36話 姿を消した日
「アホ!何言うてんねん!」
ヨロズが試験を受けると宣言した直後、俺は必死に説得を試みたが、当の本人は父親譲りの頑固さで一切聞く耳を持たなかった。
そして、すぐに試験が始まったのだが――
「いやーーーやーーーー!!うえぇぇぇええん!!」
結果的にヨロズは試験に落ちて、俺は合格した。
それもそのはず。ヨロズの武器は人や物を転送するのみで、避けることは出来ても攻撃は一切できひん武器やったから。そのため、試験に設定されとった時間切れによって、ヨロズは不合格になった。
床に座り込み、大声で泣き叫ぶヨロズを見ながら、俺は正直ホッとした。
「なぁ……そろそろ、泣きやまへん?」
試験が終わって暫くしても一向に泣き止まへんヨロズに、ついに俺は痺れを切らした。
「……」
ヨロズの前にしゃがみ込んで顔を覗き込んでみるも、ガン無視される始末。
「ヨロズ……」
「嫌なもんは嫌なんや!」
「駄々捏ねんなや……迷惑やろ?」
俺は蹲るヨロズを、無理やり引っ張り上げて立たせた。
「あのなぁ、泣いたってどうにもならへん。分かっとるやろ?」
「……うん」
「よし、ええ子や。ほな、永久解除しに行くで」
「……」
ヨロズは不服そうな表情を浮かべながらも、ようやく頷いてくれた。俺はそんな妹の頭に一度ポンと手を乗せた後、一緒に万華鏡の覚醒の永久解除をしに向かった。
永久解除をさせている間、俺達は覚醒の条件とやらを係員から聞いた。その話の最中、ヨロズは事故の瞬間「ここから今すぐ逃げんと!」って思ったことが万華鏡の覚醒に繋がったのではないかと話していた。
数分後に覚醒が解かれた万華鏡が戻ってくると、俺達は二人同時に万華鏡に向かって「ありがとうな」とお礼を伝えた。
それからの日々は、両親がいない寂しさを感じることがありつつも、2人で協力しながら毎日それなりに楽しく過ごしていた。
俺がトイカルマに入隊したことで、自立した生活が送れるからと親戚に説得し、俺達はなんとか両親と共に過ごした家で生活する事を許された。
ヨロズは近所の人達に協力してもらいながら家事を覚えて、一通り何でも出来るようになった。俺は俺で、トイカルマの仲間達と日々トレーニングやパトロールをこなす日常にも慣れ、充実した日々を送っていた。
そんな生活を始めて一年が経った頃。
――ヨロズは万華鏡と一緒に、突然俺の前から姿を消した。
* * *
「その後は、御三方が知ってる通りや。俺は隊長に泣きついて、トイカルマの部隊とモニタールーム、警察にも捜索を願い出た。だけどヨロズを見つけることは、叶わんかった。俺はずっとヨロズの帰りを待って、未だに1人であの家に住み続けとる……って、つい長々と話してもうたわ」
ユイはそう言って話を終わらせると、無意識のうちにずっと握りしめていたダーツをそっと懐にしまった。
「……話してくれてありがとな、ユイ」
そっと呟いたバンリの隣では、ルカが静かに頬を濡らしていた。
「……なんでルカが泣いとんねん」
「ごめ……」
「ユイ」
慌てて涙を拭うルカを横目に、今度はヴェロナ隊長がユイに声を掛けた。
「はい」
「お前が先程報告した光の輪とやらだが……それは、ヨロズの万華鏡の光と同じものだったと思うか?」
隊長のその質問に、ユイはそっと視線を俯けた。
「……間違いないと思います。相手しとったアビュサー2人も”ヨロズ”って呼んどったし、あの光は俺の記憶に鮮明に残っとったものと全く同じやった」
「そうか……覚醒の永久解除をした武器をどうやって……」
ヴェロナ隊長は一つ息を吐き、言葉を続けた。
「先程の話に出てきた、ヘレスという刑事とは、今でも連絡取ったりしとるのか?」
「いえ。ヘレスさんとは、俺達が事故にあってから数ヶ月後に一度会ったきりです。突然、刑事の仕事を辞める言うてわざわざ挨拶しに来てくれはったんです。事情とかは特に聞かへんかったし、その後は一度も……」
ユイの返事を聞いたヴェロナ隊長は、そっとバンリとルカに目配せをした。すると今度は、バンリが口を開いた。
「ユイ。お前に、話しておきたいことがある」
ユイが静かにバンリに視線を向ける。
「何や……?」
「プレストのボスの名前だ」
「ボスの名前……?」
「ああ。現時点でそれを知っているのは、公安の数人と俺達だけ。イージス達、特玩課の警察官もまだ知らない」
バンリのその言葉に、ユイは思わず喉の奥を鳴らした。
「……他言はせえへん。だから早よ言えや」
そう言って鋭い視線を向けたユイに、バンリがそっとその名を呟いた。
――「元警察官、特殊玩具犯罪捜査課刑事のヘレスって男だ」
その名を聞いた瞬間、ユイの頭の中には自分やヨロズに向かって優しく微笑むヘレスの顔が浮かんだ。それと同時に、激しい頭痛と吐き気が込み上げてきて、ユイはその場に手をついて倒れ込んだ。
「ユイ……!」
ルカが慌ててユイの元へと駆け寄るも、ユイは頭を抑えながら苦しそうな表情を浮かべた。
「嘘やろ……ヘレスさんが……?じゃあ、ヨロズもヘレスさんに……?」
呼吸を荒げるユイの元へ、バンリがそっと歩み寄った。
「恐らくお前の考えが正しいと思う」
「なんでだよ!なんで……!!」
ゴン!と勢いよく床を殴りつけたユイの姿を、三人は黙ってじっと見つめた。
沈黙を最初に破ったのは、ヴェロナ隊長だった。
「……ユイ。お前の妹はプレスト側に捕らわれているのか、それとも自分の意志で行ってしまったのかは、現時点では明確な判断できん。……もし後者だった場合、お前はどうする?」
隊長のその問いかけに、ユイは俯けていた顔をゆっくりと上げた。
「……ずっとそこが疑問やった。ヨロズはどうして突然俺の前から姿を消したのか、今でも毎日考えとる。それこそ、自分の意志で俺から離れてったのかとか……。でも、そうだとしたら理由が全く分からへん。だから俺は、俺がちゃんと納得出来る理由があるのかを、あいつに直接聞きたい」
「もしそれで、納得してしまう理由があったとしたら……?」
隊長は再びユイに問いかけた。ユイはそれに対し、迷いのない強い視線で隊長を見上げた。
「そしたら謝る……!死ぬほど謝って、どうにかして自分のもとに連れ戻す!!」
力強く言い切ったその言葉に、その場にいた三人は自然と口角が上がった。
「さすがはうちの、ナンバーワンだなぁ」
バンリはどこか嬉しそうに、そんな言葉を発した。
「そうこなくっちゃ!」
ルカがそう言って軽く肩を小突くと、ユイは少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
そんな三人の様子を、ヴェロナ隊長は目を細めながら見つめた。だがすぐに咳払いをして、いつもの強面の表情に戻った。
――「今からお前ら三人に、改めて命令を下す」
隊長のその言葉に、瞬時に三人は背筋を正して視線を向けた。
「まずはユイ。チャックとロクを休ませる間、お前は戦闘訓練について隊員たちの育成に回ってくれ」
「了解」
「ルカ。お前は警察と情報交換しながら、今日の報告で得たアビュサー2人と、プレストの捜索を引き続き頼む」
「了解」
「最後にバンリ。お前は引き続き、隊員たちの指揮をとってくれ。それからあの件も……頼んだぞ?」
「了解」
「それでは解散!」
隊長がその言葉を口にした瞬間、三人はいっせいに敬礼をした。そしてその場からすぐに退散した。
* * *
普段は誰もいないはずのTMIの屋上。気持ちの良い風が吹き抜けるこの静かな場所で、片耳にイヤホンを差し込み、独り言を呟くトイカルマのユニフォームを着た女の姿があった。
紫色の髪に隠れて彼女の表情は見えないが、イヤホンから聞こえたのは自身と妹の過去について語るユイの声だった。
これは先程、ユイの襟元にそっと彼女が付けたマイクと無線で繋がれていた。
「ヨロズさんの万華鏡が、ユイを……」
そう言って、分厚い眼鏡をカチャッと指先で整えた彼女は、そっとフラフープを握りしめてその場から立ち去った。




