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勇者よりも現実の相棒

思ったよりも狼の群れが小さく、依頼も上手く事が運んだため全員の口も足どりも軽い。


帰り道にリュンヌはおばちゃん達から聞いた魔王の話をする。すると男性冒険者から情報が古いと言われる。


「直近はな、北に魔王の一族からあとを継いだ新魔王の噂だ。まあ悔しいが、とっくにもう勇者が倒しちまったらしいがな」


リュンヌは唖然としつつ自分とルナがそういう情報に疎い事を痛感する。


「……新魔王、二代目。退治済み。……世界、進むの、……早すぎ」


リュンヌは、瞬きが一瞬止まるほどの衝撃を受けていた。


おばちゃんたちの「昔話」ですら今の自分たちには精一杯の情報だったのに、世間ではすでに「続編」が終わっていたのだ。


「……勇者、働きすぎ。……私たち、世間知らず。……水苔、……茹でてる場合じゃなかった?」


そして、リュンヌはふと思い出した。冒険者ギルドの掲示板の最上段にあった派手な依頼書。


確かに眺める者もいたが誰も手を出そうとするものはいなかった依頼。資格に王家に認められる必要ありとあった代物。


「……もしかして……あれ魔王討伐?」


先輩女性冒険者が


「そうそう。でも条件にビビって、誰もうちのギルドは応募者はいなかったらしいわよ」


と笑って正解と認めた。


「……派手な、依頼書。……世界を救う、切符。……私たち、すぐ横に、あった」


リュンヌは立ち尽くしたまま、ギルドの壁に貼られていたあの黄金の羊皮紙を思い返した。


王家の紋章が刻まれ、誰もが遠巻きに眺めるだけで、触れることすら躊躇ためらっていた「特別な依頼」。


「……魔王討伐。……英雄、やってる間。……私たち、……同じ時間、スライムと苔」


自分がスライムを投棄し、ルナが部屋の机で「吸水」を研究していたその時、世界のどこかでは勇者が魔王の首を撥ねていた。


そのスケールの差に眩暈めまいがしそうになるが、先輩は愉快そうに笑ってリュンヌの肩を叩いた。


「ま、うちらみたいな地道な冒険者には縁のない話よ。死にたくないものね」


先輩女性冒険者は狼退治の依頼が無事済んだ高揚感からか、男性冒険者達と食事に行くという。


そこで食事に行かないリュンヌは、今日の依頼報酬である銀貨1枚を冒険者ギルド前で受け取ると三人に別れを告げ、いそいそと自宅代わりの宿の一室へ戻る。


「……銀貨、1枚。……血の、対価。……お腹すいた」


リュンヌは指先で銀貨の冷たい感触を確かめ、少しの疲れと魔王討伐依頼が身近にあった衝撃を抱え、少しだけ重い足取りで宿の階段を上がった。


扉を開けると、そこにはいつもの不敵な笑みを、さらに五割増しにしたような表情のルナが、机に並べた残りの「試作品」を眺めていた。


「お帰り、リュンヌ! 狼退治の戦果はどうだった?」


「……銀貨、1枚。……先輩たち、……食事行った。……私は、……ルナと、……スープとパン。それで、いい」


リュンヌは無造作に銀貨を机に置いた。狼を八頭、文字通り命を懸けて仕留めた報酬だ。


しかし、ルナの目はその銀貨よりも、自分が装着していた「黄金の防壁」の残りの試作品に注がれている。


「ふふ……。いいわ、その銀貨、大事に取っておきなさい。明日からは、そんな銀貨どころか金貨が束になって押し寄せてくることになるんだから」


リュンヌはその言葉に成功を確信しつつルナの服を見る。


「……しみが無い。勝ち。……神様の、前で、……汚れてない」


リュンヌは、ルナが誇らしげに広げて見せた神官服の裾を、食い入るように見つめた。


午前中の懺悔相談、そして午後の長い礼拝。


硬い木の椅子に座り続けるという、女性にとって「最悪の条件」を潜り抜けてきたはずの白布には、確かに一点の染みも、不穏な影すらもなかった。


「……ルナ。……気持ち悪さ、どうだった?」


「ええ、正直に言うわ。座っている間は、領主夫人様が言った通り『絶望』の予感があったわ。」


ルナは身震いしつつ明かした。


「じわじわと肌が冷えてべたついていく、あの嫌な感覚……。でもね、リュンヌ。あんたが詰めた水苔の吸水力は、立ち上がった瞬間に本領を発揮したわ。」


すぐに思い直したかのように明るい顔になる。


「歩いているうちに不快感は消えて、黄金の防水層が外側を完璧にシャットアウトしてくれた」


ルナは椅子に深く腰掛け、満足そうに溜息をついた。


「……領主夫人。正しかった。……気持ち悪さより、もれ防ぐ。……それが、最高の、……救い」


リュンヌは感心して呟く。


「その通りよ。不快感は自分の我慢で済むけれど、服の汚れは周囲の『目』に関わる。」


ルナは、リュンヌに言い聞かせるかの様に言葉を続けた。


そして社交界マーケットにおいて、信頼とはその『目』から生まれるのよ。」


ルナは、まるで自分に言い聞かせて興奮を抑えているかのようだ。


「……リュンヌ、私たちの『黄金の防壁ゴールデン・シールド』は、今日、神の家でその聖性を証明したわ!」


リュンヌは、机の上の銀貨1枚と、ルナの青い神官服を交互に見た。


狼を倒して得た日銭と、世界を変えるかもしれない「白」。


どちらも尊い戦果だが、目の前の相棒が成し遂げた「一滴も漏らさない」という事実。


それは、魔王が倒されたという真偽不明な騒ぎよりも確実に、リュンヌの胸に熱い何かを灯していた。


「……おばちゃん達。喜ぶ。……酒、松ヤニ。……間違い、なかった」


「ええ。勇者が魔王を倒したから世界が平和なのが本当なら、明日から女性たちはこれを使って今まで以上に外に出ることになるわ」


ルナは確信と興奮が混ざった顔で言う。


「もっと着飾って、もっと座ってお喋りをする。……その全ての女性たちに、私たちの『救済』を売りつける権利ライセンスを、今、手に入れたのよ!」


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