18話 ルービックキューブの名前
——「〈六面〉だ!」
大きな声で名前を叫んだ途端に、心臓がバクバクと音を立てた。
反応が気になり、恐る恐るルービックキューブから視線をみんなへと向ける。
「六面ねぇ。いい名前じゃねーか」
一番最初にそんな言葉を掛けてくれたのは、バンリだった。
ホッとしたのと嬉しいのとで、つい頬が緩んだ。
「うんうん!ロクの面って感じで、素敵な名前だね〜!」
「おっ、シャル気づいた?実はそれなんだ!ルービックキューブの面の数と、俺の名前の"ロク"を掛けてみたんだ!」
照れながら説明すると、シャルはニコニコと頷いてくれた。
「お前とおもちゃに、ピッタリな名前だな」
「私もそう思います!」
フォルナ、マルに続き、みんなも口々に"六面"という名前を褒めてくれた。
——改めてよろしくな、"六面"。
ルービックキューブを見つめながら、心の中でそっと呟いた。
その後、デザートまでしっかり完食した俺は、これから自分が暮らす部屋をバンリに案内してもらった。
「ひっっっろ!!!」
部屋に入った途端に目を輝かせた俺の様子に、バンリは満足そうに笑っていた。
フローリング16畳。一人暮らしには十分すぎる広い部屋の他に、キッチン、風呂、トイレまでついている。
「TMI最高かよーーーっ!!」
「ちなみに、最上階には温泉。さっき飯食った場所は団欒スペース。んで、あのスペースの奥にはジムがある」
「うおおおお!!荷解きしたら、さっそく探検しに行かねーと!」
ワクワクしながら、荷物に手を掛けた。
——その瞬間。
ビーッ!ビーッ!
バンリの腕時計から、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「これ、何の音だっ?!」
焦って、咄嗟にバンリに声を掛ける。
「あーーー。出ちまったかぁ」
彼はそう言って、頭を掻いた。
「出たって、何が?」
「アビュサー」
「まじか……」
荷物から手を離し、じっと次の言葉を待つ俺に、バンリはチラリと視線を向けた。
「仕方ねぇな。探検はあとでにして、本業の見学行くかぁ?ロク」
「そんなの……行くに決まってる!」
力強く答えた俺に、彼はふっと小さく笑った。
「こちらバンリ。アビュサーの詳細を教えてくれ」
腕時計の画面を押して、彼は誰かと会話を始めた。
"こちらルカ。詳細をお伝えします。アビュサーの人数は4人。車2台、ジェット機2台。ラジコンのおもちゃを使用。場所は東区3丁目付近。そこで猛スピードで暴走しているとの通報です"
「了解。コーン、シャル、チャック応答出来るか?」
"はいは〜い!3人一緒に団欒スペースにいるよ〜"
「そりゃ丁度いい。3人共すぐ準備して本部に向かえ」
"了解"
「ん。それとウズ、応答出来るか?」
"はいはい"
ウズと呼ばれたその人の声は、さっき会話した茶髪の人の声と似ている気がした。
「ウズ、現場まで転送頼めるか?」
"了解"
4人に指示を終えたバンリは、俺に視線を戻した。
「ユニフォームねぇけど……まぁいっか。俺は着替えてすぐ向かうから、お前は先に本部に行ってろ」
「おう!」
「セキュリティキー持ってっか?」
「ある!」
「トイカルマの本部の前の扉に、それをかざせば入れる」
彼はそれだけ言って、すぐに部屋から出て行った。
バンリの背中を見送った俺は、ポケットの中に入っている六面にそっと手を伸ばした。
……みんなの戦闘を、間近で見学できるんだ。
段々と鼓動が早くなっていく胸に手を当て、ふうっと大きく息を吐いた。
ゴソゴソ……
持ってきた荷物の中から、昨日マルから渡された封筒を出す。そこから白いセキュリティキーを手に取り、しっかりと握りしめた。
「……よし、行くか!」
自分に言い聞かせるように呟いて、バンリの後を追う形で部屋から飛び出した。
階段を駆け下り、団欒スペースに出ると、みんなが手を振って見送ってくれた。
「見学かー?気をつけてな!」
「いってらっしゃーい」
「はい!行ってきます!」
温かい言葉に元気よく手を振り返し、扉に手をかけた時だった。
「本物の戦闘を見て、しっかり学んで来いよ」
背後からフォルナの声が聞こえた。
「おう!」
彼に短く返事をして、力一杯寮の扉を開いた。
木々が生い茂る中を、駆け抜けて行く。食堂の建物を通り過ぎ、TMI本部の扉を開け、階段を一段飛ばしで登る。
その先に【トイカルマ本部】の看板と、セキュリティ付きの白い扉が見えた。
セキュリティキーをかざして、ゆっくりと扉を開く。
ガチャ……
初めて足を踏み入れたトイカルマの本部は、一般の人が行き交う1階とは異なり、スーツやユニフォームを着た人のみの空間となっていて、一気に緊張が走った。
「あれ?ロクも現場行くの〜?」
前方から聞こえたシャルの声に視線を向けると、[モニタールーム]と書かれた扉の向こうから手を振る姿が見えた。
「お、シャル!さっきバンリから見学の指示をもらったんだ」
「じゃあ、こっちおいで〜!」
「おう!」
彼女の元に駆け寄ると、そこにはベストタイプのユニフォームを着たコーンと、先程シャルと話していた緑髪の男の子の姿があった。その子は学ランタイプのユニフォームを着ていた。
……あの子がチャックってやつかな?
そう思って、声を掛けようとしたところで——
「全員揃ってるかー?」
背後からバンリの声が聞こえた。
「全員いるよ〜。ウズも奥にいる〜」
シャルの返事を聞いたバンリは、俺を押し込むようにして部屋の中へと入り込んだ。
「よし。ルカ、アビュサーの位置は特定したか?」
「はい」
ルカと呼ばれた黒髪ロングヘアの女性は、モニターを見つめたまま答えた。
「OK。ウズー!転送頼む!」
バンリは奥の広いスペースに向かって、声をかけた。
そこには歓迎会の時に会話をした、茶髪の男性の姿があった。彼の手には吹き戻しのおもちゃが握られている。
「了解。〈巻〉、プレイ」
ウズがプレイ宣言をしたと同時に、吹き戻しが巨大化した。
「準備OK。おっさんしんどいから、すぐ行ってくれよ」
彼がそう言った直後、吹き戻しがピューッと音を立てて真っ直ぐに伸びた。
「ロク、行くぞ」
「……行くって、どうやって?!」
戸惑う俺の背中を、バンリは強引に押した。
「行ってきま〜す!」
「ウズ、じゃーなー!」
「……行ってきます」
俺を先頭に、バンリ、シャル、コーン、チャックの順番に吹き戻しの前に並ぶ。
すると次の瞬間、勢いよく巻き取られた。
「うわっ、なんだこれ!?ってえええ?」
気付けば目の前には、東区の街並みが広がっていた。
「ウズのおもちゃ、巻は転送が出来んだよ」
「すすす、すげぇええ!!」
1人興奮状態の俺をよそに、バンリは3人に指示を出し始めた。
「シャルとチャックはジェット機頼む。俺とコーンで車の方行くぞ」
「「「了解!!」」」
バンリの指示に返事を揃えた3人は、すぐにその場から走り出した。
「あ、シャルだけちょっと待て」
「ん〜?なに〜?」
「悪いが行く前に、こいつをシャボン玉に入れてくれ」
バンリがそう言って指差したのは、俺だった。
「いいよ〜!」
シャルは謎の指示を快諾すると、シャボン玉の吹き具を出した。
「〈玲〉、プレイ」
彼女のプレイ宣言と同時に、吹き具が形を変える。
「……なんだ、これ」
目の前に現れたのは、太い銃口を備えた巨大な水色のバズーカだった。
シャルは何の躊躇もなく、それを俺に向ける。
「は?……ちょ、危ねぇって!」
「時間ないから避けないでね〜!」
シャルはそう言って、吹き口へ長く息を吐いた。
血の気が引いて、思わずギュッと目を瞑る。
「泡沫」
…ぽわん。
……ん?何だこの感触?
恐る恐る目を開いてみると、自分の体がシャボン玉のような球体に包まれていた。
「ど、どうなってんだ?!」
「じゃ、私行くね〜!」
説明もなしに去っていくシャル。
……嘘だろ?
困惑したまま、バンリに目を向けると、彼はベルトにつけた巾着からだるま落としを取り出し、そっと地面に置いた。
「っし、準備完了。今から臨場感を味わえる場所までぶっ飛ばしてやるからなー」
……ぶっ飛ばすって、何を?
「〈禅〉、プレイ」
バンリがプレイ宣言すると、だるま落としはずっしりとした、6段の巨大な鉄の塊に変化した。
「いっくぞー」
「……っ?!」
大きなハンマーを構えた彼に嫌な予感がして、声も出さずに歯を食いしばる。
「せーーーのっ!!」
ガキィーーーン!!
バンリがハンマーを振りかぶった瞬間、俺は目にも止まらぬ速さで球体ごとぶっ飛ばされた。




