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『聖女の祝福』特装版

そして二週間後。


「……『聖女の祝福』。ルナ、名前、独特。……中身、……ただの、ハーブ入り」


リュンヌは、完成した「特装版」から漂う爽やかな森の香りに鼻を震わせながら、相棒の命名に呆れ顔を隠さなかった。


けれど、その指先が触れる「黄金の防壁」の仕上がりには、絶対の自信がある。


二人は慎重だった。ルナだけでなく、続いてやってきたリュンヌの「低成長期」も最大限に利用し、実用試験を繰り返した。


牧場横の野犬退治、動き回る届け物、そして長時間の待機。あらゆる場面で、この布は一度も「破滅もれ」を許さなかった。


「……ルナ。……完璧。……これ以上、ない。……おばちゃん達も、納得」


「ふふっ。いい、リュンヌ。ハーブの香りはね、ただの匂い消しじゃないのよ」


ルナは顔の前で指を立てていわゆるチッチッチをする。


「これは『安心』を視覚ならぬ嗅覚で認識させるための、高度な心理的戦略ブランディングなのよ!」


ルナは、一点の染みもない予備の神官服を鏡の前で整えながら、不敵に微笑んだ。


もはや彼女の瞳には、宿の小さな一室ではなく、領主館、そしてその先にあるルス教本部の大聖堂が見えている。


「……戦略。わからない。……私、ハーブ、……落ち着く、……好き。……それで、いい」


リュンヌは小さく口角を上げた。


翌々日、リュンヌとルナは服装を整えると歩いて第二夫人夫妻宅へ向かう。


なんでもお忍びで領主夫人が来ると言う。

品が品なのであまり大げさにしたくないと言うのと一刻も早く完成品がみたいと言う事らしい。


「……お忍び。……領主夫人、切実。……大げさ、禁止。……ないしょ」


リュンヌはいつもの革鎧を念入りに磨き上げ、ナギナタを背負って歩調を整えた。


隣を歩くルナも、今日は「銭導士」の顔を少し封印し、清潔感のある神官服で「徳の高い聖女」を装っている。


手元には、二人で夜更かしして仕上げた『聖女の祝福・特装版』が収められた、深緑のベルベットの箱。


「……到着。……馬車、ない。……本当に、お忍び」


第二夫人の屋敷は、いつも以上に静まり返っていた。


通された奥の客間には、すでに領主夫人が、華美なドレスを脱ぎ捨てた旅装束のような姿で、お茶も喉を通らないといった様子で座っていた。


「お待たせいたしました。こちらが完成品でございます」


ルナがうやうやしく箱を差し出すと、領主夫人の瞳が期待で大きく揺れる。


「ハーブで清潔感を演出したうえで黄金の防水層で滲みを止めております」


「なるほど、これなら副光主様にもお渡しできるわね」


と領主夫人は満足げに呟く。


「それと、実は王都の大きな商家にあなた達の顔つなぎをしたいのだけれど」


と続けて提案までしてきた。


ルナが、


「僭越ながら申し上げます」


と真剣な顔で言い出す。


「領主様の懐のためにもこの街の商家で取り扱いさせるべきかと存じます」


「……ルナ。……王都。……一番、大きい、お店。……それ、断る? ……お金、いっぱい、逃げる」


リュンヌは、あまりの衝撃に膝が笑いそうになるのを必死でこらえた。


目の前には、一世一代の商機とも言える「王都の大商家への紹介」というプラチナチケットが差し出されているのだ。


それをあえて横にのけ、この地方都市の商人に回せと言い切った相棒。


「……ルナ、頭、打った? ……また、呪文?」


「いいえ、リュンヌ。これは冷静な市場分析マーケティングと政治的判断よ!」


ルナは領主夫人に対し、聖女のような微笑みを湛えながらも、その瞳の奥で銭勘定の火花を散らしている。


「領主夫人様、お聞きください。王都の商家は確かに強力ですが、彼らは利益を全て自分たちの懐、あるいは王都へ持ち帰ってしまいます。」


ルナはいきなりフルスロットルでまくし立てる。


ですが、この街の商家で製造・販売を行えば、その利益は雇用として、そしてタックスとして、全て領主様、そして夫人様の元へ還流すると考えます!」


「……ルナ。……『還流』。……もしかして領主様を、……仲間に、する。……味方、……絶対、裏切れない、やり方」


リュンヌは、ルナの恐ろしいほどの先読み能力に、冷や汗が流れるのを感じた。


王都の大商家に頼れば自分たちは「ただの発案者」に成り下がる。


だが、ここで領主の懐を温めれば、自分たちは「街に金を落とした恩人」として、不滅の地位を築けるのだ。


「あら、銭導士さん、あなたはやはりただの商売人ではないわね。」


領主夫人は立腹どころか余裕すら漂わせ二人を見る。


「……ふふ、面白いわ。私の夫も、これを聞けばあなたのことを『領主の座を狙う策士』だと勘違いして震え上がるかもしれないわね」


領主夫人は、ルナの提案の「旨味」を即座に理解し、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


領主夫人は


「あの商家なら、私もよく知っているから何かと物も言いやすいし、夫人が商売の主導権を握ってから上手くやっているようだし。あとは上手く交渉なさい」


そう言い残してすこぶる上機嫌で領主夫人は邸宅へ帰って行った。


「……領主夫人、嵐みたいに、帰った。……でも、今までで、……一番、ご機嫌」


リュンヌは、領主夫人を送っていく馬車が角を曲がって見えなくなるまで、呆然と見送った。


周囲にはまだ、夫人の残り香……ハーブと高級な香油が混ざったような、高貴な香りが残っている。


「……ルナ。……恐ろしい。……王都、蹴って。……地元の、カモ、取った。……これ、……領主様も、逃げられない」


「ふふふ、リュンヌ。ビジネスはね、一時の大金より『逃げられない太いパイプ』を作った方が勝ち(ウィン)なのよ。」


ルナは満足気にふんぞり返る。


「王都の商家に売れば、私たちはただの『便利な発明者』。でも、地元の有力商家を抱き込み領主様の懐を潤せば、街全体が私たちの『防壁』になるんだから!」


ルナはいつの間にか、聖女の顔を脱ぎ捨てて、「銭導士」の顔に戻っていた。


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