2話 覚醒の条件
「あんたは、トイカルマの隊員か……?」
突然現れたその男に戸惑いながらも、見覚えのある戦闘服を目にして思わず聞き返してしまった。
「ああ。そうだ」
男がそう答えた直後、不意に女性の声が聞こえた。
「お〜〜いっ!」
それと同時にシャボン玉の様な大きな球体が、ふんわりと視界に入り込んできた。
球体の上には、水色の髪を一つに束ねた女性が乗っている。赤青白のラインが入った短丈のジャケットに、ショートパンツを履いていた。
彼女は球体から飛び降ると、俺の背後にいた子供に駆け寄った。
「君、大丈夫〜?助けられなくてごめんね〜。」
よしよしと優しく頭を撫でながら、泣きじゃくる子供に声をかけた。
子供は、嗚咽混じりに俺の事を指差す。
「お、お、お兄ちゃんが……た、助けてくれたのぉぉおお!」
その言葉を聞いて、彼女は目を丸くした。
「そうだったの〜?黒髪君、勇敢だね〜!」
「いや、俺は別に……」
実際のところ、ゼンマイが急に倒れて萎んだだけだから、彼女になんて答えればいいか分からなかった。
「て事は……やっぱりこれ、お前がやったんだな?」
金髪の男が、小さくなったゼンマイを指差しながら、再び問いかけてきた。
「それが、よく分かんねぇんだよ。俺はこれを投げようとしただけで、実際にはぶつからずに滑り落ちただけだし……」
ルービックキューブを拾いながら、曖昧に答える。
すると男は顎に手を当て、ルービックキューブと俺を交互に見た。
「ふぅーん、なるほどな。お前、たった今覚醒したのか」
……覚醒?
覚醒って、おもちゃが武器化する事だよな?
チラリと自分の手元を見る。
今持っているおもちゃは、このルービックキューブのみ。形もサイズも、何も変わった様子はない。
「覚醒なんて……」
「見たところ空間操作型だな」
俺を遮り、男は話を続けた。
「空間操作型は覚醒しても、見た目の変化はほとんどねぇの。この状況を見ても、ほぼ確実だろうな」
その言葉を聞いて、思わずルービックキューブを凝視した。
いやいやいや、さすがにそんな訳なくね……?
でも本当にそうだったら、俺がゼンマイを倒したってこと……?
信じられない気持ちと、そうであって欲しいと思う気持ちが混じり合う。
そんな俺を他所に、男は女性に何やら指示を出し始めた。
「シャル、お前はその子供を警察に連れて行ってやれ。フォルナが来たら、ダルマが確保したアビュサーと、さっき捕まえた他の3人を、まとめて警察に連絡するよう伝えてくれ」
「は〜いっ!」
彼女が返事をしたのに頷くと、男はくるりと向きを変えて俺に向き直った。
「んじゃ、お前は行くぞ」
そう言って俺の肩に、ポンっと手を置いた。
「は……?」
目をパチクリさせていると、そのまま俺の肩を押しながら歩き始めた。
「えっ、ちょっ、はぁあ?」
抵抗しようと足でブレーキをかけてみるけど、男は涼しい顔でグイグイと押してくる。
こいつ、どこに連れていく気だ……?!
そのまま俺は訳も分からず、連行されてしまった。
***
「なぁ、おいっ!どこ行くんだよ?」
地面には、俺が抵抗した証の長い跡が出来ている。
さっきからずーっと話し掛けてるのに、目の前の金髪の男はシカトを貫いていた。
「…ったく。キャンキャン、キャンキャンよぉ。子犬でも、もうちょい静かに出来るぞ?」
やっと口を開いたと思ったら、何故かヤレヤレみたいな顔で溜息をつかれる始末。
その様子に、俺のイライラが限界突破した。
「聞こえてんなら、答えろって!」
「へいへい。そろそろ説明してやるか」
男はそう言うと、ダルそうに俺の肩から手を離した。
「あ、その前に、俺はバンリ。お前は?」
「……ロクだけど」
「ロク、ね。いい名だ」
「……」
こいつに、「いい名だ」なんて言われると思わなかったから、何故か少しだけ照れ臭くなった。
それを隠すように、ポケットに手を忍ばせ、ルービックキューブを取り出す。
「なぁ、これマジで覚醒したのかな?」
「ああ。さっきも言ったけど、ほぼ確実だな」
「マジかよ……。こんな突然、覚醒するなんて信じらんねぇ……」
ルービックキューブを見つめながら、ボソリと呟いた。
「ロク。初めておもちゃが覚醒する時ってのは、条件みてぇなもんがあんだよ」
「……条件?なんだそれ?」
気になって、バンリに視線を戻す。
「覚醒の条件は、強い感情がトリガーになるらしい。持ち主が強い感情や思いを持っておもちゃを握った時、おもちゃはその思いに共鳴して、"武器"へと変わる」
「……!」
そんな条件、初めて聞いた。
瞬時に、先程の場面が脳裏に蘇った。
俺はあの時、"とにかく子供を守らなきゃ"って思いで頭がいっぱいだった。
その思いが、このルービックキューブを覚醒させたのか……?
こいつは10年前、6歳の時に、サンタ・クロースからプレゼントされたものだった。
普通は一回でも全面を揃えたら、満足してしまうんだろう。でも俺は、何故か飽きる事なく何度も何度も繰り返しこれで遊んでいた。
きっと、全面が完成した時の達成感や高揚感が、やみつきになっていたんだろう。
今となっては、もう相棒みたいな存在だ。
ただの無機物だけど、そうじゃないような感覚。
だからこそ、こいつが俺の思いに共鳴したのかもしれないと思うと、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなった。
——"ありがとな"
ルービックキューブをじっと見つめながら、心の中でそっと呟いた。
「……なぁ、何でおもちゃが覚醒する条件を、公にしてねぇの?」
これは、率直な疑問だった。
そんな俺の問いかけに、バンリは軽くため息を漏らした。
「あのなー、世の中には悪い考えを持ったやつが、山程いるんだぞ?そいつらが覚醒の条件なんか知ったら、どうなると思う?」
「……武器化するおもちゃが増える?」
「そういうこと。武器が増えて、良い事なんかねぇらな」
バンリの言葉に納得して、深く頷いた。
「それと覚醒の条件は、もう一つあるんだ」
「もう一つ?」
「ああ。まず前提として、全てのおもちゃが強い感情や思いを持てば、覚醒するってわけじゃねぇんだよ」
それって、つまり……
「限られたおもちゃしか、覚醒しないって事か?」
「そう。ロクのそのルービックキューブは、誰からもらった?」
「これは、サンタからもらったものだけど?」
答えた瞬間、ハッとした。
「まさか、もう一つの条件て……」
バンリは、ニヤリと口角を上げてこう言った。
——「"サンタ・クロースからもらったおもちゃ"に限るらしい」




