29話 センスなくはない
「ええで」
「へ……?」
まさかの即答に、ゆっくりと顔を上げた。
「武器を使いこなせてない事は、自分でもちゃーんと理解してるみたいやな?ただの生意気なやつじゃなく、しっかり向上心があるやつって分かって安心したわ」
彼はそう言って、柔らかく微笑んだ。
「空間の操り方は教えたる。でもその前に、お前はもっと視点を工夫させる必要がある」
「……視点を工夫?」
「そうや。今のお前は相手じゃなく、7割、いや8割は六面に視線がいっとった。それじゃ隙だらけや。さっきの訓練が本番やったら、アビュサーはチャックのように、攻撃を待ってはくれへんからな」
ユイの言葉に、静かに相槌を打つ。
「面を揃える時間を縮めるのは無論、絶対や。あとは、手元だけを見るんやなくて、頭の中で面の動きを想像しながら手を動かせるようにする。これが出来るようになれば、相手の動きを見れるようになるやろ?」
「……そういう事か!」
頭の中で面の動きを想像する……か。
視線を六面に落とす。
ルービックキューブは54マスの目がある。それを瞬時に把握して、ほぼ手元を見ずに頭の中で想像しながら動かすなんて、相当至難の業だと思う。
だけど……
「それが出来るように、頑張ります!」
ユイのアドバイスを前向きに受け取り返事をすると、彼は力強く頷いてくれた。
「それとさっきの訓練見てて思ったんは、お前は案外、冷静に頭を使えるタイプってことや」
「……そうすか?」
「ただでさえ、思考して動かすおもちゃやのに、さっきもチャックの力の軌道を読んだり、ダメージが出やすい方向を考えて攻撃してたやろ?」
「ああ!それは、以前戦闘訓練の際にバンリから"相手の軌道を読め"って言われて……」
するとユイは、くすりと小さく笑った。
「アドバイスされて、それをすぐに実践できるやつはそんなに居らへんて。ロクは単純そうに見えて、やっぱ色々考えられるタイプなんやない?」
「……」
そんな事を言われても、自分ではよく分からなかった。
「例えばバンリ。あいつは、いつもは適当な感じやけど、戦いとなるとかなり計算高くなるやろ?」
「確かに言われてみれば……」
この前の見学の時だって、コーンの攻撃のタイミングにドンピシャに合わせて、自分の攻撃を加えてた。
それに、アビュサーを捉えるまでのスピード感も凄まじかった。
「あいつは1人で戦おうとはせえへん。現場のやつとの連携はもちろん、現場にいないやつも上手く使って戦場を操つる」
「……現場にいないやつ?」
「例えば、モニタールームのやつらとかやな」
ユイの言葉を聞いてハッとした。
見学してた時は気づかなかったけど、バンリは戦いながらも、アビュサーの場所をルカさんに特定させていたのかもしれない……!
「冷静に物事を俯瞰できるやつは、その先まで見通せる力がある。お前にもその素質があると思うで?」
彼からそんな言葉をもらえるなんて思わなかったから、正直めちゃくちゃ嬉しかった。
ニヤけそうになった顔を隠そうと俯いた俺に、ユイは思い出したように言葉を発した。
「あっ、そういや5.8秒やったわ」
「え?」
「六面が覚醒してから、一面を揃えるまでの時間」
「まじっすか?!」
……この前より、1.2秒も縮まってる!
無意識にガッツポーズしてしまった。
「てか、いつの間にタイムなんか測ってたんですか?」
「まぁ、適当に」
「適当にって……でも助かりました。ありがとうございます!」
バンリといい、ユイといい、本当に抜け目なくしっかり見てくれているのだと実感した。
「それと俺、敬語苦手や。使うのも使われるのも、堅苦しくて嫌やねん。だからお前も、フラットに喋ってくれへん?」
俺の肩にポンと手を乗せたユイは、そう言ってじーっと目を覗き込んできた。
「分かり……った!」
変な感じになってしまった返事に、ユイはくすくすと肩を揺らして笑っていた。
***
チャックが医務室から帰ってきたあと、食堂で昼飯を食べる事にした。
彼の手首には、湿布が貼られていた。
どうやら敷は、相当量の物量を動かせる代わりに、それの操作元となる手首に負担がかかるらしい。
やっぱりどの武器にも、少なからずデメリットがあることを再認識した。
それにしたって……
「敷ってまじで万能だよなー」
頭に浮かんだ言葉が、そのまま口からこぼれた。
「そう?」
チャックはもぐもぐとパンを食べながら、こちらをチラリとも見ずに短く返事をした。
「めちゃくちゃ万能だよ。防御力は文句なしだし、この前の見学の時だって捻り潰したり、敵を囲ったりしてたろ?まじで、死角なしって感じじゃん」
そんな俺の発言に、ユイが隣で吹き出した。
「最初の頃はこいつ、敷を操れんくて泣いとったんやで?……くくく」
「ユイ」
チャックは低い声でユイを遮り、鋭い視線を送った。
「今のは忘れてくれて、大丈夫や」
ユイはそう言って軽く咳払いをすると、ゆっくりと俺に視線を向けた。
「なぁ、ロク。おもちゃに対する愛着は、いつしか信頼に変わるって知っとるやろ?」
ふと試験の時にマルから言われた、"愛着度=信頼度に繋がる"という言葉が頭に浮かんだ。
「はい」
「チャックはな、最初は敷を浮かせることだって出来へんかった。でも、本人の努力とおもちゃへの愛着、それに応えるようにして、敷は武器としての能力をどんどん上げていった」
「へぇー!敷がチャックのことを信頼してくれたみたいだな!」
「その通りや。ロクも、もっと六面への愛着を高めていけば、六面も比例して強い武器に成長するはずや」
ユイの言葉を噛み締めながら、六面を見つめる。
……そうか。俺もだいぶ六面には愛着を持っていたけれど、チャックの方が上だったのかもしれないな。
単純な武器の性能だけではなく、"想いの強さ"が武器の力に関わってくる。
それなら、俺らはまだまだ伸びしろがあるって事だな?
六面にスッと手を伸ばそうとした瞬間——
「……威力は凄まじかったけどね」
チャックがボソッと、そんな言葉を呟いた。
「……まじ?」
「うん。覚醒して1週間でこの威力が出せるなんて、末恐ろしいよ」
彼のまさかの発言に、口角が上がりそうになった。
「でも……」
「でも?」
「どんなにおもちゃが良くても、武器に頼っちゃいけない。まずは、戦闘スキルを磨かないとね?」
「……っ!」
チャックの言葉が胸に突き刺さった。
さっきユイに言われたのと、ほぼ同じセリフだったからだ。
ガックシと項垂れる俺に、彼は言葉を続けた。
「……まぁ、センス《《なくはない》》と思うよ」
「え!!」
驚いてチャックを凝視したが、彼は目線を合わせてはくれなかった。遠回しな言い方だけど、彼なりに俺のことを褒めてくれたのだと、前向きに受け取る事にした。
「よっしゃあ、やる気出てきたー!」
大きな声で気合を入れて、ご飯を口の中へと一気に掻き込む。
「……ロク、うるさい」
「ほんま、冷静そうに見えて熱いやつやなぁ」
2人はそんな会話をしながら、横目で俺を見つめていた。
「そんじゃ、そろそろ行こか」
3人並んで、綺麗に完食した皿を片付けに行く。
「あ、俺会計してくるから、ちょっと待っててくれへん?」
「え、食堂はタダだろ?」
「俺はタダじゃない」
それって、つまり……
「はっ!もしかしてユイが、唯一寮に入ってない隊員だったのか?!」
「そうやで?何となく一人暮らしの方が、性に合うんよな」
あっけらかんと答えるユイに、なんだか妙に納得がいった。
自由気ままで、独創的。話しやすいけど、内側に入り込ませないというか……
どうりで寮の中で、姿を見かけなかったわけだ。
お会計に向かう彼の背中を見つめながらそんな事を考えていると、ユイが急に慌て始めた。
「どうした?」
気になって声を掛けてみる。
「……やったわ。財布、家に忘れてもうた」
「はぁ……もう。僕達は先に行っとくから、早く合流してよ?」
頭を抱えたユイに、やれやれといった表情のチャック。
「すまん!それで頼むわ!」
ユイは申し訳なさそうな顔で手を合わせると、厨房の方へ声をかけに行ってしまった。
「……最強の割に、意外と抜けてんだな」
ポロッと本音をこぼした俺に、チャックは深く頷いていた。




