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2話 覚醒の条件

「あんたは、トイカルマの隊員か……?」


「ああ。そうだ」


 男がそう答えると、不意にシャボン玉のような球体が、ふんわりと視界に入り込んできた。


「お〜〜いっ!」


 声が聞こえた方に目を向けると、水色の髪を一つに束ね、赤青白のラインが入った短丈のジャケットを着た女性が、球体の上から大きく手を振っていた。


 彼女はそこから軽々と飛び降ると、俺の背後にいる子供に声を掛けた。


「君、大丈夫〜?助けられなくてごめんね〜」


 視線を合わせるように腰をかがめ、泣きじゃくる子供の頭をよしよしと優しく撫でる。


 子供は少しずつ落ち着きを取り戻すと、ゆっくりと俺に人差し指を向けた。


「あ、あのね……お、お兄ちゃんが……た、助けてくれたのぉ!」


「へぇ〜!そうだったの〜?黒髪君、勇敢だね〜!」


子供の言葉に一瞬目を丸くした彼女は、俺に笑顔を向けた。


「いや、俺は別に……」


「ほーう?……じゃあ、やっぱりこれお前がやったんだな?」


 金髪の男が口を挟み、小さくなったゼンマイを指差した。


「それが、よく分かんねぇんだ。突進してくるゼンマイの向きを変えたくて、ルービックキューブ(こいつ)を投げようとしたら、汗で滑って地面に落ちたんだ。だから、直接ゼンマイには当たってないはずなのに……」


 地面に転がっていたルービックキューブを拾い上げながら、状況を簡単に説明する。


 男はそっと顎に手を当て、ルービックキューブと俺を交互に見た。


「……ふぅーん、なるほどな。たった今覚醒したんだな」


「は……?覚醒?」


 思わず声が裏返った。信じられない気持ちで、ルービックキューブを見つめるが、これと言って何も変わった様子はない。


「覚醒なんて……」


「見たところ空間操作型だな」


 俺の言葉を遮り、男は話を続けた。


「空間操作型のおもちゃは、覚醒しても見た目の変化はほとんどない。この状況を見ても、覚醒したのはほぼ確実だろうな」


「いやいやいや、さすがにそんな訳なくね!?」


 そりゃあ俺だって、「ある日突然覚醒したりしないかな」って妄想したことは何度もあるけど、まさか本当に覚醒するなんて、ありえないだろ……


 ルービックキューブを凝視しながら、ブツブツと独り言を唱える俺を他所に、男は女性に向かって指示を出し始めた。


「シャル、お前はその子供を警察に連れて行ってやれ。もうすぐフォルナが来るから、合流次第アビュサー達をまとめて警察に引き渡すように伝えてほしい」


「了解〜!」 


 彼女が元気よく返事をすると、男は再び俺に向き直った。


「んじゃ、お前は行くぞ」 


 そう言って俺の肩にポンっと手を置くと、そのままズルズルと押しながら歩き始めた。


「は……?えっ、ちょっ!」


 抵抗しようと必死に足でブレーキをかけるも、男は涼しい顔で歩き続ける。


 ……待て待て待て。こいつは一体、俺をどこに連れていく気だよ!?



 ***



「なぁ、おいっ!どこまで行くんだよ!」


 さっきからずーっと話しかけているのに、目の前の金髪の男はシカトを貫いている。地面には、俺が抵抗した証の長い跡が出来ていた。


「いい加減……」


ついに我慢の限界で、声を荒げようとした時だった。


「ったく。キャンキャン、キャンキャンよぉ。子犬でも、もうちょい静かに出来るぞ?」


 男がようやく口を開いた。


「聞こえてんなら、俺の質問に答えろよ!」


「へいへい。そろそろ説明してやるか」


 男は少しダルそうに、俺の肩から手を離した。


「あ、その前に、俺はバンリ。お前は?」


「……ロク」


「ロク、ね。いい名だ」


「……」


 こいつに「いい名だ」なんて言われたのが意外で、一瞬言葉に詰まった。それでも、すぐに我に返りポケットからルービックキューブを取り出した。


「なぁ、これ本当に覚醒したのかな?」


「ああ。さっきも言ったけど、ほぼ確実だな」


「マジか……」


 実感が湧かないまま、ルービックキューブを静かに見つめる。


「……あのな、ロク。初めておもちゃが覚醒する時ってのは、条件みてぇなもんがあんだよ」


「……条件?なんだそれ?」


 気になって、バンリに視線を戻す。


「覚醒の条件は、強い感情がトリガーになるらしい。持ち主が強い感情や想いを持っておもちゃを握った時、おもちゃはその想いに共鳴して、"武器"へと変わる」


「……!」


 そんな条件、初めて聞いた。同時に先程の場面が、脳裏に蘇った。


 俺はあの時、"とにかく子供を守ろう"って気持ちで頭がいっぱいだった。


 あの時の想いが、ルービックキューブを覚醒させたのか……?



 こいつは10年前、6歳の時にサンタ・クロースからプレゼントされたものだった。


 普通は一回でも全面を揃えたら、満足するのかもしれないが、俺は飽きる事なく何度も何度も繰り返しこれで遊んでいた。多分、全面を揃えた時の達成感や高揚感が、やみつきになったんだと思う。


 今となっては、こいつは相棒みたいな存在だ。ただの無機物だけど、そうじゃないような感覚。


 だからこそ、こいつが俺の想いに共鳴したのかもしれないと思うと、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 ——"ありがとう"


 ルービックキューブをじっと見つめながら、心の中でそっと呟いた。



「……なぁ、何でおもちゃが覚醒する条件を、公にしてねぇの?」


 俺の質問に、バンリは軽く溜息を漏らした。


「あのなー、世の中には悪い考えを持ったやつが、山程いるんだぞ?そいつらが覚醒の条件なんか知ったら、どうなると思う?」


「……武器化するおもちゃが増える?」


「そういうこと。武器が増えて、良い事なんかねぇだろ?」


 バンリの言葉に納得して、深く頷いた。


「それと覚醒の条件は、もう一つあるんだ」


「もう一つ?」


「ああ。まず前提として、全てのおもちゃが強い感情や想いで、覚醒するわけじゃねぇんだよ」


 それって、つまり……


「限られたおもちゃしか、覚醒しないって事か?」


「そう。ロクのそのルービックキューブは、誰からもらった?」


「これは、サンタからもらったものだけど?」


 答えた瞬間、ハッとした。


「まさか、もう一つの条件って……」


 バンリは、ニヤリと口角を上げてこう言った。



 ——「サンタ・クロースからもらったおもちゃに限るらしい」

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