再び看護師さんと目を合わせた俺は、黙って静かに頷いた。
――「こちらの部屋です」
数分後、看護師さんの声と同時に扉が開いた。すると扉の向こうから現れたのは、左右に白と黒でかっちり分けられた髪が印象的な、スーツを着た長身の男性やった。
「失礼します。こんにちは、初めまして。私は警察官のヘレスと申します」
ヘレスと名乗った男性は、俺達に軽く頭を下げた。
「どうも……」
彼をじっと見つめながら、俺は短く言葉を返した。
「ヘレスさん、あの……お母さんとお父さんは……?」
ヨロズの問いかけに、へレスさんは無言で首を横に振った。
「……っ!」
ヨロズは両手で顔を覆った。そして立てていた膝の上に顔を埋めて、声を漏らして泣き始めた。
俺は……覚悟はしていたつもりやった。さっきだって、涙が枯れるほど泣いた。それやのに、鼻の奥がツーンとして視界がぼんやりと滲んでいく。
零れ落ちそうになった涙を、なんとか上を向いて堪える。そして隣のベッドに移動して、ヨロズの頭にそっと自分の手を乗せた。
”お前だけは、何があっても俺が守る。だから、お前だけは絶対に俺の元から離れていかんでな……”
そんな決意と願い。2つの想いを同時に自分の手に込め、ヨロズの頭を撫でた。
結局この日は、ヘレスさんには申し訳ないが帰ってもらうことにした。俺達家族が事故に遭った場所は、元々車の通りが少なく目撃者もいなかったことから、翌日改めてヘレスさんと話をすることになった。
その日の晩、泣き疲れて眠りについたヨロズの隣で、俺はひどい頭痛に襲われた。辛い痛みと同時に、頭の中では事故当時の様子が永遠と再生され続けた。
迫ってくる大型トラック、ヨロズと母さんの叫び声、絶望の表情で俺達の名前を叫ぶ両親の姿……。
激しい頭痛はだんだんと吐き気へと変わり、俺はそっとベッドから立ち上がり、トイレの中で何度も吐いた。
「はぁ……はぁ……」
暫く吐き続け胃の中が空っぽになると、ようやく頭痛と吐き気から解放された。ここでやっと冷静になって、その後の様子を思い返してみる。
……俺達2人だけを助け出してくれたあの謎の光と、落下する看板を真っ二つに切り裂いた風を切る音。
「あれは一体何や……?」
水でゆすいだ口を拭いながら呟いた疑問は、暗い病室の中に静かに溶けていった。
――「それでは昨日の事故について、話せる範囲でいいから聞かせてもらえるかい?」
翌日、再び病室に現れたヘレスさんに、俺達は事故の状況について説明した。ヘレスさんは机の上に広げた手帳にメモを取りながら、真剣に話を聞いとった。
ヨロズは途中でしんどそうにしながらも、俺から離れることなく隣に座っていた。
一通り事故の全貌を話し終えた後、俺は昨日からずっと考えていた事を、ヘレスさんに聞いてみることにした。
「あの、俺達を助けてくれたあの光や、看板を切り裂いたあの音は何やったんですかね……?」
「んー……その光が現れた時、君たちは何か持っていたりしたかい?」
「……はい。妹は、万華鏡を。俺はこのダーツを持ってました」
そう答えながら、俺はダーツをヘレスさんの前に差し出した。
「万華鏡にダーツか……。もしかしたら、そのおもちゃが君達を守ってくれたのかもしれないね……?」
「それって……」
「覚醒した可能性があるってことだ」
頭に浮かんだ一つの可能性を、ヘレスさんがそのまま言葉にした。咄嗟にヨロズに目を向けると、彼女も驚いたように口を開きながら万華鏡を凝視していた。
「TMI本部にある覚醒届出センターで、検査を受けに行ってみようか。そしたら君の疑問も晴れると思うよ」
ヘレスさんのその言葉をきっかけに、俺達はTMIへと行ってみることにした。
* * *
ヘレスさんの運転でTMI本部に着いた俺達は、真っ直ぐに覚醒届出センターへと連れて行かれた。そのまま係員さんに俺達の事情を軽く説明してもらうと、すぐに検査にかけてもらうことになった。
検査の結果、万華鏡もダーツも空間操作型の覚醒反応が確認された。
そしてその場で迫られた”トイカルマの入隊試験を受けるか、覚醒の永久解除をするか”の選択……
――俺は、入隊試験を受けることを即決した。
理由は単純。両親がいなくなってしまった俺達は、親戚に引き取られる事になると思ったから。
……俺はそれがどうしても嫌だった。
両親と一緒に過ごした思い出の詰まった家を離れ、よく知りもしない他人の家で生活するなんて、想像しただけでも耐えられる気がせえへんかった。でも、トイカルマに入隊できるなら話は変わる。自分で金を稼げば、ヨロズと2人であの家で生活できると思った。
「……ヨロズ、俺は試験を受けようと思う。でもお前は試験なんか受けんでええ」
俺のその言葉に、ヨロズはブンブンと首を横に振った。
「なんでや!そんなんおかしいやろ?お兄ちゃんが試験を受けるなら、うちも受ける!」
「はぁ?そんなん言うたって無理やろ。お前はまだ9歳の子供やで?運動だってろくに出来ひんやつが、試験なんて受けたって受かるはずないやろ?仮にもし奇跡が起きて受かったとして、アビュサーなんかと戦えるわけない」
強めに言い切ったのは、ヨロズにはもう二度と危険な目にあってほしくなかったから。だがそんな俺に、ヨロズは涙を滲ませながら首を横に振った。
「嫌や!受ける!それか、そんなにうちが試験を受けるのが嫌なら、二人とも覚醒の永久解除や!」
「……それは出来ひん。お前とあの家で暮らしていくためには、自立せなあかん」
「でも……」
「だから頼む。試験は俺だけが受ける。分かってくれ……」
言葉に詰まったヨロズの肩に手を乗せ、諭すように言葉をかける。それでもヨロズはしきりに首を横に振り、俺の手を振り払い、係員へ真っ直ぐな視線を向けてこう言い放った。
――「私達、二人とも入隊試験受けます!」




