31話 イチの実力
まずい、あの子にビーズが当たってしまったら……!!
カチャカチャ……
間一髪。彼の頭上スレスレのところで、なんとか上方向に面をスライドさせてビーズを弾き飛ばした。
少年の前髪が空間の歪みと共に、ふわっと靡いた。すると紫色だったビーズがカラフルな色合いに変わり、雨のように彼の背後でパラパラと降り注いだ。
「えっ、何……?」
少年が前髪を抑えながら、不思議そうに背後を振り返った。
「……ビーズ?」
首を傾げながら、しゃがんでビーズに手を伸ばした少年に、コスミンが鋭い声を上げた。
「ちょっと!私のおもちゃに触らないで!!」
その声に驚いてビクッと肩を揺らした彼は、逃げるようにしてその場から走り去っていった。
「はぁ……」
地面に落ちていたケースを、コスミンがゆっくりと拾い上げる。
「整列」
彼女が小さくそう呟くと、屋根や地面に散らばっていたビーズがケースの中へと一斉に戻っていった。
その光景に、再び絶望が襲いかかる。
もしかして、コスミンの武器はあのビーズだけじゃないのか?
あのケースがただの収納用じゃないなら、まだ戦いは終わってない……!
痛みで震えてきた手で、必死に六面を握り締めようとした時だった。
——「7渡し」
聞いたことのない男の声が、遥か上空から聞こえたのと同時に、コスミンの前に巨大な♥7のトランプカードが飛んできた。
「エース……」
「勝手な行動は謹んで欲しいじゃん」
空の上には、巨大なJokerのトランプに乗って浮かぶ、ピンク色の髪を靡かせた男の姿が見えた。
「ここに来る途中、イチの姿を見かけた。やつが来る前に、早くここから逃げようじゃん」
「そっか……分かった」
コスミンはそう返事をすると、目の前に浮かんでいるトランプにゆっくりと足を運んだ。
「……悔しいけどまたね、ロク」
「待てよ……!」
――ズキン!
必死に声を掛けるも、もう体は限界だった。
でもこのままでは、あいつらに逃げられてしまう。
どうにかして、阻止しねぇと……!
そう思った次の瞬間——
ズズズズズ……
突然、見慣れた緑色の巨大な物体が目の前を横切った。
「チャック……!」
「……アビュサーは、絶対に逃さない!」
肩で息をするチャックの鋭い視線は、真っ直ぐにコスミンへと向けられ、腫れ上がった手を前へと突き出していた。
しかし、敷が彼女の目の前に差し迫ったところで、彼女はフッとその場から姿を消した。
「じゃあーねー」
気づいた時には、彼女はエースの隣に並んでにこやかに手を振っていた。
「くっ、まだだ……!」
チャックが瞬時に、グッとなにかを丸めるような動きをすると、敷が巨大な球体へと形を変える。
「届けーーーっ!!」
叫び声を上げながら、彼が上空へ向かって投げる動作をすると、敷はロケットのように猛スピードで上昇していく。
「……あいつ、まだあんなに動けるの?!」
コスミンが信じられないといった表情で、ぐんぐんと迫り来る巨大な球体を見つめる。
「粘着質な性格、俺は嫌いじゃないじゃん」
エースは余裕の笑みを浮かべると、懐からトランプを取り出した。
「8切り」
――スパンッ!
突如上空に現れたのは、大きな♠8のトランプカード。
キュルルルルッ――!!
「……っ!」
敷は弾き返されそうになりながらも抗うように、カードを押し返す勢いで回転を増す。
「ロクがあれだけ頑張ったんだ……それを絶対に無駄になんかしない……!」
掌にグッと力を込める彼の手首には、真っ赤な血が滲んでいた。
「チャック、手が……」
途中まで言いかけて、口を噤む。
……今俺がやるべき事は、チャックを止める事じゃない。
あのトランプを突き破る為には、六面で敷の威力を底上げするんだ!
頭では分かっていても、もはや六面を握る力さえ残っていなかった。
くっそ……動けよ……!動いてくれよ……!
思うように動かない自分の手を見つめながら、やるせない思いで唇を噛み締めた時だった——
カラン、カラン……
下駄を鳴らす心地よい足音が、耳に響いた。
「……二人とも、よう頑張ったみたいやな」
聞き馴染みのある、独特な訛りがある喋り声。
絶望の状況下に現れたのは、黒い狐の面をつけたトイカルマ最強の隊員。
「ユイ……!」
彼の姿を見た途端、体を支えていた腕から力が抜け落ち、地面に顔をつけた。
「もう遅いよ……」
チャックが目を細めながら、悪態をつく。
そんな俺達とは対照的に、上空にいる2人は青ざめた顔を見合わせた。
「イチじゃん……!まずい。こうなったら、急いで転送……」
エースが焦って何か言いかけた時だった。
「〈冥〉、プレイ。」
ユイは素早く、懐からダーツを取り出した。
「一点」
ヒュン――
彼の言葉と同時に、空間を切り裂くような切断線が雲を突き抜ける。
それはほんの一瞬の間。
空に広がっていた♠8のカードが真っ二つに割れ、萎むようにして通常のトランプカードへと姿を変えた。
「……!」
ひらひらと地面に向かって落ちていくカードを目にして、その場にいた全員が言葉を失った。
チャックがあれだけ抑え込まれていた武器を、あんな簡単に……
圧倒的な強さ。構える猶予さえ与えない。
——まさに、瞬殺だった。
「うちの隊員に手ぇ出しといて、すんなり巣穴に帰れるわけないやろ?……まずは、その洒落たトランプからいこか」
ユイが唸るような低い声で呟く。
「おい……ヨロズ!!早く転送しろ!」
エースが慌てて空に向かって叫ぶも、ユイは全く隙を与えない。
「一点」
ヒュン――
空に向かって伸びた一閃が、空間を切り裂いた。
エースが乗っているJokerと、その隣に並ぶコスミンを乗せた♥7。
二枚のトランプカードは、気づけば真っ二つに割れていた。
「わぁぁぁあああ!!」
「きゃぁぁあああ!!」
上空から、悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。
「……キャッチしたほうがいい?」
チャックは勢いよく落下する彼らを横目に、そっとユイに尋ねる。
「必要ないやろ。お前らを苦しめた分くらいは、痛い思いしてもらわんとなぁ」
ユイの声色からは、僅かに怒りが滲んでいた。
「ちょっとー!エース、なんとかしてよ!」
真っ逆さまに急降下しながら、コスミンがエースに向かって泣きつく。
「ヨロズのやつ転送遅いじゃん!元はと言えば、お前が勝手に……!」
エースはコスミンに声を荒げながらも、必死に懐を探る。
「あ、あった!……Jバック!!」
彼が♣Jのカードを取り出すと、二人は重力に逆らうように、ふわっと上昇し始めた。
「チッ……なんやねん、あのピンク頭。やっかいな武器使いこなしとる」
ユイが舌打ちをして、再びダーツを構えた瞬間——
シャラン……
不意に、ガラス片が触れ合うような音が鳴り響いた。
直後、上昇する二人の先に煌びやかな光の輪が現れた。
それはまるで、天国に繋がる入り口のような、どこか儚くも美しい境界のように見えた。
「ギリギリセーフじゃん……」
エースがその光を見て、そっと胸を撫で下ろした。
あまりの眩しさに目を背けた俺の横では、チャックとユイは信じ難い光景を前にしたように、愕然とその光を見つめていた。
「ユイ、あれってまさか……」
「……嘘やろ」
二人からそんな会話が聞こえたところで、エースとコスミンはその場から姿を消した。




