1話 はじまり
いつものように母親に頼まれて、スーパーに買い出しに向かっている時だった。
「なぁ!あっちで集団戦闘が始まったってよ!」
「トイカルマが来てんのか!」
「集団での戦闘なんて珍しいな」
何やら騒がしい声が聞こえてきた。
少し気になって人だかりに近づいてみると、その中の数人は遠くを指差し、興奮気味に話をしている様子だった。
その先に視線を向けると、クリーム色の生地に赤青白のラインが入った戦闘服に身を包んだ三人が、4体の巨大なゼンマイ仕掛けのおもちゃと戦っていた。
……あぁ、トイカルマが戦ってんのか。
あんな風におもちゃを悪用するアビュサー相手に、果敢に挑んで行くなんて、かっこいいよなぁ……。
それに引き換え俺は、実家の中華屋を何となく手伝って、日々をぼんやりと過ごしているだけ。これと言って、他人に誇れるようなものも、自慢できるような武勇伝も何もない。
「はぁ…」
思わず溜息がこぼれた。
「……とりあえず買い出し行かねぇとな」
気持ちを切り替えるように彼らの戦闘から目を逸らし、足早にその場から立ち去った。
カチャ……カチャ……
手に馴染みきったルービックキューブを、片手で弄りながらスーパーまでの道のりを歩いていく。
あーあ。このルービックキューブも、ある日突然覚醒したりしねぇかな?
そしたら俺も、トイカルマの隊員とかになったりして……
そんな夢のような妄想を、繰り広げている時だった。
「うわぁぁああ!」
突然、大きな悲鳴が聞こえてきた。
驚いて目を向けると、幼い子供が怯えた表情で尻餅をついていた。その目前には、先程までトイカルマと戦っていたはずの猿のゼンマイ仕掛けのおもちゃが迫っていた。
——やべぇ、ぶつかるっ!!
咄嗟にその場から走り出し、子供の腕を掴んで力一杯自分の元へと引き寄せた。するとゼンマイは、間一髪のところで俺達の横を猛スピードで通り過ぎて行った。
「危なかった……。お前、大丈夫だったか?」
「うん……お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」
相当怖かったのか、その子は俺に抱きつきながら啜り泣き始めた。
なんとか助けられて良かった……
子供を落ち着かせようと、背中にそっと手を伸ばした瞬間——
ウィーーーン、ガチャン。
壁にぶつかったゼンマイがくるりと向きを変え、奇妙な音を立てて再びこちらへ向かってきた。
「ちょっ、まじかよ……!」
くそっ!どうすれば子供を助けられる?
ゼンマイを操ってるアビュサーは、どこにいるんだ?
必死に辺りを見渡すが、アビュサーらしき姿は見当たらない。
俺達の目の前には、ゼンマイが差し迫っていた。
「お兄ちゃん、怖いよ……」
子供は震える手で、俺のパーカーの裾をギュッと掴んだ。
「……っ」
この子を守るためには、ゼンマイの向きだけでもなんとか変えられれば……
そんな思いで持っていたルービックキューブを、ゼンマイに向かって力一杯放り投げた。
だが、緊張で手が汗ばんでいたせいか……
指先に力を込めた瞬間——
カチャ……
ルービックキューブは一面だけずれて、そのまま掌から滑り落ちてしまった。
……嘘だろ?
赤の面が揃ったルービックキューブが、無情にも地面へと落下していく。
俺は覚悟を決めて子供の体を抱き寄せ、向かってくるゼンマイの衝撃に耐えようと、歯を食いしばった次の瞬間――
バコンッ!!
謎の衝撃音と共に、一瞬空間が歪んだように見えた。それと同時に、ゼンマイが地面に向かって激しく叩きつけられた。
「え……?」
今、何が起きた?
ペシャンコになっているゼンマイを呆然と見つめていると、次第に空気が抜けたような音を立てて小さく萎み始めた。程なくして、普通のおもちゃの大きさに戻ったそれをツンツンと突いてみたが、どうやら完全に動かなくなった様子だった。
「よく分かんねぇけど、助かった……?」
子供を無事に守りきれたのだと思い、ホッとして深く息を吐き出した途端「ちくしょう!」と声を上げながら、ズカズカと一人の男がこちらに向かって歩いて来た。
その声にハッとして、すぐに子供を自分の後ろに隠して身構る。
……もしかして、あの男がさっきのゼンマイのアビュサーか?
そっと男に視線を滑らせると、しっかり目が合ってしまった。
「おい、てめぇ何者だ?せっかくトイカルマを撒いたってのに、邪魔しやがって!」
男の口振りからして、ゼンマイのアビュサーで間違いないと確信した。
「……」
初めてアビュサーと対峙した恐怖で、思わず全身が強張る。子供は俺の服の裾を掴んで、ガタガタと震え上がっていた。
「……大丈夫だから」
どうにか子供を落ち着かせようと、必死に声を絞り出した時だった。
――「確保」
不意に背後から、低く囁くような声が聞こえてきた。それに続いて、ズシンズシン!と大きな地鳴りのような音が近づいて来る。
「一体、何の音だ……?」
咄嗟に音がする方へ振り向いてみると、巨大なダルマが俺達に向かって、凄まじい勢いで転がって来るのが見えた。
今度はゼンマイじゃなくて、ダルマかよ!
どうする、どうしたら……
どうにかして子供を守りながら、この場から逃げ出す方法を考えていると、目の前にいたアビュサーが急に小刻みに震え始めた。
「ひぃいいい!やめろ、こっちに来るな!」
さっきまでの威勢はどこへやら……。ダルマを見つめながら怯えた表情を浮かべるアビュサーは、その場で腰を抜かした。
「ん……?」
もしかして、あのダルマはアビュサー側ではねぇのか……?
そんな考えが頭をよぎったところで——
キュルルルルルッ!!
転がって来たダルマが、アビュサーの前で急停止した。そして、頭の部分がパカンと外れたと思ったら、そのまま彼をその中へと封じ込めてしまった。
「うわぁぁあああ!!」
悲痛な叫び声が、巨大なダルマの奥底へと飲み込まれていく。
唖然としてその光景を見つめていると、先程ダルマが転がってきた方向から、肩にかかる長さの金髪の男が姿を現した。
「……んあ、誰だお前?」
真っ赤なパーカーに、赤青白のラインが入ったつなぎを腰で縛ったラフな格好をした男。
その男は、不思議そうに俺を見つめていた。




