10話 報告と涙
「バンリ……と、さっきの!!」
「もう、廊下では静かにしてください!」
カウンターの席から立ち上がったマルが、3人に注意しながら駆け寄って行く。
「マルは怒ってても可愛いねぇ〜!」
シャルがマルに、ぎゅーっと抱きついた。
「んー?ロク、お前もしかしてー…?」
バンリが書類を覗き込む。
「おぉ!ちゃんと承諾書貰えてんじゃん!」
そう言って、俺の肩をバシバシと叩いた。
……いやいやいや、ちょっと待てい!
「貰えてんじゃん!っじゃねーから!説明もせずに承諾書もらってこいとか言いやがって!」
「でも、結果貰えてんじゃん?」
「貰えたけども!」
俺とバンリがそんな言い合いをしていると——
「バンリ、随分仲良いんだな?」
フォルナと呼ばれていた白髪の男が、横から現れた。
「俺は、フォルナ。ロクだっけ?よろしくな。」
フォルナはそう言って、そっと手を差し出した。
「おう!ロクで合ってる。よろしく。」
突然のことに驚きつつも、差し出された手に握手を交わした。
「あれ〜?勇者ロク、試験受かったの〜?!」
不意にシャルに声をかけられた。
そのまま彼女は、勢いよく俺に近づいて来た。
「お、おう……」
勢いと可愛さに圧倒される。
「私はシャル!これからよろしくね〜!」
彼女もそう言って、手を差し出してくれた。
「あぁ、よろしく。」
少し照れながら、シャルとも握手を交わした。
「んじゃ俺も〜。」
その声に顔を上げると、バンリも俺に手を差し出してきた。
「おう。」
差し出された手に、そっと自分の手を重ねる。
「言い忘れてたけど、トイカルマ入隊おめでとう。」
予想外のその言葉に、少しだけ戸惑った。
「……ああ。」
「そんで、これからよろしくな。」
「……よろしく!」
戸惑いつつも3人と握手を交わした後、俺はようやくトイカルマに入隊出来たことを実感した。
「あっ、そういえばこれ。お前の?」
バンリがふと、思い出したようにポケットから折りたたんだメモ用紙を取り出した。
差し出されたメモ用紙を開いてみると、そこにはたくさんの食材の名前が書かれていた。
——「あああああっっ!!!」
「なんだぁ?」
やっべぇ、すっかり忘れてた……!
そういえば俺、買い出しの途中だったんだ!
パッと窓の外を見れば、既に日は沈みかけていた。
「俺、帰らねぇと!」
慌てて椅子から立ち上がる。
そんな俺の頭を、バンリがガシッと掴んだ。
「一旦落ち着け。急に焦り出して、どうした?」
「俺、買い出し中だったんだよ!家が中華屋で、足りない食材を頼まれて……」
「あぁ、そういうこと。」
納得したバンリは、書類を整理しているマルに視線を向けた。
「マル、ロクへの説明ってもう終わってんのか?」
「はい。承諾書までお渡ししたので、もう特に説明はありません。ロクさん、本当におめでとうございます。明日から研修が始まります。頑張ってくださいね!」
マルは微笑みながら、まとめた書類を封筒に入れて手渡してくれた。
「マル、ありがとう。俺、頑張るわ!」
「応援してます。それと、封筒の中身は守秘義務があるので、例え家族の方にも見せてはいけませんからね?」
「分かった。」
力強く頷いて、ギュッと封筒を握りしめる。
「それじゃあ、俺は行くわ!」
「お気をつけて。」
「転ぶなよぉ。」
「またね〜!」
「お疲れさん。」
各々が手を振り、俺を見送ってくれる。
その光景に、少しだけ心の中が温かくなった。
自分も軽く手を振り返し、TMIをあとにした。
家までの道のりを、駆け抜けていく。
体は相当疲れているはずなのに、何故か足取りは軽かった。
はぁ、はぁ……
30分走り続けて、ようやく家に辿り着いた。
呼吸を整えるように、一度深呼吸をする。
玄関の扉に手をかけた途端、色んな意味で緊張が走った。
……まずは怒られるだろうなぁ。
どぎまぎしながら、意を決して扉を開く。
「ただいま。」
小さく呟いた声が玄関に響いた。
すると数秒後、母親が怒りの形相ですっ飛んできた。
「ロクーーー!!どこ行ってたの!!心配したんだから!!」
「ご、ごめん……」
「買い出し頼んだのに、日が暮れるまで帰ってこないなんてもう!!」
案の定、めちゃくちゃ怒られた。
「それで、何でこんな遅くなったの?」
母親は腕を組みながら、ジロリと俺を睨みつけた。
「実はさ……」
そう言って俺は、今日の出来事を一つずつ説明していった。
ゼンマイに突撃されかけてた子供を助けた事。
その時にルービックキューブが覚醒した事。
バンリ達と出会い、TMIに覚醒の届出をしに行った事……
話している間、その時の場面が一つずつ、鮮明に頭の中に浮かんできた。その度に俺は、ルービックキューブを握りしめていた。
試験の事については守秘義務があるから、親にも話すわけにはいかず、その部分はしっかりと伏せた。
そして——
「俺、トイカルマに入隊が決まった。」
言い切った瞬間、母の目から一滴の涙が頬を伝った。
「え?!泣いてんのかよ?」
さっきまで、ポカンと俺の話を聞いてたのに。
初めて見る母の涙に、驚いて目を丸くした。
「ねぇ、それ本当なの?夢じゃないのよね?」
泣きながらそんな事を言う母に、マルからもらった封筒をそっと差し出した。
「中身は守秘義務で見せらんないけど……」
黙って封筒を受け取った母親は、それをじっと見つめた。
「……」
数秒の沈黙のあと、ゆっくりと口を開いた。
——「ロク、おめでとう……!」
たった7文字の短い言葉。
だけど俺にとっては、それだけで十分だった。
"おめでとう"なんて言われたの、いつぶりだろう?
胸の奥から、色んな感情が一気に込み上げて来る。
「……ありがとう。」
瞬きと同時に、たくさんの涙がこぼれ落ちた。
「泣くんじゃないよ。」
「……そっちこそ。」
そんな会話をしながら泣き笑いする俺たちの元へ、ドタドタと慌ただしい音を立てて何かが近づいてきた。
「お前ら、どうしたんだ?!」
俺たちの顔を、交互に見ながら焦り出すその姿につい笑ってしまった。
その後、俺は父にもしっかり事情を説明した。
父はその場では、うんうんと頷いて感慨深そうに聞いていた。だけど俺が部屋に戻ったあと、1人で晩酌しながら泣いていたことを、朝になって母親からこっそり聞いた。
両親共に頑固で分かりづらいけど、どうやらトイカルマへの入隊を喜んでくれたみたいだった。




