23話 フォルナの過去
◇フォルナside
俺は昔から、自分で思ったことを言葉にするのが苦手だった。
感情もあまり顔に出ないタイプのせいか、友達ともあまり上手く付き合えなくて、気づけばみんな遠ざかっていった。
そんな俺の遊び道具は、サンタからもらったブーメランだった。これなら1人で投げても返ってくるし、相手がいなくても楽しめたから。
最初はそれだけだった。
でもずっと遊んでいるうちに、勢いよく飛ばした時の風を切る音や、風を読んでどこに戻ってくるか考える時間が好きになった。
だから、毎日夢中でブーメランを飛ばしていた。
よく遊んでいた場所は、芝生が広がる大きな広場。
そこは子供達が、よく集まる場所でもあった。
そこで1人の少年と出会った。
名前はラクア。当時8歳の男の子だった。
広場に行くと、ラクアはいつもベンチに1人で座っていた。
友達と遊ぶわけでもなく、1人で何かするわけでもなく、ただじっと空を眺めているような子だった。
何故か無性にその子のことが気になって、ある日思い切って自分から話しかけてみた。
「なぁ。いつもそこで空を眺めてるけど、それ楽しいのか?」
人付き合いが苦手な自分が、他人を気にかけて話しかけるなんて、本当に珍しい事だった。
「……」
ラクアは俺にチラリと視線を向けただけで、質問には答えてはくれなかった。
仕方ないかと諦めて、ブーメランを飛ばそうとした時だった。
「……兄ちゃんのそれ、楽しいの?」
呟くような小さな声で発せられた言葉。
それでも俺の耳には、しっかりと聞こえた。
「楽しいよ。やってみるか?」
「……うん」
ラクアは頷いて、ベンチからゆっくりと降りた。
彼がベンチから降りたのを見たのは、この時が初めてだった。
それから俺たちは、広場で一緒にブーメランを飛ばして遊ぶようになった。
ベンチに座って空ばかり眺めていたラクアは、意外と運動神経が良くて、ブーメランを飛ばすのも日に日に上達していった。
それと同時に、いつも無表情だった彼は、よく笑うようになった。
俺はいつしかラクアのことを、本当の弟のように思うようになっていた。
そんなある日、ふと疑問が浮かんだ。
こいつはいつも俺より先にここに居て、俺が帰る時も見送ってくれる。
一体、いつ家に帰ってるんだ……?
浮かんだ疑問は、日を追うごとに膨らんでいった。
だから俺は、それとなくラクアに聞いてみることにした。
「お前はいつもここにいるけど、親御さんは心配しないのか?」
「うん!それは全然平気!」
返事をしたラクアの顔は、ブーメランを飛ばしている時の笑顔とは違って見えた。
だけどそれ以上は、何故か聞くことができなかった。
それなのに——
ラクアがジャンプしてブーメランをキャッチした時、捲れたシャツから腹が見えた。
痩せ細って骨が浮き出ている腹には、複数の赤い傷跡のようなものが目に入った。
途端に、胸の奥がざわついた。
「……なぁ、お前細すぎだろ。毎日飯ちゃんと食ってんのか?」
「食ってるよ!」
俺の質問に答えながら、慌てて腹をしまうラクアに違和感を感じた。
「……今日こんなに暑いのに、なんで長袖なんだよ?」
「僕、寒がりなんだよね!」
そう答える彼の額には、汗が滲んでいた。
無言で彼の元に近寄り、パッとTシャツを捲り上げる。
「な、なにすんだよっ!」
ラクアは、慌てて体を手で覆った。
だが体中に無数に散らばった傷跡は、彼の痩せ細った腕では全然隠しきれていなかった。
あまりにも痛々しいその姿に、喉の奥がせり上がる。
「……どうしたんだよ、この傷」
「転んだんだよ」
まるで答えを用意していたかのように即答した彼は、ベンチに座って空を眺めていた時のように、一切の感情が無くなって見えた。
——その瞬間、今までの違和感が一本の線に繋がった。
怒りとも悲しみともつかない感情が、胸の中を覆い尽くす。
この言葉を口にしたら、何かが崩れてしまうかもしれない。
そんな事を思いながらも、頭に浮かんだ一つの可能性が、自然と口から溢れ出した。
——「お前、もしかして虐待されてる……?」
ラクアは一瞬目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
「……そんなわけないよ!」
「じゃあどうして、いつもあそこのベンチに1人で座ってたんだ?」
「それは……」
「骨が浮き出るほど痩せ細って、体の傷隠すために長袖なんか着て、8歳の子供がおもちゃも持たずに、1人でベンチに座ってるなんておかしいだろ?!」
ラクアの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「……俺はお前のことを、自分の弟のように大切に思ってる。だから、本当のことを話してくれないか?」
どうにかして彼を救いたいと思った。
だけど、その想いは届かなかった……。
ラクアは大粒の涙を流して首を横に振り、肩に置いた俺の手を退けて走り去ってしまった。
「おいっ……!」
急いで彼の後を追いかける。
ラクアが駆け込んだ先は、普通の一軒家だった。
庭には綺麗な花壇が並んでいる、二階建ての家。
特にお金に困ってそうとか、そんな雰囲気もない。
……虐待なんて、勘違いか?
そんな考えが浮かんだけど、どうにも落ち着かなくて、暫くその場に留まることにした。
そうして日も完全に落ちた頃、静かにドアが開く音が聞こえた。
「あんたが悪いんだからね。」
「……ごめん、ごめんなさい。」
女性の冷たい声で言い放たれた言葉の後、聞こえてきたのは
震える声で謝り続ける、ラクアの声だった。
その声を聞いた途端、疑問が確信に変わった。
咄嗟に立ち上がり、扉の方へ向かおうとした瞬間、車のライトがラクア達を照らした。
そこで見えたのは、カッターを片手にラクアの背中を捲る女の姿だった。
——「おいっ……何してんだよ?」
目を背けたくなるその光景に、思わず声が震えた。
突然現れた俺の姿に驚きの表情を浮かべた2人に、ゆっくりと近づいていく。
足がすくみそうになるのを必死に堪えて、ブーメランをギュッと握りしめた。
「……お前今、ラクアに何をしようとした?」
「な、なんなのよ!あなたは?!」
女は焦った様子で、カッターを背中に隠した。
その行動に、俺の中で何かが切れる音がした。
「なぁ、質問に答えろよ……!」
力任せに、女の胸ぐらを掴み上げた。
「フォルナ……やめて……僕が悪いんだ……母さんは悪くないから……!」
ラクアはそう言って、泣きながら俺の洋服を引っ張った。
「お前が悪い?違うだろ!飯も満足に与えられず、体は傷だらけ。それを必死に隠して、感情を無くしたように1人で空を眺めていたやつの、どこが悪いってんだよ?!」
「大丈夫だから……」
「大丈夫なわけないだろ!俺はラクアを本当の弟のように思ってる。そんな大切なやつを、こんなもので傷つけるなんて絶対に許さねぇ!」
この時俺は怒りのあまり、カッターを持つラクアの母親の手を"切り落としたい"なんて、物騒な考えが頭に浮かんでしまった。
「そのカッターを放せよ!」
そう叫びながら、彼女の手元にブーメランを向けた。
その瞬間——
「ぎゃぁぁぁあああ!!」
耳を劈くように響いた、母親の絶叫する声。
ポタポタと地面に滴り落ちる赤色の液体。
「え……」
握りしめていたブーメランは何故か巨大化していて、弧の外側に現れた刃は、ラクアの母親の腕に突き刺さっていた。




