26話 選ばれなかった贈り物
「うん、ユイ久しぶりだね」
チャックは、狐面の人にそう返事をした。
……この人が、噂のユイって人か。
黒い袴に、黒い狐のお面。袴の上には、クリーム色地の羽織。その襟元には赤の太いラインに細く青が入っている。お面から覗く長い銀髪は、後ろで三つ編みに結われていた。
唯一の和服姿のユニフォーム。
その身に纏う独特な雰囲気に、思わず息を呑んだ。
普段はおしゃべりなコーンも、緊張した面持ちで静かに彼を見つめていた。
ユイが口を開く。
「隣のやつら、新入りなん?」
彼の口調は、独特な訛りのある喋り方だった。
「そう。こっちは2ヶ月前に入隊したコーン。で、こっちが1週間前くらいに入隊したロクだよ」
チャックがユイに、俺たちの紹介をしてくれた。
2人で慌てて挨拶をしようとしたところで、会議室の奥の扉が開いた。
……カチャ。
扉の向こうから姿を現したのは、バンリだった。
「全員いるよな?これから緊急会議を始める。全員一度席につけ。」
いつもはつなぎを腰で巻いているのに、今日はしっかりとユニフォームを着ていた。
バンリの後ろからは、見たことのない少し強面の髭を生やしたおじさんが入ってきた。その人は、顔の左側に大きな切り傷のようなものがあった。
「……始まるみたい。挨拶はあとにして、取り敢えず座ろうか」
チャックの提案に頷き、俺とコーンは後方の空いていた席に並んで座った。
「……なぁ、バンリの隣にいる人って誰?」
小声でコーンに問いかける。
「あの人はトイカルマの指揮官、ヴェロナ隊長だよ」
「初めて見た……」
あの人がトイカルマの隊長なのか。
威圧感を感じさせる立ち姿に、その場の空気が張り詰めたように感じた。
全員が直ちに席につき、しーんと静まり返る。
するとヴェロナ隊長は、ユニフォームのポケットから徐に、けん玉を取り出した。
一体、何が始まるんだ……?
全員の視線が、彼のけん玉へと向けられた。
コトッ、コトッ、カチャン……
赤い玉が剣先に刺さる。
直後、バンリが大きく口を開いた。
——「総員、起立!」
彼の指示に従い、隊員たちがパッと立ち上がった。
その光景に驚きつつも、置いていかれないようにと急いで立ち上がる。
「敬礼!」
全員が右手で敬礼をする。
見様見真似で、俺もそれに続いた。
「楽にしていい。座れ」
ヴェロナ隊長が指示をすると、隊員たちは椅子に腰掛けた。
隊長はけん玉を手に持ちながら、全員に視線を送る。
「これより緊急会議を始める。バンリ、資料を」
「了解」
バンリは返事をすると、前の席に座る隊員たちに資料を配布していく。
前に座るユイから渡された資料を、俺は軽く会釈をして受け取った。
「今配布した資料は、ここ最近多発していたアビュサーの集団戦闘の調査結果だ」
バンリの説明を聞きながら資料に目を通す。
そこには俺が戦ったゼンマイのおもちゃや、この前見学した時に見た、ラジコンのおもちゃの写真も載っていた。
「この資料に載っているおもちゃからは、正規の覚醒反応の履歴が確認できなかった」
え……?
——「それでだ」
ヴェロナ隊長が、ゆっくりと口を開く。
「TMIの調査と、警察での聴取を行った結果、ある組織の存在が明らかになった」
……組織?
全員が資料から、隊長へと視線を向ける。
「その組織の呼び名は、プレスト。present stray”選ばれなかった贈り物”という意味が込められているらしい」
選ばれなかった贈り物……
皮肉めいたその意味と、正規の覚醒反応が見られなかったという先程の言葉が、なんとなく心に引っかかった。
「へー。物騒な名前やなぁ」
ふと、前の席からそんな声が聞こえた。
「要するに、そいつらが強制的におもちゃを覚醒させたって事やな?」
は……?
強制的におもちゃを覚醒させた?
ドクン——
ユイの言葉を聞いて、心臓が嫌な音を立てた。
「……さすが、ユイ。理解が早いねぇ」
バンリは、言葉を続けた。
「捕まえたアビュサー達は、みんな口を揃えてこう言ったんだ」
——「プレストが、自分のおもちゃを覚醒させてくれた」
「……っ!!」
部屋の空気が、一気に凍りつく。
「イカれとんなぁ……」
ユイはそう言って、深く溜息を吐いた。
バンリが再びを口を開く。
「どうやっておもちゃを強制的に覚醒させたのか、その手段はアビュサー達でも知らなかった。当初から噂されていたように、アルディアの怨念が強まってるのか。それとも別に、おもちゃを覚醒させる方法を誰かが見つけてしまったのか……。謎は深まるばかりだ。」
「……奴らの狙いは?」
ユイが間髪入れずに、質問を飛ばす。
「さぁな。プレストが、どういう意図で作られた組織なのかも不明。分かっているのは、ゼンマイのアビュサーは銀行強盗目的。ラジコンカーのアビュサーは、東区の街並みが気に入らなくて壊したかったんだとよ」
……なんだそれ?
犯罪に統一性もなければ、ただの私欲じゃねぇかよ。
そんなのまるで……
「おもちゃを覚醒だけさせて、あとは好きにせぇって感じやな」
俺の頭に浮かんだ考え。
それを全く同じように口に出したのは、ユイだった。
すると次の瞬間——
バンッッッ!!
とんでもない破壊音が、部屋中に鳴り響いた。
気付けば、ヴェロナ隊長の前に置かれていた机が、雷に打たれたかのように真っ二つに割れていた。
隊長の手には、けん玉が握られている。
え……?
まさか、けん玉で机をぶっ壊したのか?
驚きのあまり、全員が言葉を失い隊長を見つめる。
「……そんなルールも秩序も無いようなふざけた組織、この私が許さん!!」
隊長は憤りながら、大きな叫び声を上げた。
「トイカルマ総員!!今から命令を下す!」
隊員全員の背筋が、ビシッと伸びる。
「通常パトロールに加え、プレストに関する情報収集を命ずる!どんな些細な情報でも構わん!とにかく奴らの実態を暴き、何としてもこれ以上の強制覚醒を防げ!」
「「「了解!!」」」
「うむ。ではバンリ、あとは任せた」
ヴェロナ隊長はそう言って、足早に会議室から去っていった。




