34話 フルーツタルト
◇ユイside◇
ヨロズは、4つ年の離れた俺の実の妹。実家は寺院で、母親と父親と俺達二人。どこにでもいる普通の家族やった。
ヨロズは昔から俺にべったりで、いつも後を追いかけて来ては、よく転んで泣いたりしとった。
ある日は、俺が川にある岩を飛び越えて遊んでたら、ヨロズはそれを真似して足を滑らせ、川に流されそうになった。俺は慌てて川に飛び込み、なんとか妹を助け出した。
ヨロズは相当怖かったのか、岩の上で大号泣したまま動かなくなった妹を、やっとの思いで連れ帰った。
またある日は、近所の友達と遊んどる最中に、駆け寄ってきたヨロズの顔面にボールが命中して大号泣。おまけにそのボールに足を滑らせ、ヨロズはそのまま足を挫いた。仕方なくおぶって帰った俺が、何故か母親に怒られた。
世話の焼ける妹の面倒を見るのは、正直辛いと思う事もあったが、不思議と嫌いにはなれんかった。
——だけど、そんな平和な日々を過ごしていた俺たちに、不幸は突然やってきた。
今から8年前。俺が当時13歳で、ヨロズが9歳の時のこと。その日は、家族で久々の旅行に出かける予定やった。
「ねぇお兄ちゃん!今日の晩ご飯めっちゃ楽しみなんやけど!」
父親が運転する車の中、随分と興奮気味な様子のヨロズの隣で、俺はサンタからもらったお気に入りのダーツを、指先でクルクルと回しながら大欠伸をしとった。
「ふあぁ……。お前なぁ、さっき朝飯食ったばっかやで?食い意地張りすぎやろ……」
チラリと横目でパンフレットを覗き込みながら、呆れたように溜息をつくと、助手席に座っていた母親からクスクスと笑う声が漏れ聞こえてきた。
「べ、別にええやん!楽しみなんは人それぞれやし……」
ヨロズはそう言って少し頬を膨らませると、いじけた様子で自身の宝物である万華鏡を覗き込んだ。その万華鏡もまた、クリスマスの日にサンタからもらったものやった。
――シャラン
ヨロズが万華鏡を回転させる。
「わぁーーー!お兄ちゃん、見て!フルーツタルトみたいになってんで!」
さっきまでいじけた様子だったのに、一瞬で目を輝かせて俺の肩を元気よくバシバシと叩いてきた。すぐにコロコロ変わるヨロズの表情こそ、万華鏡みたいやななんて思いながら、渡されるがままにそれを受け取った。
片目を瞑り小さな穴から中を覗き込んでみると、赤や黄色、緑や紫の色がキラキラと輝きを放ちながらそこに存在していた。
「おお……!確かにフルーツタルトみたいやな」
思わず声を弾ませた俺に、ヨロズは満足そうに微笑んだ。
「なぁ、兄ちゃん。万華鏡って二度と同じ模様は見れへんて知っとる?」
「へぇーそうなん?」
「うん。だからこのフルーツタルトは、もう二度と見れないんやで」
「ふーん……なんかちょっと寂しいなぁ」
俺のその発言に、ヨロズは小さく笑った。
「そうやろ?だからこのフルーツタルトの輝きを忘れないためにも、今夜のデザートはフルーツタルト食べるしかないなぁ!」
「ぷっ……!なんやねんそれ、結局は食い意地やん!」
ヨロズのブレない食い意地に、思わず吹き出してしまった時だった。
――パァァァーーーッ!!
盛大なクラクションの音が、耳に鳴り響いた。
「きゃぁぁぁああああ!!」
母さんとヨロズの悲鳴と共に、真正面から大型トラックが突っ込んで来るのが見えた。
「ユイ!!ヨロズ……!!」
両親が絶望に満ちた表情で振り返り、俺達二人の名前を叫んだ。
その瞬間――
シャラン……
不意に、耳馴染みのあるガラス片がぶつかり合う音が響いた。それと同時に、突然目を開けていられないほど眩い光が、俺とヨロズを包み込んだ。
「……っ!?」
瞬きの一瞬。
次に目を開いた時には、何故か俺とヨロズは道路の上に尻もちを付いていた。
「あ……れ……?」
さっきまで車の中にいたはずやのに……
自分の身に起きた事が理解できず、困惑しながらヨロズに視線を向けると、彼女は万華鏡をギュッと握りしめながら、呆然と前方を見つめていた。
ヨロズの視線をゆっくりと辿っていく。
その先に見えたのは、勢いよく燃え上がる炎の中で、窓ガラスが粉々に割れているトラック。
そして――
ドクン……
トラックの隣には、見慣れた白いワンボックスの車がグシャッと潰れた状態で横転しているのが見えた。
「……嘘やろ」
目の前に広がる現実を、脳が理解するのを拒んだ。
……これは悪い夢や。寝てるなら、今すぐに目ぇ覚ませ!
心の中で必死に夢であることを願い、ゴシゴシと服の袖で強く目を擦る。だけど、悪夢のような現実から逃れることは出来んかった。
「お父さん……!お母さん……!」
隣に居るヨロズが、両親を呼びながらフラフラと立ち上がった。そのまま燃え盛る炎に向かって歩き出した姿を見て、ハッとして我に返った。
「待て!行くな……!」
咄嗟に呼び止めるも、まるで俺の言葉が聞こえていないかのように、ヨロズはおぼつかない足取りで歩き続ける。
「おい!危険や!行くなヨロズ……!」
今すぐに走って止めに行かなあかんのに、ガタガタと体が震えて足に力が入らへんかった。
一歩、また一歩とヨロズが近づいていく先では、道路沿いに建てられた看板が、今にも焼け落ちそうになっとった。
このままじゃ、ヨロズまで……!あの看板をなんとかせんと!
そう思って手に持っていたダーツを、ギュッと握りしめたその時やった――
グラッ……
看板が大きく傾いた。そのすぐ下には、煙の中を咳き込みながら突き進んでいくヨロズの姿があった。
「ヨロズ……!!」
彼女の名前を叫んだ直後、先程までの震えが嘘だったかのように、体が勝手に走り出した。
"今すぐあの看板をぶった斬りてぇ……!"
そんな思いで走りながら、闇雲にダーツを構えた次の瞬間……
――ヒュン!
手元から離れてもいないダーツから、風を切るような音だけが耳に響いた。それと同時に、ヨロズの頭上に迫った大きな看板が一瞬で真っ二つに切り裂かれた。
「へ……?」
ヨロズは自分のすぐ横に落ちてきた看板を見て、我に返ったような声を漏らした。俺自身も自分が何をしたのか全く理解しとらんかったが、この時はそんなのは気にしている場合やなかった。
「ヨロズ……!!」
やっと足を止めた妹の腕を力一杯自分の元へと引き寄せ、その場から急いで離れた。
「おい!こっちに子供が居るぞ!」
「なんやて!?お前達大丈夫か!」
黒煙の中を必死に抜け出した俺達に、続々と車から降りてきた人達が声を掛けてきた。
「あの炎の中に……まだ……母さん達が居る……」
力なく言葉を発した俺に向けられたのは、励ましの言葉ではなく哀れみの視線だけやった。
「……そうか。消防車呼んだから、君達は俺の車で待っとき……」
優しそうなおじさんにポンと軽く背中を押され、俺達は無言のままその車の後部座席に並んで座った。
「ひっく……ひっく……」
程なくして、隣から啜り泣く声が聞こえてきた。普段なら大きな声で思いっきり泣くヨロズが、膝を抱え込み声を押し殺すように泣いとった。それはまるで、悲しんではいけないと自分に言い聞かせているように見えた。
きっとヨロズの中では、泣いてしまったら両親との永遠の別れが決定してしまう気がしたんやろな……
「……」
初めて見る妹の姿に、俺は掛ける言葉を失った。
——だからこそ俺は、思いっきり泣き叫んでやった。
ヨロズが泣くのを我慢せんでええように。
そしてその泣き声が、誰にも聞こえへんように……




