2話 赤いパーカーの男
「混乱してんなぁ」
金髪の男がうっすら微笑みながら歩み寄ってきた。
「で、これ。お前がやったんだよな?」
そう言って、小さくなったゼンマイを指差す。
「……分かんねぇ」
俺の曖昧な返事に、金髪の男は顎に手を当て、じっくりと上から下まで舐め回すように俺を見た。
「ふぅーん、なるほどな。お前、たった今覚醒したのか」
……覚醒?
覚醒って、おもちゃが武器化する事だよな?
チラリと自分の手元を見る。
今持っているおもちゃは、このルービックキューブのみ。形もサイズも、何も変わった様子はない。
「覚醒なんて……」
「見たところ空間操作型だな」
俺を遮り、金髪の男は話を続けた。
「空間操作型は覚醒しても、見た目の変化はほとんどねぇの。この状況を見ても、ほぼ確実だろうな」
……は?嘘だろ?
驚いて、ルービックキューブを凝視した。
俺はこれを、ただ投げようとしただけだぞ?
結局、それも失敗に終わったし……。
さすがに覚醒は無いだろ。
そう思って、口を開きかけると、
「まぁ、後で諸々説明してやるよ」
男は会話を切り上げた。
そして、2人の隊員の真ん中に立って指示を出し始めた。
「シャル、お前はその子供を警察に連れて行ってやれ。フォルナはダルマが確保したアビュサーと、さっき捕まえた他の3人を、まとめて警察に連絡しといてくれ」
「は〜いっ!」
「了解」
2人が返事をしたのを見届けると、くるりと向きを変えて再び俺に向き直った。
「んじゃ、お前は行くぞ」
そう言って肩をポンっと叩かれた。
「は……?」
そのまま手を乗せて、力ずくで俺を押しながら歩き始めるその男。
「えっ、ちょっ、はぁあ?」
抵抗しようと足でブレーキをかけてみるけど、涼しい顔でグイグイと押してくる。
もう、何だってんだよっ……!!
そのまま俺は訳も分からず、金髪の男に連行されてしまった。
「なぁ、おいっ!聞こえてんだろ?」
地面には、俺が抵抗した証の長い跡が出来ている。
さっきからずーっと話し掛けてるのに、目の前の男はシカトを貫いていた。
「…ったく。キャンキャン、キャンキャンよぉ。子犬でも、もうちょい静かに出来るぞ?」
やっと口を開いたと思ったら、何故かヤレヤレみたいな顔で溜息をつかれる始末。
その様子に、俺のイライラが限界突破した。
「聞こえてんなら、さっさと全部説明しろよ!!」
思わず声を荒げた。
こいつ、ムカつく顔しやがって……!
なんて声には出さず、心の中で悪態をつく。
だって、説明するのやめるとか言われたら困るからな。
「へいへい。そろそろ説明してやるか」
金髪の男はそう言うと、ダルそうに俺の肩から手を離した。
「あ、その前に、俺はバンリ。お前は?」
「……ロク」
「ロク、ね。いい名だ」
こんなやつに、「いい名だ」なんて言われると思ってなかったから、少しだけ面食らった。
それを隠すように、ポケットに手を忍ばせ、ルービックキューブを取り出す。
「なぁ、バンリ。これマジで覚醒したのか?」
「ああ。さっきも言ったけど、ほぼ確実だと思うぞ」
本当かよ……。
「俺みたいな平凡なやつのおもちゃが、覚醒するなんて全然信じらんねぇし」
ボソリと呟いた俺の独り言に、バンリは言葉を返した。
「初めておもちゃが覚醒する時ってのは、条件みてぇなもんがあんだよ」
「……条件?なんだそれ?」
「強い感情がトリガーになるらしい。持ち主が強い感情や思いを持っておもちゃを握った時、その思いに共鳴して、おもちゃは武器へと変わる」
「……!」
そんな条件、初めて聞いた。
ふと脳裏に、先程の出来事が蘇る。
俺はあの時、おもちゃの武器と初めてあんな間近で対面した恐怖と焦りで、頭がかなり混乱していた。
それでも、とにかく子供を守らねぇとって、必死に策を考えた。
その思いが、あの時の強い感情が、
このルービックキューブを覚醒させたのか…?
こいつは10年前、6歳の時に、サンタ・クロースからプレゼントされたものだった。
普通なら、一回でも六面を完成させたら、満足するんだろうけど、俺は何故か飽きる事なく、何度も何度も繰り返しこれで遊んでた。
多分、六面が完成した時の感覚が、やみつきになっていたんだろうな。
今となっては、もう相棒みたいな存在だ。
ただの無機物だけど、そうじゃないような感覚。
だからこそ、こいつが俺の思いに共鳴したのかもしれないと思うと、なんだか胸の奥が温かくなった。
"ありがとな"
ルービックキューブをじっと見つめながら、心の中でそう呟いた。
それと同時に、一つの疑問が湧いた。
「……なぁ、何でおもちゃが覚醒する条件を、公にしてねぇんだ?」
だって、誰でも心が通じ合えたら、嬉しいもんなんじゃねぇの?例えそれがおもちゃでも、俺はすげぇ嬉しかったわけだし。
俺の率直な疑問に、バンリは長い髪を掻き分けながら、軽くため息をついた。
「はぁ…。そんなの決まってんだろ。正義感溢れるやつならいいけどよぉ、悪い考え持ったやつなんて、この世の中にはいくらでもいんだぞ?」
「……」
……確かに。
「武器が増えて、良い事なんかねぇだろ」
……そりゃそうだ。
納得した俺は、黙って頷いた。
「それと、さっきの覚醒の条件。実は、もう一つあんだよ」
「え、もう一つ?」
「そう」
「どんな条件なんだよ?」
気になって、バンリの顔をじっと見つめる。
「まず前提として、全てのおもちゃが強い感情や思いを持てば、覚醒するってわけじゃねぇんだよ」
って事は、つまり……
「限られたおもちゃしか、覚醒しないのか?」
「そう。ロクのそのルービックキューブは、誰からもらった物だ? 」
バンリの質問に、俺は自分の手元に視線を移した。
「これは、サンタから……」
「そうだろうなぁ」
俺の返事に、被せ気味で相槌を打つバンリ。
その様子に、胸の中で何かが引っ掛かる。
……まさかもう一つの条件って!
ハッとして顔を上げる。
すると、バンリはニヤリと笑ってこう答えた。
「"サンタ・クロースからもらったおもちゃ"に限るらしい」




