25話 黒い狐の面
「はぁ…はぁ…」
滴り落ちる汗。
それをタオルで拭いながら、水の入ったペットボトルを口に含んだ。
「今日は、この辺にしておくか。」
ベンチに倒れ込むように座ると、フォルナが声をかけてきた。
「はぁ…おう。悪いな。こんなんで……」
思わず謝罪の言葉を口にした。
なぜなら目の前にいるフォルナは、汗ひとつかいていないから。
自分から彼に、近接戦闘の練習をやろうだなんて言い出してから数日。
俺とフォルナは毎朝、寮のジムで練習に励んでいた。
フォルナは孤月を覚醒させずに、おもちゃの姿のままで近接戦闘に慣れる練習をしている。両腕には10キロずつの重りをつけているにも関わらず、とんでもない速さで孤月を振り回すもんだから、それを避けるだけでも精一杯だった。
これって、ただ俺の練習にフォルナが付き合ってくれてるだけなんじゃ……?
そんな考えが浮かんで、ガックリと項垂れた時だった。
「なにに謝ってんだ?」
そんな言葉が頭上から降ってきた。
「だって俺が弱過ぎて、お前の練習に全然なってなくね?」
恐る恐る顔を上げると、フォルナはそれを否定した。
「そんな事ない。ただイメージするだけと、実際に人に動いてもらって練習するのとじゃ全然違う。だからお前が謝る理由なんて、どこにもない。」
「本当に……?」
「本当だ。」
フォルナはそう言い切った。
途端にホッとして、溜息がこぼれた。
「それにしても、ロクも随分避けれるようになってきたな?」
「え、それまじで言ってる?」
「まじだ。」
真顔で答える彼に、俺は思わず笑ってしまった。
「なんか、フォルナに褒められんの嬉しいなぁ。」
口元が緩む俺と、真顔で「そうか?」なんて言ってるフォルナ。ここ最近毎朝一緒にいるからか、フォルナと少しずつ仲良くなってきている気がする。
「つーかさ、この後の緊急会議って何の話するんかな?」
「そりゃ緊急な話だろ。」
……いや、そうなんだけどさ。
再び真顔で即答するフォルナに、思わず笑ってしまいそうになった。俺は話の内容を聞いてるのに、そのまま返してくるこいつは、やっぱりちょっと面白い。
「フォルナってもしかして、ちょっと天然?」
ここ最近感じていたことを、本人にそのまま聞いてみた。
「天然……?この水のことか?」
そう言ってペットボトルの水をじっと見つめる、彼に俺は確信した。
「これは天然水らしい。」
「ぷっ…そっか。水のことも、お前の事もなんか分かったわ。」
笑ってしまいそうになるのを必死に堪えながら、肩を揺らした。
「そうか、それなら良かった。」
ホッとしたように優しく微笑むフォルナは、イケメンで、優しくて、やっぱり天然だった。
こんなやつが、今まで1人でいた理由が謎すぎる。もし俺の周りにいたら、すぐにでも友達になりたいと思ってただろうなぁ。
そんな事を思いながら、ベンチから立ち上がった。
***
朝食を食べ終えた後、緊急会議とやらに参加するためにユニフォームに着替えて本部へと向かった。
ここ数日間で、パトロールの際に何度かユニフォームを着用したけど、まだ着せられてる感が拭えない気がする。
みんなみたいに早く馴染むといいなぁ。
そんな事を考えながら歩いていると、背後から自分の名前を呼ばれた。
「おーーーい!!ロクーーー!!」
振り返ってみると、ホッピングに乗ってピョンピョンと跳ねるコーンと、その少し後ろを歩いているチャックの姿が見えた。
コーンは俺のすぐ隣まで来ると、跳ねたまま元気よく挨拶をした。
「おはよーーー!!」
「おう、おはよ。チャックもおはよう。」
「…はよ。」
朝から元気すぎるコーンとは対照的に、眠そうに目を擦るチャック。
なんとなく、俺とフォルナの温度感に近いものがある2人かも?なんて思った。
「なぁなぁ、緊急会議ってなんだろうなー!!俺、ここに入ってからこんなん初めて聞いたよ!!」
何故かワクワクしている様子のコーン。
「え、お前も初めてなの?……って事は、2ヶ月間は最低でもこんな会議はなかったって事か。」
「なんかもう"緊急"って言われるだけで、ドキドキしちゃうよなぁ!」
「……お前なんか楽しそうじゃね?」
俺の言葉に、コーンは勢いよく頷いた。
「だって、緊急会議は全員参加らしいじゃん?だからさ、《《あの人》》にも、会えるんじゃないかなって!」
「あの人……?」
誰のことだろう。
そう思って首を傾げると、コーンはホッピングを力強く蹴って飛び上がった。
「ユイだよ!!」
「ユイ……って誰?」
「お前知らねぇの?!トイカルマのユイ。通り名は"イチ"って呼ばれてるあの超有名人!」
イチ……?
しかも通り名あるとか、すげぇ強そうじゃん。
「そんな奴がいるなんて、全然知らなかった。」
俺の返事に、コーンはペダルを踏み外しそうになっていた。
「まぁ、言われてみればそっか。お前まだここに来て1週間だもんな。」
「……その人、そんなに有名な人なのか?」
「トイカルマでは、一番有名な隊員だよ!なぁ、チャック!」
突然話を振られたチャックは、こちらも見ずに静かに頷いた。
「え、どんなやつなの?」
思い切ってチャックに質問してみると、彼は一瞬俺に視線を向けるも、すぐに俯いてしまった。
……あれ?俺ってもしかして、嫌われてる?
そんな疑問を抱いた瞬間、彼はゆっくりと喋り始めた。
「……ユイは、凄く強い。トイカルマで1番。」
ボソッと発せられたその言葉に、思わず目を見開いた。
自分の中では、なんとなく1番強い隊員はバンリなんじゃないかと思ってた。理由は、幹部だって聞いてたから。
驚く俺に、チャックは言葉を続けた。
「ユイは君と同じ、空間操作型。いつもお面を被ってるから、会議にいたら少し話してみたら?」
俺と同じ、空間操作型の隊員……。
それはめちゃくちゃ気になるな。
「……分かった。お面をつけてる人だな。会議の後にでも話しかけてみようかな。」
チャックにそう返事をすると、彼はチラッと俺を見て小さく頷き返してくれた。
すぐに視線を外されてしまったけど、なんとなく嫌なやつな感じはしなかった。
「なぁ、俺も話したいから、一緒に話掛けに行こーぜ!!」
「ああ。行ってみるか。」
「コーン、うるさい……。」
「なんだよチャック!そんなこと言うなよー!」
3人でそんな会話をしながら、本部にある会議室の扉を開けた。
そこには各々のユニフォームを着て、椅子に座る隊員たち。見渡す限りは、お面をつけた人物の姿は見当たらなかった。
「まだユイって人は、来てないみたいだな。」
そう言って、空いてる席に向かおうとした瞬間——
「ん……?チャック?」
背後から聞こえた、こもるような声。
その声に振り返ると、黒い狐のお面をつけ、黒い袴に身を包んだ人物が立っていた。




