30話 ビーズのおもちゃ
「情報収集って言っても、具体的には何したらいいんだろ?」
渡された資料を見ながら、隣を歩くチャックに問いかけた。
「現時点ではかなり情報も少ないし、いつも通りパトロールして異常がないか見るくらいしかないよね」
チャックは呑気に、あくびをしながら答えた。
……まぁ、それもそうか。
黙って頷き、俺達の管轄エリアに指定された南区へと向かった。
「つーか、ユイ遅くね?」
パトロールを始めて暫く経っても、なかなか戻ってこないユイが少しだけ心配になった。
「昼寝でもしてるんじゃない?」
「……は?昼寝?!」
「ユイはサボり魔で有名だからね」
おいおいおい……
トイカルマ最強隊員がサボり魔で有名ってマジかよ?
「財布忘れたのは本当だろうけど、今日朝早かったからその辺の公園とかで……」
「ええ?!そんな事ある?」
「あるある」
はぁ、とチャックが小さく溜息をついた。
——その時だった。
「あっ、噂のロク君だよねー?」
突然、頭上から甘ったるい女の声が聞こえてきた。
その声に顔を上げると、虹色のふわっふわの髪をツインテールにした女が、住宅の屋根から俺達を見下ろしていた。
「なんで俺の名前……」
なんとなく嫌な予感がして、六面が入っているポーチに手を伸ばす。
「私はコスミンって言うんだー。よいしょ……っと!」
彼女は屋根から飛び降りると、俺の目の前まで来て手を握った。
「は……?」
初対面の女に突然手を握られたことに驚いて、思わず戸惑ってしまった。
「へー。ロクって案外、可愛い顔してるんだね?」
女がそう口にした瞬間——
チクッ。
針で刺されたような、僅かな痛みが走った。
「……?」
——ズキッ!
直後、今までに感じたことのない激痛が、掌から全身を駆け巡った。
一気に冷や汗が溢れ出たと同時に、視界が段々と狭くなっていく。
なんだこれ……!まさか、毒……?
経験した事のない痛みに耐えきれず、地面に膝をついて蹲った。
「ロク!!」
今まで傍観していたチャックが、倒れ込んだ俺の姿を見て、驚いた表情で声を上げた。
「……〈敷〉、プレイ」
彼は敷を構えて、鋭い視線をコスミンへと向けた。
「君、今ロクになにした?」
「さぁ、なんでしょう?悪いけど私、あなたには興味ないの」
コスミンはそう言って、俺の体をヒョイと持ち上げた。
「待て」
チャックの言葉と同時に、緑色の壁がコスミンの前に立ちはだかった。
「……なによ?」
「行かせないよ」
彼がそう口にした瞬間、敷がコスミンの足元に巻き付いた。
「はぁ……」
コスミンが小さく息を吐く。
「私、芸術家には興味ないのよね」
……芸術家?
一体何の話をしているんだ?
言葉の意味を理解できないでいると、チャックは目を見開いたまま戸惑いの声を漏らした。
「なんでそれを……」
コスミンは不気味に微笑むと、紫色の小さなビーズのようなものをいくつか取り出し、敷に向かって放り投げた。
「それは企業秘密よ。誰にだってあるでしょー?秘密の話。あなたにもあるようにね?」
じゅわ……
ビーズが当たった場所から、敷が変色してみるみるうちに溶け出した。
「ゔっ!」
チャックが呻き声をあげ、辛そうに表情を歪めた。
……まずい。さっきの戦闘訓練中にチャックは、手を痛めている。敷のダメージが、どれ程自身の身体に影響を及ぼすのかは分からないけど、あれだけ大量に毒を撒かれたら、間接的だとしても相当なダメージなはずだ。
ったく、俺はなにしてんだ。油断して毒を食らって、仲間が苦しんでいるのを眺めてるだけかよ……!
自分の掌に視線を移すと、濃い痣のような小さな斑点ができていた。
……こんなの、痛くねぇよ。
痛くない、痛くない、全然痛くねぇ!!
自分に言い聞かせるようにして、心の中で何度も唱えながら、再びコスミンに視線を戻した。
彼女の武器は、あの小さなビーズ。
俺に握手してきたり、敷に向かってばら撒いていた事から察するに、ビーズは触れたものに毒を与える武器か……?
毒はかなり強力だけど、あの大きさからしてビーズ自体の質量は軽いはず。
だったら六面の攻撃は、相性としては悪くないだろ……!!
ドクン、ドクン……
全身に駆け巡る激痛。それに抗うようにして、ポーチに手を伸ばした。
「〈六面〉、プレイ」
なんとか声を絞り出すと同時に、全ての面が入れ替わった。コスミンの意識はチャックに向いている為、俺が六面を覚醒させた事には気づいていない。
……今がチャンスだ。
狭まっていく視界の中、面の位置をなんとか把握しようと目を凝らす。
そして、彼女が再びビーズを掴み、敷にばら撒こうとした瞬間——
カチャカチャ……
瞬時に面をずらした。
直後、僅かな空間の歪みにより弾けるようにしてビーズが飛び散り、毒々しい紫色だったビーズは、パステルカラーの可愛らしい色合いへと変化し、地面に転がった。
「なっ……!」
コスミンが咄嗟に、こちらに視線を向けた。
「体に直接毒を入れたのに、なんで……!」
「はぁはぁ……こんな毒……ちっとも効かねぇよ……」
地面に両膝両肘をついた状態で、肩で息をしながら虚勢を張る。言葉と視線は彼女に向けつつ、一面を揃えるために頭の中で面の配置を思い浮かべる。
狙いは彼女が手に持っている、大量のビーズが入ったケース。
そこに意識を集中させて、指先だけで一気に面をスライドさせた。
カチャカチャカチャ……
「弾き飛ばせ……!」
絞り出した声と共に、先程よりも大きく空間が歪んだ。
——バコン!
「きゃっ!!」
衝撃音と同時に、コスミンが持っていたケースが手元から押し出されるようにして宙を舞った。
よし、狙い通り行った……!
はずだったのに——
「ロク!蓋が……!」
チャックが絞り出すように、掠れた声で叫び声を上げた。
「え……?」
その声に反応し、じっと目を凝らしてケースを凝視する。
「……っ!!」
毒で視界が霞んでいたせいで、気が付かなかった。
宙を舞ったケースは、吹き飛んだ衝撃で蓋が開き、中から紫色のビーズが飛び出していた。
そして——
その先には、ボールを抱えてこちらに向かって走ってくる少年の姿が見えた。




