24話 克服のために
フォルナの話を聞いて、一瞬にして胸が締め付けられた。
ラクアを助けたい一心で、覚醒した孤月。
よりによって、それが人を傷つけることになるなんて……
心を落ち着かせるために、大きく深呼吸をする。
「……その後は、一体どうなったんだ?」
「近所の人が騒ぎに気付いて、通報したらしい。母親はすぐに病院へ運ばれ、ラクアと俺は別々に警察に連行された。」
「警察ではどんな話を?」
「俺は話しが出来る状態じゃなかった。」
「……そうだよな」
「ただの遊び道具だったブーメランが、突然覚醒して人を刺してしまった。その事実と、刃から滴り落ちる赤い血の光景が頭から離れなくて……」
俯いて話をする彼の表情は、とても辛そうに見えた。
「フォルナ……」
無理に話しをさせたくなくて、そっと名前を呼んでみる。
だけどフォルナは、そのまま話を続けた。
「何も話せなかったのに、俺は次の日に釈放されたんだ。TMIがブーメランを調査した結果、あの時に初めて覚醒反応が出たってことが証明されたからだ。それと……」
短い沈黙が流れる。
俺は黙って次の言葉を待った。
「ラクアが泣きながら、警察に全部話したらしい。」
「全部ってことは……!」
「母親に日常的に虐待されてた事も全て。」
「……」
たった8歳のラクア。
子供だけど、世界の仕組みを知らない年齢じゃない。
警察にその話をするのは、かなり勇気がいっただろう。
フォルナが虐待を疑っても、それを肯定しなかった。
カッターを自分に向ける母親を庇い、自分が悪いと言った。
どれほど酷いことをされたとしても、たった1人の大切な母親だもんな……。
それなのに、ラクアは警察に虐待を打ち明けた。
理由なんて、一つしかない。
「ラクアはきっと、お前のことを守りたかったんだな。」
フォルナの肩が、僅かに震えた。
「……でも、俺はラクアから母親を奪ったんだ。」
「今は、母親と離れて暮らしてんのか?」
「ああ。施設に引き取られたって聞いた。」
「そうか……。でもそれって、奪ったわけじゃないだろ?」
ずっと俯いていたフォルナが、ふと視線を上げた。
「お前はラクアを助けたことには変わりない。絶対に、ラクアもそう思ってる。」
「……お前、バンリと同じこと言うんだな。」
えっ、
「まじ……?」
「まじまじ。」
そう言って、フォルナは小さく微笑んだ。
「……実は、ラクアから手紙をもらったんだ。」
「手紙?」
「ああ。あいつが施設に引き取られて、数日後にな。」
「なんて書いてあったんだ?」
「いっぱい俺と遊んでくれてありがとう。弟だと思ってくれてありがとう。ブーメランいっぱい練習するから、また遊ぼうな。"兄ちゃん"……。」
聞いた瞬間、目の奥が熱くなった。
「母親の件については、何も書かれていなかった。でも俺は、その手紙に救われたんだ。」
フォルナの指先が、孤月を撫でた。
「手紙を読んだ後、あの日から触れることすら出来ずにいた孤月を、怖がらなくて良いんだって、やっと思えるようになった。ラクアに負けねぇように、投げる練習もたくさんしなきゃなって……」
「……」
「……え?なんでお前が泣いてんだ?」
フォルナが俺の顔を見て、ギョッとした。
「だってよぉ〜」
涙と鼻水でびしょびしょになっている顔を、両手でゴシゴシと拭った。
「ラクアはやっぱりお前に……"兄ちゃん"に……救われてたんだな……!」
俺のその言葉に、フォルナは一瞬目を見開いた。
「……だったらいいな」
囁くようにそう口にすると、彼は目を細めた。
「でも、やっぱりまだ怖いんだ。孤月を手に持ったまま戦うのが。刺した時のあの感触が、忘れられない」
ゆっくりと、孤月に視線を移す。
「このままじゃダメだって分かってる。どっかで克服しないとな」
彼はそう言って、気持ちを切り替えるようにその場に立ち上がった。
「……もし辛くなった時は、俺で良ければいくらでも話聞くからな」
「助かるよ」
フォルナは、普段から口数が多い方じゃない。
それは恐らく、一つ一つの言葉を丁寧に選びながら、会話をしているからだと思う。
誰に対しても誠実で、優しい。
その反面、自分には厳しくてストイック。
そんなやつだからこそ、辛い過去を1人で抱え込んで欲しくないと思った。
俺がこいつに出来ることって、話を聞くことしかねぇのかな……
フォルナの背中を見つめながら、ふとある考えが思い浮かんだ。
「あっ!つーかさ、俺も体鍛えたいし、お前が毎朝ここで鍛えてんなら、近接戦闘の練習とか一緒にやらね?」
フォルナがパッと振り返った。
「いいのか……?」
遠慮気味に聞き返す彼に、俺は思わず笑みがこぼれた。
「全然いい。むしろ助かる!ジムの中って、覚醒させて練習しても大丈夫なんかな?」
「奥のトレーニングルームなら問題ない。そこまで広さはないけど、近接戦闘の練習くらいなら出来るよ」
「じゃあ決まりだな!」
そう言ってにっこりと笑顔を向けると、フォルナは嬉しそうに頷いてくれた。
「あのさ、昨日の戦闘訓練、あれ実はバンリの計らいで俺がロクの相手になったんだ」
「バンリの計らい……?」
「そう。空間操作型は、手におもちゃを持ったまま戦うのが基本スタイルだから、俺が六面の覚醒を解くには、本来なら近接で戦わなきゃいけなかったんだ。」
フォルナの話を聞いて、バンリの意図を悟った。
「なるほどな。バンリは少しでもお前に、近接戦闘をさせたかったってわけか。」
「ああ。だから、お前が近接戦闘の練習に付き合ってくれるのは本当に助かるよ」
彼の言葉を聞いた瞬間、トイカルマになりたての自分でも、少しは役に立てるのかなと思ったら嬉しくなった。
その後、部屋に一度戻ると言ったフォルナと別れ、俺は朝食を食べに行くことにした。
カチャ…カチャ…
六面を弄りながら、食堂まで歩いていく。
頭の中では、フォルナの過去の話がぐるぐると巡っていた。
孤月に刃がついた理由……
それはもしかして、ラクアの母親に抱いた"腕を切り落としたい"って思いが、孤月に反映されたからか……?
ふと、そんな考えが浮かんだ。
六面をぼんやりと見つめる。
脳裏に浮かんだのは、初めて覚醒した日のこと。
俺はあの時、向かってくるゼンマイの向きを変えようと思って、六面を投げようとした。
六面の攻撃は、面をずらした方向に衝撃を与えられる。
——"おもちゃは、強い思いや感情と共鳴して覚醒する"
……ってことは、覚醒したおもちゃが自分の思いを、そのまま攻撃の形に反映するとしたら?
みんなは一体、どんな過去を背負ってきたんだろう……
そんな疑問が、浮かんだ時だった。
「ロク、おっはよ〜!」
背後からシャルの声が聞こえて、ハッとして振り向いた。
「お、おう!おはよ」
「なになに、考え事〜?眉間に皺寄ってたよ〜?」
「いや、なんでもないよ」
心を落ち着かせるために、下手くそな笑顔を取り繕う。
だけど頭の中では、次々に疑問が浮かんできた。
……シャルの武器、"玲"。
それは、シャボン玉で人を守るために覚醒したのか?
それとも、大砲を何かに撃ち込むため……?
気になるけど聞けない。
いや、聞いちゃいけない気がした。
浮かんだ疑問を打ち消すように、心の奥底へとそっと仕舞い込んだ。




