32話 ちゃんと管理しなよ
「ロク……ロク……!」
「おい、しっかりせぇ!」
コスミンとエースが謎の光に包まれ姿を消して間もなく、ロクは意識を失った。
チャックの手はかなり酷く腫れ上がっているため、敷を使って彼を運ぶことは出来ず、ユイがロクを背負って走り出した。
「ロク……どうしよう……僕のせいだ……」
自分を責めるチャックに、ユイは勢いよく否定の言葉を返した。
「お前のせいやないやろ!そんなん言うたら、俺が財布を盗まれたせい……あっ」
「……え?」
思ってもみなかったユイの発言に、チャックは眉を寄せた。
「……財布は、家に忘れたんじゃなかったの?」
「……」
気まずそうに視線を背けたユイに、チャックが詰め寄る。
「ちゃんと説明して」
ジロリと睨みつけるチャックに、ユイは観念して喋り始めた。
* * *
ユイside
数十分前_。
食堂で財布が無いことに気づいた俺は、内心めちゃくちゃ焦っていた。
ロクとチャックには、「財布を家に忘れた」と伝えたが、実際は家から出た後に朝食を買っているため、なくしたが正しかった。でもそんなの、後輩達に正直に言えるわけもなく、1人途方に暮れていた。
今朝のことを、必死に頭の中で思い返す。
……今朝は、緊急会議のせいで早起きやったから、家にいたら二度寝する思って、公園で朝飯を……
「あ!」
……まさかあの時、ベンチに置いてきた!?
慌てて公園に行ってみると、朝座っていたベンチの上に自分の財布が置いてあるのが見えた。
「あった!」
無事に見つかった事に安堵して、ベンチに向かった時だった。
「……ん?」
突然、地面に巨大な渦が現れた。それはまるで蟻地獄の如く、体がどんどん中へと引きずり込まれていく。
……やられたわ。これは罠や。俺が財布を落としたんやなく、罠に嵌めるために盗まれたってわけか。
でも朝は、人なんて居なかったような……
「まぁ、どうでもええか」
盛大に溜息を吐き周囲を見渡すと、地面に出来た渦の中心に3つの巨大なコマが、勢いよくぶつかり合いながら回っているのが見えた。
……この近さであんなデカい的、瞬殺したるわ。
懐から冥を取り出し、構えようと腕を上げた。
だがその瞬間、なにか薄い膜のようなものが腕から指先に纏わりつき、手がピクリとも動かせなくなった。
これは……
「……スライム?」
ああ……そういう事か。人やなくてスライムを使って、ちゃっかり財布を盗んだわけか。
疑問が晴れたところで、頭上から数名の男の声が降ってきた。
「なーんだ。幹部が警戒してた割には、全然あっけねぇじゃんよ!」
「”イチ”ってのは、一番弱ぇって意味だったんじゃねぇの?」
「はははは!違いねぇ!」
自分のことを見下ろしながら、楽しげに笑い合う三人の男たち。
「随分とまぁ、楽しそうでええなぁ?」
男たちに言葉を返しながら、こいつらがコマ使いのアビュサーだと確信した。
するとアビュサー達は、俺を取り囲むようにして目の前にしゃがみ込み、苛立った様子で喋り出した。
「……あのな、お前今この状況分かってんのか?」
「時間稼ぎに捕らえとけって指示だったけど、ムカつくからこのまま生き埋めにしちまおうぜ!」
「ありだな。こいつを生き埋めにした後、気味の悪いこの狐の面を供えて見せしめにしてやろうぜ!」
そう言って、一人の男がお面を剥ぎ取ろうと、手を伸ばした瞬間——
「〈冥〉、プレイ」
プレイ宣言を口にした。
三人のアビュサー達は一瞬目を見開いたが、すぐに吹き出した。
「おいおいおい。イチ!お前の手は固定されたままもうすぐ埋まっちまうってのに、どうやって戦うってんだよ?」
一人の男が笑いながら、後頭部にあるお面の紐に手をかけた。
こいつの言う通り、俺の体は既に胸部まで埋まっていて、胸の前に構えた冥も埋もれる寸前だった。
「……汚い手で触んなや」
低い声で呟いたと同時に、冥を持っていた手に土がかかった。そして、スライムで固定された腕が土の渦に引っ張られるようにして歪んだ、一瞬のタイミング……
そこで、グッと指先に力を込めた。
――「百八十点」
その言葉と同時に、地面に定規で引いたような真っ直ぐな三本の亀裂が走った。
瞬きする間に亀裂はコマまで到達し、3つの巨大なコマは気づけば真っ二つに割れていた。
シュウ……
コマの覚醒が解け、本来のおもちゃのサイズへと戻っていく。
「なっ……」
「嘘だろ……?」
アビュサー達は口を開いたまま、腰を抜かして倒れ込んだ。
俺はそんな彼らを横目に、亀裂が生じた事で緩んだ地面から這い出ると、着物についた土を片手でパタパタと払い、茂みにそっと視線を向けた。
「スライムのおもちゃ使っとるやつ、そこに居るんやろ?」
「ひぃいい!」
情けない叫び声と同時に、ガサガサっと茂みが揺れた。
「盗人には、容赦せんで?」
そう言って瞬時に、コマ使いのアビュサーからコマ回しの紐を拝借し、逃げていくスライムのアビュサーの足元に紐を絡ませた。
「……うおっ!」
勢いよく前のめりにズッコケたそいつを、足元に絡んだ紐の先を持ってズルズルと引っ張り、コマ使いのアビュサー達とまとめて片手で縛り上げた。
「よし、これで逃げられへんで。取り敢えず、さっさとこのスライム解除せえ」
スライムのアビュサーの目の前にしゃがみ込み、グッとお面越しに顔を近づけて圧を込める。
「……ひいっ!」
怯えた声を漏らし、顔を背けたそいつの頭を鷲掴みにして、強制的に自分の方へと向かせる。
「力技は、あんまり好きちゃうねんけど?」
「わわわわわかった!!今すぐやります!か、解除!!」
アビュサーがその言葉を口にすると、スライムはぬるっと地面に滴り落ちた。
「はい、どうも。ほな警察が来るまで、そのまま大人しくしとき」
それだけ言い残して立ち去ろうとした俺に、コマ使いの1人が声を掛けてきた。
「……おい。俺等がなんでお前を狙ったのか、聞かねぇのかよ?」
彼の問いかけに足を止め、言葉を返す。
「これ以上ここにおったら、それこそお前らの思うツボやろ?出来の良い後輩達から、文句言われそうやし、事情聴取は警察に任せるわ」
そう言ってアビュサー達に背を向け、再び歩き出した時だった——
「あ、あの……財布は……?」
スライム使いのアビュサーが、囁くような声で呟いた。
「あ……」
完全に忘れてた。
「……今、取ろうと思ったとこや」
クルッと向きを変えて、何事もなかったかのようにベンチに向かい歩き出す。
恥ずかしさのあまり、お面の中は火を吹きそうなほど熱がこもっていた。
……ほんまに恥ずい。お面付けてて良かった……!こんなだっさい顔見られたら、”イチ”の名に傷が……
頭の中ではそんな事を考えながら、乱雑に財布を掴み取る俺の姿を、アビュサー四人は何とも言えない気まずそうな顔で見つめていた。
* * *
「まぁ、こんな感じで色々あって……」
「……」
チラッとチャックに視線を向けると、彼は無表情のまま視線だけをジーっとユイに向けていた。
「なんやねんその顔……」
「……あのさ、財布くらいはちゃんと管理しなよ?」
チャックの言葉が、ユイの胸に深く突き刺さった。
「……以後、気をつけます」
「その言葉、忘れないでよ」
チャックが強い眼差しで念押しすると、ユイは勢いよく首を縦に振った。
2人がそんな会話をしたところで、 ようやくTMIの敷地に到着した。




