33話 聞いてもいいか?
「重症者一名、すぐに治療を開始して!」
TMIの敷地に着いてすぐ、救急隊がロクを医務室へと運び出した。周りにはトイカルマの隊員達の姿もあり、担架に乗せられたロクの姿を心配そうな表情で見つめていた。
「ロク、大丈夫かな……」
チャックは、先程までユイに向けていた厳しい眼差しとは対照的に、自責の念を滲ませた弱々しい声を漏らした。そんな彼の頭に、ユイがポンと軽く手を乗せた。
「意識を失ってからそんなに経ってへん。きっとすぐに、回復してくれるはずや」
「……」
2人はそんな会話をしながら、担架で運ばれていくロクの無事を願って見送った。
「……なぁ、人の事ばっか気にせんと、お前のその手も相当しんどそうやで?」
慣れた手つきでお面を外したユイは、チャックの痛々しい手に視線を向けた。
「……ああ、僕は大丈夫。ロクと違って直接毒を刺されたわけじゃないから。それより、さっきの事を早く報告しに行かなくちゃだよね?あの光のワープは……」
「その癖、まだ治ってないんやな?」
チャックの話を途中で遮ったユイは、僅かに口角を上げた。
「お前は、嘘つくだけ饒舌になんねん」
「……!」
パッと視線をそらしたチャックの頭を、ユイが軽く小突いた。
「すんませーん!こいつも早急に診てほしいねんけど!」
ユイが近くにいた救急隊に向かって声を掛けた。
「ちょ……僕はいいって!」
「何言うてんねん!お前は今日めちゃくちゃ頑張った。もう我慢する必要はない」
「でも……」
「ええか?お前は他人に優しい反面、自分に厳しすぎや。暫く手首使えんよう、しっかり包帯でも巻いてもらい」
「……はい」
ユイの圧に押されるようにしてチャックが小さく返事をすると、すぐに救急隊が彼のもとに駆けつけた。
「ユイが一番辛いくせに……」
そんな言葉を残して医務室へと誘導されて行ったチャックを、ユイは苦笑いを浮かべて見送った。だが、チャックが見えなくなった途端、彼は爪が食い込むほどギュッと拳を握りしめ顔を俯けた。
――「お前がそんな落ち込んでんの、ひっさびさに見た気がすんなぁ」
聞き慣れたその声にユイが顔を上げると、眉を寄せて少し困ったように微笑むバンリと目が合った。
「……なんやねん。勝手に見んなや」
「珍しくってついなぁ」
いつもの調子でニヤリと口角をあげたバンリを見て、ユイは肩の力を抜くように小さく息を吐いた。
「……色々と、報告せなあかんことがある」
「色々とねぇ……?そんじゃ、ヴェロナのおっさんも呼ばねぇとなぁ」
「ああ、頼むわ」
そう言って、二人がトイカルマ本部へと向かおうとした時だった。
――「ユイ!バンリ!」
マルが珍しく大きな声で叫びながら、前髪を振り乱して二人のもとへと駆け寄ってきた。
「おう、マル」
肩で息をする彼女は、相当急いで来たのだろう。いつもはきっちりと着こなしているユニフォームがよれ、顎から滴り落ちる汗を手で拭っていた。
「チャックとロクさんがアビュサーに襲われたって……!2人は無事なんですか!?」
ユイの着物の襟を両手で掴みながら真剣な眼差しを向けるマルに、ユイは再び自責の念に駆られて視線を背けた。
そんな彼の代わりに口を開いたのは、バンリだった。
「ロクは毒をくらって重体。チャックは手首に大ダメージらしい」
バンリのその言葉に、マルは掴んでいたユイの着物からそっと手を離した。
「……そんな」
ヘナヘナとその場に膝をついて座り込んだマルは、両手で顔を覆った。
そんな彼女の肩に、バンリがポンっと自分の手を乗せた。
「マル、落ち込む気持ちは分かるが、今はあいつらが無事に復活する事を願うしかねぇよ。治療が終わったら、みんなで見舞いにでも行こうぜ。……な?」
「……はい」
マルはか細い声で言葉を返すと、バンリから差し伸べられた手を握って立ち上がり、再びユイに視線を向けた。
「……ユイ、取り乱してしまい申し訳ありませんでした」
そう言ってマルはユイの襟元に手を伸ばし、乱れた着物を整えた。
「いや……」
ユイが返す言葉に困っていたのを見かねたバンリは、彼の背中をそっと押して、その場から立ち去った。
* * *
TMI本部、最上階にある会議室。
現在この場所には、トイカルマ隊長のヴェロナ、戦義官のバンリ、監視官のルカ、医務官のサーノの幹部三名の他、特殊玩具犯罪捜査課(通称:特玩課)監理官のイージス、そしてユイが集まっていた。
――「報告は以上です」
静まり返った部屋の中に、ユイの声だけが静かに響いた。
「ユイ、迅速な報告感謝する」
ヴェロナ隊長は落ち着いた表情で、ユイに言葉を返した。
「……サーノ、襲われた二人の容態は?」
隊長のその問いかけに、サーノは腰ほどまである白い髪を掻き上げながら、カルテに視線を向け答えた。
「ロク君は全身に毒が回っており、神経麻痺を起こしていましたが命に別状はないです。数日は様子を見ますが、明日にでも目を覚ますでしょう。チャック君は手首の損傷が酷く骨も折れていたため、暫くは固定して過ごしてもらいます」
「そうか……二人ともとにかく無事で安心したわい。完治するまでは、しっかり療養させるように頼んだぞ」
「承知いたしました。それでは私はこれで失礼いたしますが……ユイ君も念のため、あとで医務室に来てちょうだいね?」
サーノはそう言って、ユイに念を押すように指さした。
「……おっす」
ユイは特段何か怪我をした訳ではなかったが、彼女からの圧に負けて仕方なく返事をした。それに満足そうな笑みを浮かべたサーノは、ほんのり甘い香りを残して颯爽と会議室から立ち去った。
「それにしても、厄介な事になってきた……」
隊長は視線を落とし、囁くような独り言を呟いた。
「アビュサーはこれまで様々な悪事を働いてきたが、遂にトイカルマの隊員にまで手を出して来るとはなぁ」
バンリの言葉に、ルカは不安そうに瞳を揺らした。
「ユイ君が捕まえた四人のアビュサー達は、警察の方で迅速に取調べを進めます。また他に何か分かり次第、情報の共有をお願いします」
イージスはそう言って敬礼し、サーノに続くようにその場から退出した。彼の背中を見送った隊長とルカとバンリは、ユイへと視線を向けた。
「……さて、そろそろ聞いてもいいか?」
バンリがそっとユイに問いかける。
「……ヨロズのことやろ」
ユイは自嘲気味に笑いながら、吐き捨てるように答えた。
「すまんがユイ、これはもうお前だけの問題ではなくなった。だから聞かせてくれ……」
ヴェロナ隊長は、小さく息を吐き言葉を続けた。
――「お前の実の妹、ヨロズについて知る限り全てを」
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